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貞操逆転令嬢  作者: 川合 佑樹


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第21話

 森の入り口は、予想通り外壁で厳重に囲まれていた。

 壁越しに木々が密集して見え、深い緑の影が揺れている。


 門の前には二人の女性門兵が立っており、四人が近づくと体をぴんと張って敬礼した。


 ルイスが懐から入森証を取り出して掲げると、門兵はもう一度敬礼した。

「開門!」


 重い鉄の扉が開かれ、四人は森の中へと足を踏み入れた。


 森の中は、外から見たよりもさらに音一つせず、穏やかな空気が満ちていた。

 木々の間から差し込む陽光が斑に地面を照らし、足元には厚く積もった枯れ葉が柔らかく沈む。

 湿った土と苔の匂いが鼻をくすぐり、風が吹くたびに葉ずれの音がざわざわと響く。


 遠くで、鳥の鳴き声が途切れた。


 ルイスが剣を抜き、先頭に立った。

 ヴィクトルも杖を握り、周囲を鋭く見回しながら歩く。

 セレナは短剣を抜き、エリシアのすぐ後ろに控えた。


 エリシアは小さくこぼした。

「ずいぶん慎重なのね」


 ヴィクトルが前を見たまま答える。

「入ったばかりの場所にいる魔獣でも、命を絶つ者はいますから」


「そう……よね」


(小説とは、やっぱり死生観が違うのよね。この三人ならこの辺りは余裕そうだけど、それでも油断すればすぐにでも死が待ってるんだものね)


 エリシアはぼそりと続けた。

「やり直しが効かないんだもんね」


 ルイスが少し振り返り、眉を上げた。

「なんか言ったか?」


 エリシアは首を振る。

「頼もしく思ってるってこと」


「ありがとよ!」


 森をさらに進んでいく。

 枯れ葉を踏む音だけが、響いていた。


 突然、ルイスが手を上げてハンドサインで「しゃがめ」を出した。

 ヴィクトルが即座に膝をつき、セレナがエリシアの肩を押してしゃがませる。


 ルイスが木陰に身を隠しながら囁いた。

「風下から血と獣臭が混じった匂いがする。地面にも新しい爪痕と足跡が複数残ってる……グレートウルフの群れだ。俺の勘だと、五匹はいるな」


 ヴィクトルが頷いた。

「僕が炎魔法で牽制する。ルイスはその後、散った奴を処理してくれ。一匹は残して、教材にしよう」


「了解した」


 ルイスとヴィクトルが同時に走り出した。

 二人は息の合った動きで左右に分かれ、茂みを蹴って開けた場所へ飛び込む。


 遅れてエリシアが続き、その背後をセレナが護るように並走した。


 ルイスは走りながら、横目だけで狼の数を数える。

「一、二、三、四、五……ドンピシャ」


 グレートウルフたちがルイスに気づき、耳を伏せて低く唸り始めた。

 毛が逆立ち、牙を剥き、警戒態勢を取る。


 しかしルイスは止まらない。

 腰のポーチから手のひら大の石を取り出し、右端の一匹へ放る。

 パシッ!

「キャンッ」


 胴体にクリーンヒット。

 衝撃でグレートウルフが横転し、ドサッと地面に倒れた。


 そのまま流れるように左端のグレートウルフへ肉薄。

 剣が閃く。

 一閃。

 首筋を正確に捉え、血飛沫を上げて切り伏せた。


 残りの三匹がルイスに向き直り、牙を剥き、戦闘態勢を取る。


 その刹那――

「ファイヤ・アロー」


 ヴィクトルの声が響いた。

 十数本の火の矢が横薙ぎに放たれ、三匹のグレートウルフを同時に襲う。

 ゴオォッ!

 炎が爆ぜ、巨体が吹き飛ばされた。


 ヴィクトルは杖を下ろした。

「作戦無視とはいい度胸だよね。まったく」


 ルイスは飛んでいった三匹に近づいていく。

 剣を構え、一匹ずつ確実にトドメを刺す。

 喉を突き、首を刎ね、心臓を貫く。

 手際が良すぎて、ほとんど音が立たない。


 遅れてエリシアとセレナが茂みを抜けて到着した。


 エリシアは辺りを見回した。

「あれ? もう終わってる?」


 ヴィクトルが片眉を上げて軽く首を振った。

「まだ一匹だけ残ってます」


 石を投げつけられて気絶していたグレートウルフが、体を起こし始めた。

 低く唸りながら立ち上がり、よろめきながらも牙を剥く。


 ヴィクトルがエリシアを見て、言った。

「こいつらは炎魔法が弱点だ。エリシアならファイヤ・ボールで十分いける」


「わかった。準備しておくわ」


 初めての実戦討伐。

 興奮が体を駆け巡り、手のひらが汗ばむ。


「ファイヤ・ボール!」


 詠唱とともに魔力が収束する。

 ――が、舞い上がっていたのか、緊張していたのか。

 通常よりもはるかに多くの魔力が注ぎ込まれてしまった。


 朱い光が膨張し、膨張し――

 生まれた火球は、小屋ほどのサイズになっていた。


 ルイスがちょうど最後のトドメを刺し終え、振り返りざまのことだった。

「飛ばされたのは全部処理した……ぞってええええええ!?」


 炎の玉が、ルイスの横をギリギリで通り過ぎていった。

 熱風が髪を逆立て、訓練着の裾を焦がす。


 グレートウルフが灰になったのは、言うまでもない。


 火球はさらに前方へ突き進み、森の木々を巻き込んで爆発。

 ゴオオオオオオオッ!!


 炎の奔流が数十メートル先まで広がり、木々が一瞬で炭化し、地面が焦土と化した。

 煙が立ち上り、熱波が四人を襲う。


 辺りが急に息を潜めたような沈み込み。


 セレナが拍手を一つ。

「お見事です。お嬢様」


 エリシアは顔を強張らせた。

「……それが皮肉だってことは、さすがにわかるわよ?」


 ヴィクトルは焦げ臭い空気を嗅ぎながら、ぽつりと言葉を落とした。

「これ、討伐報酬出ますかねぇ……」


 ルイスが絶叫した。

「って殺す気かあああああ!」


 エリシアは慌てて手を振った。

「ご、ごめん! 本当にごめん! 加減が――」


 ルイスは肩で息をしながら、苦笑いを浮かべた。

「……ささっと討伐部位の回収だけ済ませよう」


 ヴィクトルも呆れたように笑い、セレナは笑いを漏らした。


 森は静かになった。

 ただ、焦げた匂いと、遠くで鳥が驚いて飛び立つ音だけが残った。


 初めての魔獣討伐は、予想外の形で幕を閉じた。


 しかし、エリシアの内に達成感が生まれた。

(なんだか、スカッとしたわ!)


 その想いは、誰にも言わず、ただ胸にしまっておいた。


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