第14話
パーティ当日。
王宮の大広間は、シャンデリアの光で輝き、華やかな令嬢たちで溢れていた。
全員が八歳前後――この世界では、神儀を終えたら即「大人」扱いらしい。
女性貴族たちはドレスを着こなし、男性貴族たちは控えめに後方で控えている。
(……男性陣、みんなおしとやかだな)
エリシアは母に手を引かれ、広間に入った。
周囲の幾重ものまなざしが一斉に集まる。
「グランヴァルト家の……」
「辺境伯令嬢よ。病が治ったって噂だけど……」
「八歳であの佇まい……」
囁きが広がる。
アリシエッタはエリシアを中央へと導いた。
大広間の中央で、王族らしき人物が待っていた。
女王ヴァレリアは雰囲気三十代半ば、黒の軍服ドレスに銀のマントを羽織り、腰に佩いた長剣が光を反射している。
玉座の傍らには、第一王女セレスティアと第一王子ユーリアンが控えていた。
セレスティアはエリシアと同じ八歳、白銀のドレスに身を包み堂々と立っている。
対照的に、隣のユーリアンは同じく八歳なのに、見た目は五歳くらいで小柄で華奢だった。
柔らかな金髪を肩まで伸ばしている。
王女が一歩前に、王子が半歩後ろに位置取っていた。
その姿は、大切に守られるべき花のつぼみのようだ。
アリシエッタが先に一歩進み出て、右手を胸に当て、姿勢を正して敬意を表した。
「陛下、王女殿下、王子殿下。グランヴァルト辺境伯アリシエッタ、謹んでご挨拶申し上げます」
ヴァレリアの見つめる先に懐かしげな光が宿った。
「アリシエッタ、遠路ご苦労様です」
アリシエッタが顔を上げると、女王は柔らかく口角を上げた。
旧友だけがわかる、口元の緩み。
「相変わらず、苦労をかけますね」
女王の声は低く、広間に響かないよう抑えられていた。
それでも近くの貴族たちは息を呑む。
王が辺境伯に私的な口調で語りかけるのは、滅多にない光景だ。
アリシエッタは困ったように唇の端をわずかに上げて見せた。
「もう慣れましたよ、ヴァレリア」
学園時代、同じ寮で夜通し魔法理論を論じ合い、模擬戦で互いに傷を負わせ合った仲。
卒業後、一人は王座に、一人は最前線に。
道は違ったが、信頼だけは変わっていない。
女王はエリシアへと静かに注意を寄せた。
エリシアは体全体に冷たいものが這うような感覚を覚えた。
「……強い子ですね」
女王の独白は小さかったが、はっきり届いた。
魔力の流れを『感じ取った』。
アリシエッタが少しだけ胸を張り、しかし控えめに答えた。
「既に炎の魔法が使えます。威力は私ほどではありませんが」
女王の眉がわずかに上がる。
「あなたを超える者が、早々いるものですか」
競い合った二人の、懐かしいやり取り。
広間にいた貴族たちは、息を潜めてその光景を見守っていた。
第一王女セレスティアが、興味深そうにエリシアを見つめながら一歩進み出た。
「エリシア様、後にゆっくりお話ししたいわ」
隣の第一王子ユーリアンは、体をわずかに縮こまらせながら、控えめに会釈だけを返した。
エリシアを上目遣いに見上げ、すぐにまつげの影に隠した。
その仕草があまりにも幼く、周囲の令嬢たちから「可愛い……」という溜息が漏れた。
エリシアは慌てて二人に一礼した。
(……王子殿下、破壊力ヤバッ)
「恐れ入ります、王女殿下、王子殿下」
女王が最後に、告げた。
「グランヴァルトの血は、王国に必要です。……これからも頼みましたよ、アリシエッタ」
アリシエッタが深く腰から折れて忠誠を表した。
「御意に」
挨拶は終わり、二人は玉座から少し離れた位置に戻る。
周囲の貴族たちの眼差しが、さらに熱を帯びてエリシアへと降り注いでいた。
母がエリシアの耳元で囁いた。
「ヴァレリアは昔から勘が鋭い。……セレスティアも、油断ならないわ。バレないよう気を付けてね」
エリシアは内なるざわつきを必死に抑えた。
大広間の空気は、華やかさと緊張が混じり合った独特の重さを持っていた。
エリシアは母の隣で、丁寧に一礼を繰り返していた。
挨拶が終わってから三十分ほど経った頃だ。
周囲の令嬢たちが少しずつ近づいてきて、軽い会話が始まっていた。
「エリシア様、辺境の空気はいかがですか? 王都とは違って厳しいと聞きますが」
「グランヴァルト家の魔力演習は、どんなものなのですか?」
どの質問も丁寧で、敵意は感じられない。
ただ、ときおり彼女の胸元や指先へと注がれる気配があった。
エリシアは母に教わった通り、答えを返す。
「辺境は風が強いですが、空がとても広いんです。王都の建物も素敵ですけど、ちょっと息が詰まりそうで……」
笑ってごまかす。
(みんな、八歳なのに大人っぽいな……私、前世の記憶あってもこんなに上手く立ち回れないよ)
内心では冷や汗をかいていた。
ダンスの時間になっても、母が「まだ体調が万全ではないので」と丁寧に断ってくれたおかげで、エリシアは壁際に控えるだけで済んだ。
(お母様、完璧すぎる……)
エリシアは心の中で感嘆していた。
やがて、母が時計を見た。
「エリシア、そろそろ失礼しましょう。戻って休まないと」
タイミングは絶妙だった。
まだパーティが盛り上がる前、周囲に失礼にならない、完璧な退出の時間。
エリシアは内心でほっと胸を撫で下ろした。
(よし、このまま何も起こらずに帰れる……!)
母がエリシアの手を取り、女王と王女、王子に一礼。
「陛下、王女殿下、王子殿下。本日は誠にありがとう存じました。遠路の疲れもあり、娘の体調を考慮して失礼いたします」
「構わない。ゆっくり休みなさい、アリシエッタ」
セレスティアが少し残念そうに優しい表情を浮かべた。
「エリシア様、またお会いしましょう」
ユーリアンは小さく手を振って、控えめに会釈した。
母は優雅に一礼し、エリシアを促して大広間を後にした。
出口に向かう廊下で、ふと一人の執事が近づいてきた。
王宮の筆頭執事だ。
金髪を丁寧に撫でつけ、黒の正装に身を包んだ男が、頭を下げながら母に一通の手紙を差し出した。
「アリシエッタ様、こちらを」
母は歩みを止めず、片手だけで手紙を受け取った。
執事はそれ以上何も言わず、一礼して去っていく。
その手際の良さは、明らかに慣れたやり取りだった。
エリシアは横目でそれを見た。
(……貴族って、大変だなぁ)
馬車に乗り込み、扉が閉まる。
王宮の灯りが遠ざかり、馬車は石畳の道を進み始めた。
自領への長い帰路――まずは王都別邸で一泊し、明日出立する予定だ。
母は窓の外を眺めながら、手にしていた手紙を開いた。
封蝋の紋章を一瞥しただけで、内容を読まずにまた閉じた。
エリシアはそれを見て、首を傾げた。
「お母様?」
母は首を振った。
「何でもないわ」
それ以上は語らず、母は窓の外に意識を向け直した。
馬車の車輪が石畳を打つ音だけが、響き続けた。




