第11話
魔法演習場は、広大な円形の空間だった。
周囲を厚い石壁が囲み、天井は高く、床は硬く締め固められた土。
中央にいくつもの的が並び、それぞれの奥に魔力計測器が設置されている。
母の説明では、この演習場は完全防音で、外部に魔法の波長が一切漏れない強力な結界が張られているという。
セレナに促され、エリシアは訓練着に着替えさせられた。
動きやすい黒のズボンと上衣。
八歳の体には少し大きめだったが、布地は上質で、すぐに馴染んだ。
三人で的の前に移動する。
母が先に立った。
「ファイヤ・ランス」
母の右手から、灼熱の炎の槍が迸った。
それは一直線に飛んで的を貫き、爆発的な熱波を残して消えた。
計測器に赤い数字が浮かび上がる。
【九千四百二十】
母は一瞬目を伏せた。
「まずまずだわ」
セレナが感嘆の声を漏らす。
「相変わらずですね……」
母はエリシアに向き直った。
「撃ってみて、エリシア。まずはファイヤ・ボールで」
エリシアは右手を翳す。
「ファイヤ・ボール」
火球が飛び、的を直撃した。
計測器が一瞬だけ強く輝き、数字が表示される。
【九千百八十】
セレナの目が見開かれた。
「……え?」
母の表情がわずかに硬くなる。
セレナが何か言いかけると、母の刃のようなまなざしが彼女を射抜いた。
セレナは口を噤んだ。
母は平静を装って続けた。
「次はウォーター・バレット」
「ウォーター・バレット」
水の弾丸が連射され、的を穿つ。
【八千九百七十】
「ウィンド・カッター」
【九千五十】
「アース・スパイク」
【九千三百十】
「ライトニング・ボルト」
【九千二百二十】
母が扱えない雷属性まで、完璧に発動し、計測器は次々と数字を叩き出した。
最後の雷が消えた直後、母は片手で顔を覆い、肩を震わせた。
「……冗談じゃない。こんな数値、ありえない……」
エリシアは不安げに声をかける。
「あの……何か?」
セレナが息を整えきれないままの声で説明した。
「エリシア様……全属性の魔法を扱える方は、歴史上でも極めて稀です。それに……全ての魔法が通常の倍近く、いえ、それ以上の威力で……これは……」
母が手を下ろし、エリシアに近づいた。
「とても素晴らしいわ、エリシア」
そして、強く体を抱き寄せた。
「でも、この力は……悪用する者が必ず現れる。国に知られれば、強制的に婚姻を迫られることもあるでしょう。……神託では、何と?」
「自由に……と」
「そう……貸し切りにして、本当によかった」
その時、セレナが跪いた。
両手を床について、首を差し出すように額を低く垂れた。
「覚悟はできております」
母が右手を翳す。
淡い魔力の光が集まり始める。
「よろしい」
エリシアは一瞬で理解した。
――口封じ。
自分の異常を知ったセレナを消すつもりだ。
「何をなさるのです!?」
エリシアは母の胸を叩いた。
「嫌です! 絶対に嫌です! こんなこと、私は望みません!」
エリシアの体が白く輝き始めた。
神聖な光が演習場全体を包み、結界すら軋ませるほどの力だった。
母の目が見開かれる。
「神聖なる光……やはり、使徒なのね。……分かりました。あなたがそう望むなら、私は――」
「違うわっ!」
エリシアの声がかすかに裏返った。
「私は誰も導かないし、わがままを言いたいわけじゃない! ただ……幸せに、生きていきたいの!」
涙が溢れる。
母は慌ててエリシアを抱きしめた。
「そうね……そうよね。エリシアはエリシアだものね。母が間違ってたわ」
母は背中を撫でながら、セレナにも穏やかに顔を向けた。
「みんなで幸せになる方法を……考えましょう?」
エリシアは顔を母の胸にうずめた。
――演習場の空気は、まだ熱と雷の匂いが残っていた。
だが、そこにあったのは、もう冷たい決意ではなく、温かな決意だった。




