第24話
前線基地での日々が、一ヶ月を過ぎていた。
朝の訓練場はいつものように活気に満ちている。
エリシアはルイスとヴィクトル、そしてセレナと四人で、屋外の魔法演習場の一角を占領していた。
「ファイヤ・アロー!」
エリシアの詠唱とともに、朱い火の矢が二十本、正確に弧を描いて的を貫く。
ルイスが腕を組み、感心したように口笛を吹いた。
「加減が上手くなったな。これなら森ごと焼き払わなくて済むな!」
ヴィクトルも同意の意を込めて口を開いた。
「分散制御も安定してる。もう僕たちじゃ教えることないんじゃないか?」
エリシアは少し照れくさそうに頬に朱を寄せた。
「まだまだだよ。昨日だって、ちょっと力み過ぎて的を三つ同時に吹き飛ばしちゃったし……」
セレナが後ろでくすくすと声を漏らした。
「お嬢様の『ちょっと』は、普通の人の全力ですからね」
四人で笑い合う声が、演習場の朝の空気に溶けていく。
この一ヶ月で、エリシアは基地の兵士たちともすっかり打ち解けていた。
宴会の後も何度か魔獣討伐に同行し、報奨金を「みんなで分けよう」と提案したことで、女性軍人たちからは「可愛いお嬢様」扱い。
男性補佐官たちからは「頼もしい未来の総指揮官」と慕われていた。
そんな朝だった。
演習場の端で、エリシアが汗を拭っていると――
靴音が近づいてきた。
アリシエッタだった。
ルイスとヴィクトルが即座に敬礼の姿勢を取った。
アリシエッタは手を上げて応えた。
「楽にせよ」
二人は敬礼を解き、しかし姿勢を崩さない。
アリシエッタはエリシアを見て、続けた。
「エリシアに用があるわ。少し付き合って」
「はい、お母様」
ルイスとヴィクトルが再び敬礼する中、エリシアは母に並んで歩き出す。
セレナが後ろに控え、三人で基地の中央棟へと向かった。
会議室の扉を開けると、アルフォンスがすでに待っていた。
どこか緊張した面持ちだ。
机の上には、色とりどりの便箋が山のように積まれていた。
ピンク、青、水色、白……貴族令嬢らしい華やかな色合いが多い。
その一番上に、一枚だけ――黒い便箋が置かれている。
重厚な封蝋が押され、王家の紋章がくっきりと浮かび上がっていた。
全員が着席する。
アリシエッタが深く腰を沈めた。
アルフォンスがエリシアに心からの安堵をそのまま顔に浮かべた。
エリシアは少し緊張しながら、母の顔を見上げた。
アリシエッタが口を開いた。
「単刀直入に伝えます。王子と王女が、ここまで親善訪問に来ます」
エリシアの目が見開かれた。
「えええええええ!?」
アリシエッタは続けた。
「冗談ではないの。二つの意味でね。今は多少落ち着いているとはいえ、前線に来るなんて……。王子だけでなく、王女までとなったら話は大きく変わるわ。警備体制も厳重にせねばなりません」
エリシアは呆然と繰り返した。
「危険な場所に、わざわざ……」
アルフォンスが補足する。
「王宮からの正式な通達だよ。日程は一週間後。日帰りの予定らしい」
アリシエッタは机の上の便箋を指で叩いた。
「ここにある手紙は……直接的には言ってないけど、そのほとんどがエリシア、あなたに向けての内容になっているわ」
「そうなのですか……?」
「デビュタントの時に、だいぶ気に入られたみたいね」
エリシアは慌てて手を振った。
「ご、ごめんなさい!」
「謝ることではないわ。覚えがいいことは悪いことではないもの」
アリシエッタは黒い便箋を手に取り、眺めてから机に戻した。
「それに名目上は親善訪問だから、エリシアは隠れていてもいいのよ?」
エリシアは少し考えて――
「……そうしたいと思います」
アリシエッタの瞳が、わずかに細められた。
アルフォンスが心配そうにエリシアを見ている。
会議室に、誰も口を開かず、息を潜めたような静まり返りが広がった。




