第12話
神儀から一ヶ月が経っていた。
グランヴァルト辺境伯領の領主邸、朝の食堂。
エリシアはいつものように温かいスープを啜りながら、向かいに座る母――アリシエッタの顔をちらりと見上げた。
この一ヶ月は穏やかな日々だった。
あの演習場での出来事の後、母は約束通り「みんなで幸せになる方法」を真剣に考えてくれた。
セレナは処分されるどころか、正式にエリシアの専属護衛として認められた。
使徒の立場については、母が「今は隠そう」と提案した。
家族で相談した結果、神殿に「当面は公表しない」と伝えたところ――
神官長エレノアから連絡がきた。
「使徒様がそうお望みになるのでしたら、女神ヴァレルトスアのご託宣に則り、私どもは一切口外いたしません」
それで、あっさり片がついた。
(自由に、って……本当に便利な言葉)
エリシアは内心で苦笑いを浮かべた。
平和だった。
でも、今日でそれも終わりかもしれない。
アリシエッタがナプキンで口元を拭った。
「エリシア、話があるわ」
エリシアはスプーンを置いて姿勢を正した。
「はい、お母様」
「神儀を終えた貴族の令嬢たちは、魔法学園に入る前に王都でデビュタントパーティを行うことになっているの。今年は同学年の者たちが全員神儀を終えたタイミングなので、一同に集まることになったわ」
「デビュタント……パーティ?」
前世の知識で「デビュタント」は社交界デビュー的なイベントだとわかるけど、この世界でどういうものか、詳しくは知らない。
アリシエッタは説明を続けた。
「ええ。貴族同士の顔合わせよ。将来的に戦場で共闘する者たち、領地を繋ぐ者たち……早めに知り合っておくための場。女神ヴァレルトスアの祝福を受けた子供たちが、正式に社会に出る儀式でもあるわ」
(……つまり、結婚相手探しも兼ねてる感じ?)
エリシアは内心で頷いた。
逆転世界らしい。
「あなたも参加することになるわ。準備は私が整えるから」
「お父様は?」
「アルフォンスは前線で私の代わりを務めてもらうことになるわね。……辺境は油断できないから」
アリシエッタの表情にわずかな影が差した。
父は「行っておいで」と送り出してくれるだろうけど、きっと心配でたまらないはずだ。
エリシアは唇を噛んだ。
「……わかりました。お母様と一緒なら、心強いです」
アリシエッタの表情が明るくなった。
「ふふ、頼もしい娘ね。では、早速準備を始めましょう」




