第36話
グランヴァルト辺境伯領、前線基地。
襲撃事件から一ヶ月が経っていた。
正門の爆破跡は完全に塞がれ、新しく打ち直された鉄の補強板が朝露を弾いて光っていた。
壁の穴も、土魔法と職人たちの手で綺麗に埋められ、もう跡すら残っていない。
基地全体に漂っていた張り詰めた空気は、いつしか日常の喧騒に戻っていた。
エリシアは、いつもの訓練着姿でルイスとヴィクトルと並んで歩いていた。
「今日も魔獣狩り行くか? 報奨金またみんなで分けて宴会にしようぜ」
ルイスがいつもの調子で声を弾ませた。
ヴィクトルは杖を回しながら、ため息交じりに応じた。
「宴会したいだけだろ……そろそろ総指揮官に怒られるんじゃないか?」
エリシアはくすりと声を上げた。
「いいじゃない。みんな、少しでも息抜きが必要なんだから」
この一ヶ月、エリシア自身も少しずつ変わっていた。
あの夜の恐怖――初めて人を傷つけ、殺しかけた夜の記憶は刻み込まれている。
でも、ルイスとヴィクトルの軽口、セレナの気遣い、父の抱擁、母の背中。
それらが、少しずつ恐怖を薄めてくれていた。
(怖かったけど……みんながいてくれたから、立ち直れた)
そんなことを考えながら歩いていると、正面からセレナが小走りに近づいてきた。
「お嬢様! アリシエッタ様がお呼びです。会議室まで、至急とのこと」
「何かあったの?」
「王都より、陛下直筆の書簡が届きました。アリシエッタ様はすでにご覧になっておりますが……お嬢様にも、すぐにお読みいただきたいと」
ルイスとヴィクトルが顔を見合わせ、どちらともなく曖昧に笑みを交わした。
「なんか大事そうだな」
「僕らはここで待ってるよ」
エリシアはセレナに導かれて会議室へと急いだ。
会議室の扉を開けると、母のアリシエッタが窓際に立っていた。
机の上に、開封された黒い封書の便箋が一枚だけ置かれていた。
アリシエッタはエリシアを見て、顔を和ませた。
「エリシア、来たのね」
エリシアは母の隣に立ち、机の上の便箋へ目を落とした。
そこに書かれていたのは、女王ヴァレリア直筆の、たった一文だけだった。
『グランヴァルト辺境伯アリシエッタ・フォン・グランヴァルト、並びに令嬢エリシア・フォン・グランヴァルトを王都へ招集する』
日取りは一週間後。
理由も、目的も、何も書かれていない。
ただ「招集」という言葉だけがそこにあった。




