第2話
時は前世に戻る。
夜の繁華街。
ネオンが煌めく駅で、星乃ゆいは電車の乗り換えを急いでいた。
疲れた体を引きずりながら、いつもの帰路を辿るだけの一日だった。
今日も残業だった。
デスクでコーヒーを飲みながら、窓の外の夜景をぼんやり眺めていた。
同僚が「星乃さん、また土曜出勤?」と笑いかけてきたが、断れなかった。
本当は、休みの日に一人でカフェ巡りしたかった。
ネットで更新された異世界転生や悪役令嬢ロマンスを一気読みしたかったのに、積読が増える一方だった。
突然、叫び声が響いた。
群衆が割れ、逃げ惑う人波ができあがった。
その中心にいたのは、目が血走った若い女だった。
髪は乱れ、化粧が崩れ、手に握られたナイフが狂ったように空を切り裂いている。
ゆいは後ずさった。
(逃げなきゃ――)
「邪魔だ、どけっ!」
背中を強く押された。
振り返る間もなく、体が前に押し出される。
ホスト風の派手なスーツを着た男が、焦った顔でゆいを押しのけて逃げる。
痛い。
その思考が追いつく前に、ナイフがゆいの腹部を抉った。
熱い。
視界が歪む。
血の匂いと、自分の体が地面に崩れ落ちる音。
膝が折れ、コンクリートに倒れ込む。
「……最悪……」
ただの会社員だったのに。
これといって特別な人生じゃなかった。
「でも、やりたいこと……いっぱいあったな。海外旅行に行ってみたかったし、好きな人にちゃんと告白したかったし、もっと本を読んでいたかった……」
悔やむ間もなく、思考は闇に飲み込まれた。
そして、次に目を開けた時。
そこは見たことのない天井だった。
木の梁。
薄暗い部屋。
体が重く、小さい。
ベッドから上半身を起こし、周囲を見回す。
「ここは……?」
――転生?
小説やアニメで散々見てきた、あの現象が、本当に自分に起きたのか。
突然、前世の記憶がフラッシュバックのように蘇った。
腹部を抉られた灼熱の痛み。
血の匂い。
コンクリートの冷たさ。
息が詰まり、両手で自分の腹を探った。
……何もない。
傷跡すら残っていない。
幼い手が、滑らかな肌の上を滑るだけだ。
痛みも、熱も、息苦しさも――すべてが消えていた。
その事実に、全身を満たすような安堵が広がった。
死んだはずだった。
なのに、今ここにいる。
生きている。
恐怖と、信じられないような喜びと、得体の知れない不安が、内側から激しく揺さぶった。
エリシアは天井をぼんやりと眺めた。
「これから、どう生きようか……」
声はまだ幼い響きを帯びていた。
それがあまりにも現実的で、体にぞわっと粟立つような感覚が走った。




