第35話
会議室へと続く通路の奥。
黒いマントの三つの影が駆け抜けていた。
先頭を走るのは、壁に穴を開けた侵入者。
そのすぐ後ろに、付与魔法を専門とする敵が並走し、最後尾で未だ魔法を使っていない敵が息を荒げながら杖を握りしめていた。
三人は無言だった。
言葉はいらない。
目的は一つ――会議室内の要人たちを一網打尽にすること。
通路の曲がり角を抜け、会議室まであとわずかというところで――
突然、正面に人影が立ち塞がった。
グランヴァルト辺境軍の前線兵士たち。
十人を超える女性兵が、すでに武器を構え、背中を会議室の扉に預けるように陣を敷いていた。
彼女たちは警報と同時に駆けつけ、女王と総指揮官を守る最後の壁となっていた。
「止まれ!」
先頭の兵士が鋭く叫ぶ。
槍を構え、魔力の光が槍先に集まる。
侵入者たちは足を止めなかった。
付与魔法の使い手が、後ろの仲間に告げた。
「今だ! 毒魔法の準備をしろ!」
毒使いが杖を翳して複雑な詠唱を始める。
緑がかった不気味な魔力が渦を巻き始めた。
同時に、付与魔法の使い手は壁開けの仲間と手をつなぎ、互いの魔力を同調させる。
二人の視線が刃のように研ぎ澄まされる。
「「フレイム・スプレッド・エクスプロージョン!!」」
合成魔法が発動した。
通常の火炎魔法に爆発属性を付与した、広範囲殲滅用の禁呪。
朱い炎が扇状に広がり、爆発の衝撃波が通路全体を埋め尽くす勢いで前線の兵士たちを襲った。
ゴオオオオオッ!!
前線の兵士たちは防御を展開した。
「「アース・バリア!!」」
地面から厚い土壁が隆起し、複数人で魔力を重ねて強化する。
だが――
ドゴォォォン!!
合成魔法の威力は予想を遥かに超えていた。
土壁が一瞬でひび割れ、爆炎と衝撃波が兵士たちを後方へ吹き飛ばした。
兵士たちの体が壁や床に叩きつけられ、呻き声が上がる。
数人が気を失い、残った者も立ち上がれない。
通路に煙と熱波が立ち込めた。
侵入者の二人が、勝利を確信した。
「やった! このまま押し切れば――」
その言葉を、最後まで言わせなかった。
「押し切れば、何でしょうか?」
冷たい声が、二人の背後から響いた。
侵入者たちが振り返る。
そこに立っていたのは――双剣を構えた一人の女性。
黒を基調とした軍服に銀の飾りが輝き、長い黒髪を高く結い上げた姿。
グランヴァルト辺境軍総指揮官、アリシエッタ・フォン・グランヴァルト。
彼女の視線は怒りを湛えていた。
銀色の閃光が二度、交差した。
侵入者二人の体が、音もなくバラバラに刻まれ、地に伏せた。
血飛沫が舞う前に、アリシエッタはすでに次の標的に向き直っていた。
残った毒魔法の使い手が、恐怖に顔を歪めて叫ぶ。
「や、やりやがったな!?」
アリシエッタは冷ややかに一瞥した。
「喋るな、下郎」
言葉が終わるより早く、双剣が舞った。
毒使いは魔法を発動する暇すら与えられず、細かく刻まれて倒れ伏した。
通路に再び音のない空気が満ちた。
アリシエッタは双剣を振り、血を払う。
一滴の血も、自分の体には付着していない。
完璧な剣技だった。
周囲を見回し、倒れた兵士たちへ確認の気配を素早く巡らせる。
「これ以上の敵影は無さそうね」
その後、アリシエッタは血の一滴も体に付けぬまま踵を返した。
会議室の扉を開け、戻っていく。
背中には、ヴァレリアの関心が突き刺さるように向けられていた。
ヴァレリアは笑い、旧友にだけ聞こえる声でそっと言葉を紡いだ。
「用事は終わった? ……アリシエッタ」
襲撃事件は、これにて解決した。
外ではまだ正門の残党が粘っていたが、すでに辺境軍の反撃が始まっており、時間の問題だった。
基地全体に、警報解除の合図が鳴り響き始めた。
しかし――誰もが知っていた。
この襲撃の背後に、何か大きな影が潜んでいることを。




