第1話
グランヴァルト辺境伯領の荒野。
通称「竜骸の荒野」。
かつて古の竜たちが争い、死んだ場所だと言われている。
乾いた風が吹き、地面は赤茶けた岩と砂利ばかりで、草一本生えていない。
遠くに霞む山脈の稜線だけが、唯一の景色だった。
その荒野の中央に、巨大な影が二つあった。
一方は、全長三十メートルを超える漆黒の竜。
鱗は夜そのもので、裂けた翼は空を切り裂く刃のよう。
剥き出しの牙は剣よりも長く、獲物を逃さぬ赤い輝きが鋭く宿っていた。
もう一方は――人間の形をした存在。
身長およそ二メートル。
銀灰色の髪を風になびかせ、革と鋼を組み合わせた軽装に身を包んだ女性。
腰まで届く長い髪を無造作に束ね、両手で握っているのは、柄が長く刃が斧と槍を併せ持つ武器――斧槍だった。
竜は低く、地を震わせる唸りを上げる。
女性は、顔をしかめた。
「いや……怖すぎるんだけど」
竜はさらに口を開き、喉の奥で灼熱の光が渦を巻き始める。
ブレスだ。
一撃で岩山すら溶かす、竜種特有の破壊の息吹。
女性は斧槍を振り回した。
「だから怖いって言ってるだろ!」
彼女は武器を突き出した。
刃先から、極めて細い――ほとんど透明な光の糸が一瞬だけ閃いた。
それが空気を切り裂く音すら立てず、竜の巨体を貫く。
何も起こらなかった――ように見えた。
しかし、わずかな遅れの後、竜の巨体が真っ二つに分かれた。
竜の中心から、目に見えない極細の線が走った。
圧縮された魔力の糸――魔力線。
彼女の斧槍の刃先から放たれたそれは、音もなく竜の鱗、肉、骨を貫き、胴体を綺麗に両断していた。
上半身が地面に落ち、轟音を立てて砂煙が舞い上がる。
下半身はまだ立ったまま、しばらくして崩れ落ちた。
女性は斧槍を肩に担ぎ、肩の力を抜いて疲れ果てた様子で首を横に振った。
「あーもう……ほんとやだ」
彼女は竜の死体を横目で睨み、舌打ちを一つ。
辺りは静かになった。
風だけが、血と焦げた臭いを運んでいく。




