第31話
演習場から会議室へ向かう廊下を、エリシアたちは急いで駆けていた。
セレナが先頭、エリシアがその後ろに立ち、王族の護衛二人が両脇を固めている。
セレスティアとユーリアンは必死に足を動かしていたが、八歳の体では息が上がっていた。
廊下の角で、セレナが通りがかりの女性兵士を素早く腕で止めた。
「状況を!」
兵士は一瞬驚いた顔をしたが、セレナの目を見て即座に敬礼した。
「正門が爆破されました! 敵の数は不明ですが、魔力反応は少数です!」
セレナの表情がわずかに硬くなる。
「……正門か」
彼女はエリシアの顔をちらりと見た。
兵士は状況報告を終えると、慌てた様子で再び敬礼した。
「失礼いたします!」
短く言い残して、駆け足で去っていった。
セレナは続けた。
「これが挟撃だった場合、通常ルートでは敵と接触する可能性があります。少数精鋭で女王陛下の暗殺を狙って潜入してきたのでしょう。どうなさいますか?」
王国軍の女騎士護衛が即座に口を開いた。
「一番安全なルートでお願いします」
エリシアは頷いて受け入れた。
「その通りに」
セレナは短く答えた。
「分かりました。迂回しましょう」
一行は廊下を外れた場所――演習場と会議室を結ぶ中庭に面した窓の前で止まった。
セレナが窓枠に手をかけ、開ける。
窓から一人ずつ外へ滑り出る。
中庭の地面は砂利が敷き詰められ、足音が立ちにくい。
全員が自然と身を低くし、壁沿いに会議室へ向かって移動を始めた。
遠くで、ドゴォォン! ドゴォォン! と重い爆発音が連続して響く。
「負傷者を後方へ! 左翼は固めろ! 魔力補給を急げ!」
女性兵士たちの号令が風に乗って届いてきた。
一行は物陰から物陰へ、息を潜めて進む。
――と、セレナが突然動きを止めた。
「最悪だ……」
彼女は素早く手を翳し、全員に停止を指示した。
エリシアたちは反射的にしゃがみ込み、壁に身を寄せる。
会議室の裏手、物陰から複数の人影が素早く移動していくのが見えた。
黒いマントに身を包み、動きは訓練された兵そのもの。
だが、どこか「違う」。
魔力の匂いが、基地の人間のものとは微妙に異なっていた。
冷たく、鋭く、まるで刃のように研ぎ澄まされた気配。
セレナが囁く。
「この襲撃……恐らく内通者がいます。正門は誘導。本隊は裏門から迂回ルートを通って会議室へ向かっています」
エリシアは胸の内で何かが凍りついたまま動けなくなった。
「何人ですか?」
「見えているだけで六人。正門であと数人が粘っているのでしょう」
エリシアは尋ねた。
「ここで食い止めないと、どうなりますか?」
セレナは一瞬言葉を切り、低く答えた。
「ここまで用意周到であれば、毒物による暗殺も視野に入ります。陛下や総指揮官がいる会議室に到達されたら……」
エリシアは立ち上がった。
「わかりました。私がいきます」
セレナの目が見開かれた。
「お嬢様!? 何を――」
「ここで止めなければいけないのでしょう? 早い方がいいはずです」
「では私も――」
エリシアは首を振った。
「あなたは王子殿下と王女殿下を連れて、安全な場所へ向かってください」
「ですが!」
その時、ユーリアンがエリシアの訓練着の袖をぎゅっと掴んだ。
「……エリシア、危ないよ……」
セレスティアも、強がりながら言葉がかすれ混じりの声で言った。
「私たちも……何か、できるはずよ」
エリシアは二人を振り返った。
「大丈夫。私に任せて」
その柔らかな余裕を宿した面差しに、二人は言葉を失った。
エリシアはセレナに向き直り、繰り返した。
「命令です。行きなさい」
セレナは一瞬唇を噛み、喉元が隠れるほど身を沈めた。
「……かしこまりました」
彼女は王族の護衛二人に目配せし、セレスティアとユーリアンの手を引いて物陰へ消えていった。
ユーリアンが最後に振り返り、手を振った。
エリシアはそれに応えるように手を上げ、一人、敵の気配がする方向へ歩き出した。
(お母様、お父様……みんなを守るよ)
決意を胸に、髪が風になびいた。




