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貞操逆転令嬢  作者: 川合 佑樹


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第33話

 煙と焦げ臭い空気が漂う中、エリシアは息を整えながら周囲を睨んだ。

 残った敵は四人。


 その内の二人が即座に反応した。

 一人が素早く杖を振り、青白い防御魔法の膜を展開する。

 もう一人がその膜に手を翳し、水の属性を付与する魔法を重ねた。


 エリシアは魔力を限界まで込めて叫んだ。

「ファイヤ・ボール!」


 物置小屋サイズの巨大な、灼熱の火球が轟音を立てて飛んだ。

 熱波が空気を歪ませ、地面の砂利を溶かし始めるほどの威力。


 しかし、水の膜が張られた防御魔法は、火球をかろうじて受け止めた。

 ジュウウウッ!


 蒸気音が響き、水が激しく蒸発しながらも、防御は破れなかった。


 敵の一人が、息を荒げながら歯の隙間から言葉を押し出した。

「属性相性をもってして……なんて威力だ……」


 別のもう一人がエリシアに向かって杖を構え、魔力を集中し始めた。

 殺意が鋭く突き刺さる。


 だが、付与魔法を担当していた敵が、低く制止した。

「お前は温存しろ!」


 その一瞬の隙を、エリシアは逃さなかった。

「サンダー・ランス!!」


 威力を極限まで込めた、貫通特化の雷魔法。

 青白い雷の槍が一直線に迸り、水の防御膜を一瞬で貫いた。


 ズドンッ!!

 雷が防御魔法を張っていた敵を直撃し、吹き飛ばす。

 体が痙攣し、黒いマントが焦げながら地面に叩きつけられた。


 だが、次の瞬間――水の膜が一気に蒸発し、辺り一帯が濃い霧で覆われた。

 視界が真っ白になり、敵の気配すら掴めなくなる。


 エリシアは手を翳した。

「ウィンド・トルネード!」


 竜巻を発生させ、霧を強引に吸い上げて払う。

 風が唸りを上げ、視界が徐々に開けていく。


 しかし――目の前に、防御魔法を貼っていた敵以外いなくなっていた。

「そんな……」


 エリシアは駆け寄り、壁に近づいた。

 そこには、大きく円形の穴が開いていた。

 魔法で溶かされたような滑らかな縁。


 穴の向こうは、会議室への通路に直結している。


 壁の向こうから、爆音と怒号が微かに聞こえてきた。

 ドゴォン!


「――っ! 陛下をお守りせよ!」


 号令が、かすかに響く。


 エリシアの心臓が強く締めつけられた。

「母様……!」


 追いかけなければ。

 今すぐ、穴をくぐって。


 エリシアが穴に飛び込もうとした瞬間――

 壁に阻まれた。

 バチッ!


 魔力の反発。

 防御魔法だ。


 振り返ると、先程吹き飛ばしたはずの敵が、よろめきながらも立ち上がっていた。

 体は焦げ、血を流しているのに、杖を穴に向け、防御魔法を張り続けている。


「へへっ……そこを通りたきゃ、俺を殺すことだな……お嬢ちゃんに、それが出来るか?」


 エリシアの息が止まった。


 杖の先から、防御の光が揺らめいている。

 敵は明らかに限界なのに、必死に魔法を維持している。


 ――殺す。

 その言葉が、胸に突き刺さる。


 人を、殺す。

 魔獣とは違う。

 人間を、自分の手で。


 膝が力を失って折れそうになった。

 視界が、わずかに揺れる。


 エリシアは唇を噛み、手を翳した。

 魔力が、奔流のように集まる。


 目の端に涙が滲む。

 指先が思うように定まらない。


 殺意の刃が胸を抉る。

(殺さなきゃ……でも……)


 まさに今、魔法を放とうとしたその時。


「こんなところにいたのかよ!」


 頭上から声が降ってきた。


 同時に、黒い影が風を切って落下する。


 銀色の閃光。

 敵の首筋を、正確に、容赦なく、一閃で薙いだ。


 血飛沫が舞い、防御魔法の光が霧散する。

 敵の体が、ぐらりと傾いて地面に崩れ落ちた。


 着地したのは――ルイスだった。

 長剣を構え、血を払う。


 いつもの明るい陽だまりのような和やかさは消え、代わりに闘志がその顔つきに宿っている。


「だから君はなんでそう作戦を無視するんだよ」


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