第15話
王都から自領への帰路は、行きよりも長く感じられた。
馬車の中で母はほとんど口を開かず、窓の外を眺め続けていた。
あの執事から受け取った手紙は一度も開かれず、懐にしまわれたままだった。
エリシアはそれが気にかかったが、聞けなかった。
母の横顔に浮かぶ決意が、言葉を塞いでいた。
領主邸に着いたのは、到着予定より半日早い、朝の薄闇の中だった。
馬車が門をくぐると、すでに灯りがともり、使用人たちが慌ただしく動いている。
ライルが玄関で出迎えた。
「お帰りなさいませ、アリシエッタ様、エリシアお嬢様。お疲れのところ恐縮ですが、すぐに前線基地へ向かっていただきます。馬車は別のものを用意してございます」
母はエリシアの手を握った。
「慌ただしくてごめんなさいね」
エリシアは首を振る。
「いえ。お母様にもお考えがあると思いますので」
母の表情が一瞬、驚いたように揺れた。
それから柔らかく細められた。
「あなたは本当に聡いわね」
母の手が、エリシアの頭を撫でた。
新しい馬車は軍用で、窓は、外壁は鉄板で補強されていた。
セレナが護衛として同乗し、ライルは邸に残る。
馬車はすぐに動き出し、領内を北へ、北へ。
馬車は前線基地の門をくぐった。
エリシアが馬車を降りると、父が待っていた。
黒を基調とした補佐官の正装に身を包んでいる。
「お帰り、エリシア。無事だったかい?」
「はい、お父様」
エリシアは自然と顔立ちがふっと明るくほどけ、父の胸に勢いよく飛び込み、その衣に顔を埋めた。
母が後ろから降りてきた。
「ずいぶんいい子だったわよ。少し緊張していたみたいだけれど」
エリシアは頬を膨らませる。
「もう、おやめくださいお母様」
母がふふふと口元を綻ばせた。
その笑い声に、周囲の軍人たちが顔を綻ばせる。
辺境軍の兵士たちは、総指揮官のこんな柔らかな表情を滅多に見ない。
母はすぐに表情を引き締め、父に向き直った。
「アルフォンス、会議室の準備を」
父は即座に短く応じた。
「分かった。例の件だな。準備は終えてある」
そういうと父は踵を返し、早足で基地の奥へと走っていった。
母がその後を追い、エリシアも母に手を引かれて連れられる。
基地の廊下を歩きながら、周囲の女性軍人たちが関心を帯びた様子でこちらを眺めてくる。
「あれが噂の……可愛らしい」
「補佐官殿も嬉しそうだったな」
「将来が楽しみだな」
囁き声が聞こえて、エリシアは表情の端にほのかな熱をにじませた。




