第16話
会議室の扉を開けると、室内はすでに整えられていた。
長テーブルの奥に、アルフォンスが立っており、その両脇に二人の若い男性軍人が完璧な敬礼の姿勢で待機している。
二人とも見た目はまだ中学生ほどの幼さだが、黒を基調とした軍服はぴんと張り、襟元や袖口の銀の装飾が光を反射していた。
左側の青年は、茶色の髪を長く伸ばして後ろでポニーテールにまとめている。
右側の青年は、青みがかった白い髪を短く切り揃え、鋭いまなざしが前方へ突き刺さっている。
どちらも、辺境の厳しさを思わせる引き締まった体躯を持ちながら、どこか貴族的な美貌を備えていた。
アリシエッタが先に一歩踏み込み、エリシアの手を引いて部屋に入る。
扉が閉まる音が響いた。
二人の男性軍人は、敬礼を解かず、母に向かって体を向けた。
母は威厳のある声で応じた。
「ご苦労様。まずは自己紹介を」
茶色のポニーテールの青年が一歩前に出て、右手を胸に当て、再び敬礼の姿勢から顎を引いて一礼した。
「グランヴァルト辺境軍後方支援部、第三補佐官ルイス・フォン・レーヴェンハイト少尉でございます! 以後、お見知りおきを!」
続いて、青みがかった白髪の青年が同じ動作で。
「同後方支援部、第四補佐官ヴィクトル・フォン・シュトゥルム中尉でございます! 何卒よろしくお願い申し上げます!」
二人とも声は若々しいが、軍人らしい響きがあった。
エリシアは内心で少し驚いた。
(後方支援部……この世界じゃ男性軍人の主な配置場所だよね。しかも補佐官って、父と同じポジション? 見た目が若いのに、階級は結構上なのかな)
母は目を細めて、言った。
「楽にして。席に着きなさい」
母がテーブルの上座に腰を下ろす。
エリシアも母の隣に促されるまま座った。
それに合わせて、父アルフォンスが母の反対側に、ルイスとヴィクトルが向かいに着席する。
二人は敬礼を解いて、椅子に体を沈めた。
アリシエッタが先に口を開いた。
「もう聞かされていると思うけど、あなたたちには私の娘であるエリシアの専属教育係を任命します」
ルイスとヴィクトルは、椅子から立ち上がり、敬礼の姿勢を取る。
二人同時に、澄んだ声が重なった。
「「拝命いたします!」」
エリシアは突然の申し出に心臓の鼓動だけがやけに大きく響いた。
(えっ、教育係って……こんなイケメンたちと!?)
アリシエッタは続けた。
「それでは早速、あなたたち二人にはエリシアの魔法と剣術の指南をしてもらいます」
「はっ!」
二人の返事が重なる。
声に迷いはない。
アルフォンスが短く、しかし有無を言わさぬ口調で付け加えた。
「準備急げ」
ルイスとヴィクトルは即座に踵を返し、急ぎ足で部屋の扉へ向かう。
扉の前でぴたりと止まり、振り返って敬礼。
そして扉を開け、出て行った。
扉が閉まる音が響いた後、アリシエッタがエリシアの方を向いた。
「彼らも貴族ですが、忠誠心も高く家柄も悪くありません。まだ婚約者もいません。エリシアが気に入ってくれるといいのだけれど」
エリシアの頬が熱くなった。
「えっ!? その、あの……」
言葉が続かない。
アルフォンスが口を挟んだ。
「アリシエッタ、エリシアはまだ八歳だよ」
アリシエッタは片眉をわずかに上げた。
「あら、あなたと婚約したのもデビュタントの後よ? それに王家に引き取られるよりは、自由な人生を送れると思うのだけれど」
「……それは、そうだが」
アルフォンスの声に、少しだけ諦めの色が混じる。
エリシアは二人を見上げて、息を吸った。
「私は……お母様を信じます」
「……私がその判断をできるようになったのは、十三を過ぎたころだったかしらね。優秀すぎるのも困りものだわ」
「あっ……その、申し訳ありません」
アリシエッタはエリシアの頬に手を伸ばした。
温かく、少しだけ力強い指先が撫でる。
「今のはいじわるだったわね。ただ、もっと甘えて欲しいなと思っただけよ。困らせちゃったわね」
エリシアの心が優しく温まった。
アルフォンスが時計を見て、小声で促した。
「アリシエッタ、そろそろ次の予定が」
「分かっているわ」
アリシエッタは立ち上がり、エリシアの頭を撫でた。
「エリシア、頑張っていらっしゃい」
「はいっ」
エリシアは父に手を引かれ、会議室を出た。
基地の廊下を歩きながら、アルフォンスが小声で囁いた。
「お母様はああ見えて、すごく心配しているんだ。……僕もだけど」
エリシアは父の手をぎゅっと握り返した。
「……お父様も、ありがとうございます」
二人は訓練場へと向かった。




