第27話
前線基地の応接室。
普段は高官たちの作戦会議や貴賓の接待に使われる部屋で、外壁の厚い石造りとは対照的に、内装は意外に優雅だった。
壁にはグランヴァルト家の双頭鷲の紋章が彫られたタペストリーが掛けられ、床には王都から持ち込まれた柔らかな絨毯が敷かれている。
大きな窓からは、赤茶けた荒野と遠くの山脈の稜線が見え、乾いた風が時折カーテンを揺らす。
扉が重い音を立てて閉まると、部屋の中は急に静かになった。
護衛の女騎士と男騎士は、それぞれ壁際に控え、無言で立っていた。
その張り詰めたような空白を破るように、ノックが一度だけ響いた。
扉が細く開き、セレナが銀の盆を抱えて滑るように入ってきた。
黒のメイド服に身を包んだまま、しかし腰の短剣がわずかに光を反射し、護衛としての気配を隠していない。
盆の上には、白磁のティーポットと三客のカップが丁寧に並べられ、ほのかに紅茶の香りが漂った。
セレナは無言でテーブルに盆を置き、まずエリシアの前にカップを置く。
次にセレスティア王女の前、そしてユーリアン王子の前へ。
ポットから注がれる琥珀色の紅茶は、湯気が細く立ち上り、部屋の空気をわずかに和らげた。
三人とも自然にカップへ視線を落とし、セレナが最後に一礼して壁際に下がると、再び周囲に声のない時間が戻った。
セレスティア王女が最初に口を開いた。
「エリシア様、改めてよろしくね。デビュタントのときはあまりお話しできなかったから、今日はゆっくりしたいわ」
隣のユーリアンは、ティーカップを両手で包むように持ち、俯いたまま会釈しただけ。
輪郭の一部にうっすらと朱が差している。
大きな瞳がちらりとエリシアを見て、すぐに逸らされる。
エリシアは体を硬くした。
「こちらこそ、王女殿下、王子殿下。お会いできて光栄です」
セレスティアが明るく口元をほころばせた。
「堅苦しいこと言わないで。同い年だし、お友達になりたくて来たんだから。母上はああいう言い方をするけど、本当は私たちがエリシアと話したいだけなのよ。……ね、ユーリアン?」
突然振られたユーリアンは、びくりと肩を震わせた。
「は、はい……その、お話しできて、嬉しいです……エリシア……」
最後はほとんど蚊の鳴くような声だった。
可愛すぎて、エリシアは一瞬言葉を失った。
(こ、この破壊力……! 前世でいうところの「癒し系王子」ってまさにこれでは……)
セレスティアが楽しげに続ける。
「ユーリアンはエリシアのこと、デビュタントのときから気になってたみたいよ? 『髪が綺麗だった』って、私にこっそり言ってた」
「セ、セレスティアッ!」
ユーリアンが真っ赤になって抗議する。
手で袖を引っ張る仕草が、また致命的に可愛い。
エリシアは慌ててフォローした。
「ありがとうございます、王子殿下。私もユーリアン王子の金髪が、とても素敵だと思いました」
ユーリアンはさらに赤くなり、カップを両手で隠すようにして俯いた。
セレスティアが話題を変える。
「それで、エリシア。辺境での暮らしはどう? 王都とは全然違うんでしょう?」
「風が強くて、最初は戸惑いました。でも空が広く、星がとても綺麗なんです。訓練も毎日あって……退屈はしません」
セレスティアの見守るまなざしが柔らかくなる。
「訓練、ね。グランヴァルト家といえば、母上も学園時代のアリシエッタの話をよくするわ。『最強のライバルだった』って。……エリシアは、もう魔法が使えると聞いたわ」
セレスティアがにっこりと目を輝かせた。
「見せてもらえないかしら? 私も魔法が得意なの。ユーリアンも、見たいよね?」
「……うん」
エリシアは少し困ったように言葉を選んだ。
「ここでは……室内ですし……」
セレスティアが立ち上がった。
「そうだわ! だったら、母上に確認取ってくる! 演習場なら大丈夫でしょ?」
そう言うと、王女は自分の女騎士護衛を伴って、さっさと部屋を出て行った。
扉が閉まる音が響き、部屋に残ったのはエリシア、ユーリアン、そしてユーリアンの男騎士護衛だけになった。
ユーリアンはカップを置いて、俯いたままだったが――
ふと、声が聞こえた。
「……あの、エリシア」
エリシアが驚いて顔をそちらへ向けると、ユーリアンがこちらを見ていた。
「デビュタントのとき、他の令嬢たちはみんな……すごく積極的で。僕の周りに集まってきて、たくさん話しかけてきて……ちょっと、怖かったんです」
ユーリアンが続ける。
「でも、エリシアは……そんなふうに来なくて。て、穏やかで……とても、好ましいです」
最後の言葉は、恥ずかしそうに俯きながら言われた。
耳まで真っ赤だ。
エリシアは一瞬固まり、内心で叫んだ。
(好ましいって……! どう見てもまだまだ小学生だからなぁ!! 前世基準だと完全にショタコン案件なんだがぁ!?)
エリシアは笑ってしまった。
「ありがとうございます、王子殿下。私も、ユーリアン王子とお話しできて嬉しいです。……もっとお話ししましょう?」
ユーリアンの顔が明るくなった。
「……辺境って、どんな感じなんですか? 竜とか出るんですか?」
意外に質問が積極的だ。
エリシアが答えようとしたその時、扉が開いた。
セレスティアが得意げに戻ってきた。
「許可取れたわ! 母上も『いいわよ、遊んでらっしゃい』って。さあ、演習場に行きましょう!」




