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貞操逆転令嬢  作者: 川合 佑樹


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第10話

 神託を受けた翌日の昼過ぎ。

 領主邸の食堂で昼食を終えた後、エリシアはアリシエッタに呼び出された。


「エリシア、馬車で移動するわ。少し付き合ってくれるかしら」


 母の声は有無を言わさぬ響きがあった。

 用事がある、というより「来なさい」という命令に近かった。


 馬車には母とエリシア、そして護衛兼メイドのセレナが同乗した。

 ライルは邸に残り、アルフォンスも別行動のようだった。


 馬車は石畳の道を抜け、徐々に荒れた道へと入っていく。

 窓の外の景色が、領内でも特に殺伐とした前線地帯へと変わっていくのがわかった。


 やがて、巨大な要塞のような建物が見えてきた。

 前線基地――王国最北の守備を担う、グランヴァルト辺境軍の主要訓練場兼駐屯地だ。


 外壁は厚い石と鉄で補強され、現代の基地を思わせる頑強さだった。

 尖った鉄柵が周囲を囲み、監視塔がいくつも立ち並び、遠くからでも威圧感が伝わってくる。


 門の前には、二人の女性門兵が立っていた。

 黒い軍服に身を包み、長槍を構え、姿勢を崩さず微動だにしない。

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 短く切り揃えた髪、鋭い目つき。


 馬車が近づくと、門兵の一人が紋章を確認し、即座に敬礼した。

「開門!」


 重い鉄の門が開かれる。

 馬車が中に入っていく間、門兵たちは微動だにせず、通り過ぎる馬車をじっと見据えていた。

 感情を排した軍人の目だった。


(……なんか、すごく怖い)


 エリシアは窓からその肌に刺さる気配を感じた。


 馬車が完全に中に入ると、セレナが独り言のように漏らした。

「変わらないわねー」


 声は懐かしげで、どこか遠くを見るような響きがあった。


 エリシアは自然と尋ねた。

「以前は、ここに?」


「ええ。アリシエッタ様と共に、走り回っておりましたよ」


 口角が静かにほどけていた。

 だが、その奥に疲れの色がわずかに滲んでいるのがわかった。

 戦場を経験した者の目だ。


(戦争だものね……)


 エリシアは胸の内でそう思った。

 そして今、自分も――使徒として、その世界に足を踏み入れようとしている。


 馬車が訓練場の中央広場に停まる。


 母が口を開いた。

「着いたわ、エリシア。ここから先は歩きましょう」


 アリシエッタは馬車を降り、エリシアの手を取った。

 セレナが後ろに控え、三人で広場へと向かう。


 広場では、すでに数十人の女性兵士たちが整列していた。

 全員がエリシアたちの方を向き、敬礼の姿勢を取っている。


 その中心に、一人の女性将校が立っていた。

 母の部下だろう。

 年齢は三十代前半。

 短い髪に、傷跡の残る頬。


 彼女が一歩前に出て、深く背を折り曲げて敬意を示した。

「アリシエッタ様、お待ちしておりました。そして……エリシア様」


 関心の矢がエリシアへと振り向けられた。


 アリシエッタは広場に整列する兵士たちを見渡し、一歩前に出た。

 研ぎ澄まされた双眸が、中心に立つ女性将校へと注がれる。


 アリシエッタは短く、しかし威厳を込めた声で言った。

「出迎え、ご苦労様。訓練に戻りなさい」


 女性将校は即座に敬礼した。

「はっ!」


 アリシエッタは続けて、その女性将校に命じた。

「レオニーダ。魔法演習場を貸し切ります。全員を退場させ、立ち入り禁止にしなさい。即刻」


 レオニーダが表情を引き締めた。

「了解しました! アリシエッタ様!」


 彼女は振り返り、整列する兵士たちに向かって大声で号令をかけた。

「全隊、訓練再開! 魔法演習場はただいまより立ち入り禁止! 速やかに退場せよ!」


 兵士たちは一糸乱れぬ動きで敬礼し、整然と広場を離れ始めた。

 靴音が重なり、埃が舞う。


 アリシエッタはエリシアの方を向いた。

「エリシア、いきましょうか」


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