第37話
一週間後、正午、王宮の玉座の間。
高い天窓から差し込む光が、大理石の床を白く照らしていた。
戦いの女神ヴァレルトスアのタペストリーが、見下ろしている。
玉座に座す女王ヴァレリア。
その前に、二つの影が跪いていた。
アリシエッタとエリシア。
母は礼の姿勢を崩さず。
エリシアはずっと下を向いて目を閉じていた。
睫毛がかすかに乱れ、唇を固く結んでいる。
心臓の音だけが、耳の中で大きく響いていた。
女王ヴァレリアが、部屋全体に響く声で口を開いた。
「よくぞ来てくれました。遠征では世話になりましたね」
アリシエッタは礼を保った姿勢のまま、何も言わない。
ただ、肩がわずかに強張っているのが、エリシアにも伝わった。
女王は続けた。
「今日は襲撃事件の褒章を与えましょう」
そう言うと、背後に控えていた女騎士たちが前に進み出た。
金貨の詰まった袋、宝石が散りばめられた首飾り、魔力を増幅する古の魔道具――
次々と、二人の前に並べられていく。
その量は、辺境伯家の一領地を丸ごと買えるほどだった。
アリシエッタが、わずかに顔を上げ、困惑の色を帯びた視線を女王へ向けた。
女王は満足げに口元をほころばせた。
「アリシエッタ、発言を許可します」
アリシエッタが、口を開く。
「……少々、貰い過ぎではと愚考します」
「そう言わないで。あの事件は、起こるべくして起きたのだから」
そして、事件の概要を語り始めた。
王女セレスティアと王子ユーリアンがデビュタントに現れてから、王女派閥と王子派閥の動きが活発化していたこと。
王子派閥が、現行の女性優位社会への反発から、クーデターを企てていたこと。
それを感じ取った女王は、前線まで子どもたちを連れて移動し、詳細を一部の人間にだけ伝えていたこと。
今回の襲撃事件から犯人を特定し、既に裁判を終え、打ち首に処したこと。
そして、その功績を讃えたものが、目の前に並んでいること――。
アリシエッタは聞き終え、再び口を開いた。
「しかしながら、それでもこの量は……他の貴族たちに反発を生みませんか?」
「そう……。褒章に納得がいかないのであれば、致し方ありませんね。しかし、であれば違うものを考えねばなりません……そうですね、娘のエリシアですが、まだ婚約者がいないと聞いています。我が王子を、婚約者としてどうですか? 遠征ではずいぶん仲が良くなったと聞いていますよ」
アリシエッタの顔が「やられた」と歪んだ。
拳が、膝の上で強く握りしめられるのが、エリシアにもわかった。
エリシアの心臓が、激しく鳴った。
(えっ……婚約……王子と!?)
目を閉じたまま、頭の中が真っ白になる。
ユーリアンの顔が浮かぶ。
(ちょ、ちょっと待って……婚約って……!?)
アリシエッタが、必死に言葉を探す。
「ありがたく存じます。しかし、エリシアには既に婚約者候補が二人おりますので――」
女王が遮った。
「何か問題でも?」
――そう。この国では、女性の重婚は認められている。
王子を婚約者に据えることは、政略的には問題がなかった。
完全に退路を塞がれた。
アリシエッタの肩が、わずかに落ちた。
「……ありがたく……存じます」
「ふふふ。おめでたいですね、アリシエッタ! では、持参金としてその褒章も持っていってください」
アリシエッタが、繰り返す。
「ありがたく……存じます」
「これで、グランヴァルトの血はより強く王家に結ばれます。エリシア、あなたもいつか立派な妻となるでしょう。女神ヴァレルトスアの加護がありますように」
エリシアは、目を閉じたまま、心の中で思いを巡らせた。
(……どうしよう……ルイスとヴィクトルにも、ちゃんと話さなきゃ……)
玉座の間の扉が開かれ、二人は首を垂れた体勢のまま、後退していった。




