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記憶を取り戻して転生したら、そこはかつてプレイしたゲームの世界でした〜5人パーティを組みたい俺と、二人きりがいい女戦士  作者: 夢芝居


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第8話:女神の鎧と聖女の羨望

第8話:女神の鎧と聖女の羨望


 火山での命懸けの素材採取から、三日。


 岩の砦の街フォルトックには、いつものように朝が訪れていた。


 巨大な岩山を削り取るようにして造られた街には、朝早くから人々の声が響いている。


 冒険者たちは酒場や宿屋から姿を現し、商人たちは店先に商品を並べ、鍛冶職人たちは朝一番から炉に火を入れる。


 街全体が、まるで巨大な生き物のように動き始めていた。


 そんな街の一角。


 大通りから少し離れた路地裏に、一軒の古びた鍛冶場があった。


 看板には簡素な文字で、アレックス工房、とだけ書かれている。


 その工房の扉を、正春はゆっくりと開いた。


「来たぞ、アレックス」


「おう。待ってたぜ」


 工房の奥から、低く響く声が返ってくる。


 現れたのは、筋骨隆々とした中年の男だった。


 煤で汚れた前掛け。


 太い腕。


 何度も炎にさらされたことで赤くなった手。


 そして、鋭い職人の目。


 マスター・クラフトマン。


 このフォルトックでも指折りの鍛冶職人、アレックスだった。


 アレックスは正春たち三人を見るなり、口元を豪快に吊り上げた。


「素材を受け取ってから三日。約束通り、最高の仕事をしてやったぜ」


「もう完成したのか?」


「ああ」


 アレックスは胸を張った。


「ただし、簡単な仕事じゃなかったぞ。お前らが持ち帰ってきたミスリルは、普通の鉱石とは純度が違いすぎた。あれだけ純度の高いミスリルを加工するには、火加減を一歩間違えるだけで全部が無駄になる」


 正春は頷いた。


「それでも三日で?」


「俺を誰だと思ってやがる」


 アレックスはニヤリと笑った。


「フォルトック一の鍛冶師、アレックス様だぞ」


「自分で言うか、それ」


「言うさ。腕だけは誰にも負けねえからな」


 豪快に笑うアレックス。


 その隣では、レンカが腕を組んでいる。


「じゃあ、さっさと見せてよ」


「気が早いな、嬢ちゃん」


「三日も待ったのよ」


「そうかそうか」


 アレックスは楽しそうに笑う。


 そして工房の奥へ歩いていった。


「ほら、見ろ」


 アレックスが持ってきたのは、二つの大きな布包みだった。


 床に置かれた包み。


 それを見た正春は、自然と息を呑んだ。


 ただの装備品ではない。


 布越しでさえ、その中から尋常ではない魔力が感じられる。


 レンカも表情を引き締めた。


 そして。


 アレックスが、ゆっくりと布を取り払った。


 ――瞬間。


 工房内が銀色の光に包まれた。


「……!」


 正春は言葉を失った。


 そこにあったのは、一着の銀色の軽鎧だった。


 美しい。


 その一言では足りない。


 細身でありながら、決して脆そうには見えない。


 胸部から肩、腰へと流れる装甲は無駄なく洗練されており、表面には細かな魔法文字が刻まれている。


 ミスリル特有の銀色の輝きが、工房の炎を受けて淡く揺れていた。


「これが……」


 正春は無意識に一歩近づいた。


「ミスリル・エイル・メイルだ」


 アレックスが誇らしげに告げる。


「エイル?」


「ああ。治癒を司る女神の名を冠した鎧だ」


 鎧の胸部には、小さな翼を思わせる意匠が施されている。


「お前は攻撃だけじゃなく、回復も補助もできる万能型だろ。だから単純な重装甲じゃなく、魔力伝導率と身体能力補助を重視した」


 アレックスは鎧を指で軽く叩いた。


 澄んだ音が響く。


「ミスリルそのものが魔力を通す。さらに内部に特殊な魔法回路を組み込んである。身体強化、魔法耐性、衝撃分散、自己修復補助。そして、治癒魔法を受けたときの魔力効率も上げてある」


「そこまで……」


「お前が持ってる力を考えりゃ、このくらいは必要だ」


 正春は静かに鎧を見つめた。


 強くなりたい。


 そう思っていた。


 だが、ただ強くなるだけではない。


 仲間を守りたい。


 誰かが傷ついたとき、その傷を癒したい。


 そして、自分自身も倒れないようにしたい。


 この鎧には、そのすべてが詰め込まれているように感じた。


「ありがとう、アレックス」


「礼はいい」


 アレックスは鼻を鳴らした。


「素材を命懸けで取ってきたのはお前らだ。俺は、それを形にしただけだ」


 その隣。


 もう一つの布包みがあった。


「そして、こっちは……」


 アレックスが布を取る。


 銀色の胸当てが姿を現した。


「レンカの鎧だ」


「……!」


 レンカの目が大きく見開かれる。


 そこにあったのは、女性戦士のために設計された美しい胸鎧。


 肩当てには翼を模した装飾。


 中央には赤い宝石が一つ。


 腰部には可動域を確保するための細かな装甲が連なっている。


「ヴァルキリー・ミスリル・キュイラス」


 アレックスが名前を告げる。


「戦場を駆ける戦乙女をイメージして作った。防御力はもちろん、速度を落とさないことを最優先にしてある」


 レンカはしばらく何も言わなかった。


 やがて。


「……すごい」


 小さく呟いた。


「それから、これだ」


 アレックスが隣から盾を取り出す。


 大きすぎず、しかし女性が片手で扱うには十分な重量感を持った盾。


 中央には円形の紋章が刻まれている。


「アイギス・ミスリル・シールド」


 その名を聞いた瞬間。


 レンカの目が輝いた。


「これ……私の?」


「そうだ」


「本当に?」


「お前が使えるように調整してある」


 レンカは盾を受け取った。


 ズシリ。


 普通の女性なら持ち上げることすら難しい重量。


 しかしレンカは軽々と持ち上げる。


「……悪くない」


 口ではそう言いながら、明らかに嬉しそうだった。


 そんな二人の姿を。


 少し離れたところから見ている少女がいた。


 モイラだった。


「……綺麗」


 その声には、純粋な感嘆が混じっていた。


 モイラは僧侶として、装備の価値についてもある程度知っている。


 ミスリル。


 それは高位冒険者でも簡単には手に入れられない希少鉱物だ。


 魔力伝導率。


 耐久性。


 軽量性。


 魔法適性。


 そのどれもが一級品。


 だからこそ、目の前の装備がどれほど凄いものなのかも分かっていた。


 だが。


 モイラが羨ましいと思ったのは、装備そのものではなかった。


 ――二人が、お揃いの装備を身につけること。


 そのことだった。


「いいなぁ……」


 小さく呟く。


「正春さんとレンカさん……」


 正春とレンカ。


 二人の間には、長い時間を共に過ごしたような空気がある。


 戦いを乗り越えた仲間。


 互いを信頼している関係。


 それが、この二つのミスリル装備によって形になってしまった。


 まるで。


 二人だけの証のように。


「私も……」


 モイラは胸元をそっと握る。


「私も、正春さんと何か……」


 そこまで考えて、頬が熱くなった。


「……何考えてるの、私」


 モイラは慌てて首を振る。


 自分は聖女だ。


 僧侶として正春を支える。


 それでいい。


 そう思っている。


 なのに。


 正春がレンカの鎧を見て笑っている。


 レンカが正春の鎧を褒めている。


 それを見ていると。


 胸の奥が、少しだけ痛かった。


「モイラ?」


「ひゃっ!」


 突然声をかけられ、モイラは飛び上がった。


 正春が不思議そうにこちらを見ている。


「どうした?」


「な、なんでもありません!」


「顔が赤いけど」


「だ、大丈夫です!」


 モイラは慌てて顔を背けた。


 そんな二人の様子を、レンカがじっと見ていた。


「……」


 レンカの目が細くなる。


「モイラ」


「は、はい?」


「正春の顔ばっかり見てない?」


「そ、そんなこと……!」


「見てるじゃない」


「見てません!」


「見てるわよ」


「見てませんってば!」


 早くも火花が散り始める。


 アレックスはその様子を見て、呆れたように笑った。


「若いってのはいいねえ」


「アレックス。余計なこと言わない」


「へいへい」


 こうして。


 三人の新たな冒険装備が完成した。


 正春はミスリル・エイル・メイルを。


 レンカはヴァルキリー・ミスリル・キュイラスとアイギス・ミスリル・シールドを。


 そしてモイラは、これまで通りの僧侶装備を身につける。


 その差は歴然だった。


 モイラは改めて思う。


 ――私だけ。


 少しだけ取り残されたような気持ちになった。


 もちろん。


 正春が自分を仲間だと思ってくれていることは分かっている。


 命を預け合った。


 何度も助けてもらった。


 自分だって、正春を治癒魔法で支えた。


 それでも。


 心というものは、理屈では簡単に整理できない。


「……私も頑張らないと」


 モイラは小さく呟いた。


 その声を、正春だけが聞いていた。


「十分頑張ってると思うぞ」


「え?」


「モイラは何度も俺たちを助けてくれただろ」


「正春さん……」


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 けれど。


 その直後。


「ほら、正春。次の目的地に行くわよ」


 レンカが正春の腕を掴んだ。


「分かったって」


「さあ、行きましょう」


 レンカは正春を連れて工房から出ていく。


 モイラは二人の背中を見ながら、少しだけ寂しそうに笑った。


 しかし。


 今日だけは。


 まだ終わらない。


     ◇


 三人はフォルトックの大通りを歩いていた。


 目指すのは、街の外れにある巨大な地下迷宮。


 フォルトックが冒険者の街として栄えている最大の理由。


 それが、このダンジョンだった。


 地底深くまで続く巨大な迷宮。


 浅い階層には比較的弱い魔物が生息しているが、深く潜るほど魔物の強さは跳ね上がる。


 そして。


 深層には、地上では手に入らない財宝が眠っている。


 古代文明の魔道具。


 希少鉱石。


 伝説級の武具。


 そして、未知の魔法書。


「次は地下深くへ潜ろうと思う」


 正春が言った。


「高難易度の階層には、それだけ強力な魔物がいる。だけど、その分だけ財宝も増えるはずだ」


「賛成」


 レンカが即答する。


「新しい鎧の性能も試したいし」


 レンカは胸元のミスリル装甲を軽く叩いた。


「私も賛成です」


 モイラも頷く。


 しかし。


 その表情には、どこか迷いがあった。


「……正春さん」


「ん?」


「ダンジョンに入る前に……」


 モイラは立ち止まる。


「少しだけ、二人でお話しませんか?」


 正春が目を瞬かせた。


「二人で?」


「はい」


 モイラはレンカを見る。


 そして。


「少しだけでいいんです」


 勇気を振り絞って、正春の袖を掴んだ。


「……正春さんに、聞いてほしいことがあります」


 レンカの眉が動いた。


「……」


 数秒。


 沈黙。


「モイラ」


「はい」


「どうして二人で?」


「……」


 モイラは答えに詰まった。


 本当の理由を言えば。


 正春を独占したかった。


 レンカの前では言えないことを言いたかった。


 そして何より。


 自分の中に残っている、あの記憶を。


 正春に伝えたかった。


「……昔のことを、話したいんです」


 その言葉に。


 正春の表情が少し変わった。


「昔?」


「はい」


 モイラは頷く。


「私が……正春さんと出会う前のこと」


 レンカもその言葉を聞いていた。


「……」


 レンカは腕を組んだ。


「分かった」


「え?」


 モイラが驚く。


「少しだけなら」


「レイラさん……」


「ただし」


 レンカは正春の手を取った。


 ぎゅっ。


「話が終わったら、正春は返してもらうから」


「……え?」


「その後、私たち二人で街のお店に行く約束だから」


「ちょっと待って、レンカ」


「何?」


「俺、そんな約束したっけ?」


「今したの」


「それは約束って言わないだろ」


「細かいことは気にしない」


 レンカは堂々と言い切った。


 モイラの頬が赤くなる。


「お、おしゃれなお店……」


「そう」


 レンカはニヤッと笑った。


「海が見えるところでも行こうかしら」


「……!」


 モイラの胸に、小さな焦りが生まれた。


 そして。


 正春が困ったように笑う。


「じゃあ……モイラと少し話してから、レンカと店に行くか」


「うん」


 レンカは頷いた。


「楽しみにしてる」


 そう言って。


 レンカは一歩後ろに下がった。


 だが。


 その目は明らかに。


 ――二人を監視していた。


     ◇


 モイラと正春は、フォルトックの路地裏を歩いていた。


「……すみません」


「何が?」


「レンカさんに、無理を言ってしまって」


「気にしなくていい」


「でも……」


 モイラは俯いた。


「私、少しわがままになっている気がします」


「そうかな?」


「はい」


 少し笑う。


「正春さんに会えてから……私、変なんです」


「変?」


「前より、自分の気持ちを隠せなくなりました」


 正春は黙って聞いていた。


「昔は、何でも我慢すればいいと思っていました」


 モイラはゆっくり話し始める。


「誰かを助けるなら、自分が苦しくてもいい。誰かが幸せになるなら、自分が寂しくてもいい」


「……」


「聖女として、それが正しいと思っていました」


 モイラの指先が震える。


「でも……正春さんに会ってから」


 彼女は顔を上げた。


「それだけじゃ駄目なんだって思うようになりました」


「どうして?」


「正春さんが、私自身を見てくれたからです」


 正春は少し驚いた。


「私を聖女だからではなく、一人の人間として見てくれた」


「……」


「嬉しかったんです」


 モイラは笑った。


「すごく」


 その笑顔は、どこか泣きそうだった。


「だから……」


 モイラは立ち止まる。


「怖かった」


「怖い?」


「正春さんに会えなくなることが」


 風が吹いた。


 フォルトックの街を抜ける風が、二人の髪を揺らす。


「前の記憶があるんです」


「前の記憶……」


「はい」


 モイラは静かに頷いた。


「全部ではありません。でも……断片的に覚えています」


 彼女は胸に手を当てた。


「暗い場所」


「……」


「誰かの泣き声」


「……」


「そして……正春さん」


 その名前を口にした瞬間。


 モイラの目に涙が浮かんだ。


「私は、正春さんを失ったことがある気がするんです」


 正春は言葉を失った。


「……俺を?」


「はい」


「どういう意味だ?」


「分かりません」


 モイラは首を振る。


「夢だったのかもしれません。前世だったのかもしれない。あるいは、別の世界の記憶なのかもしれない」


 それでも。


「でも、あの時の悲しさだけは、本物だった」


 モイラは胸を押さえる。


「正春さんがいなくなって……私、ずっと泣いていた」


「……」


「だから」


 涙が頬を伝う。


「今、正春さんがここにいることが……嬉しいんです」


 正春はしばらく何も言わなかった。


 やがて。


「モイラ」


「はい」


「俺はここにいる」


 その言葉に。


 モイラの瞳が揺れた。


「……はい」


「だから、そんなに怖がらなくていい」


「……はい」


「これからも一緒にいよう」


 その瞬間。


 モイラの涙が溢れた。


「……ずるいです」


「え?」


「そんなこと言われたら……」


 モイラは涙を拭いながら笑った。


「もっと好きになってしまいます」


 正春は固まった。


「……」


「……」


 二人の間に沈黙が落ちる。


 モイラ自身も、自分が何を言ったのか理解した瞬間に顔が真っ赤になった。


「い、今のは!」


「……」


「忘れてください!」


「いや……」


「忘れてください!」


「分かった」


「本当に?」


「ああ」


「……でも、忘れないでください」


「どっちだよ」


 二人は顔を見合わせた。


 そして。


 同時に笑った。


 少しだけ。


 距離が近くなった気がした。


     ◇


 その頃。


 少し離れた場所では。


「……」


 レンカが壁の陰から二人を見ていた。


「……何話してるのよ」


 腕を組みながら、眉間に皺を寄せる。


「……笑ってるし」


 さらに眉間の皺が深くなる。


「……近いし」


 一歩前へ出ようとして。


 止まる。


「いや……」


 レンカは首を振った。


「約束したんだから」


 少しだけ待つ。


 そう決めた。


 しかし。


 心の中は落ち着かなかった。


 自分でも分かっている。


 嫉妬している。


 正春が他の女性と楽しそうに話している。


 それだけで胸がざわつく。


 しかも相手は。


 聖女。


 自分とは違って、柔らかくて、優しくて。


 正春に対して素直だ。


「……私、何やってるんだろ」


 レンカは小さくため息をついた。


 だが。


 その直後。


 モイラが正春の肩に寄り添う姿が見えた。


「……」


 レンカの目が細くなる。


「……あれは近すぎない?」


 さらに。


 モイラが正春の顔を見る。


 正春が笑う。


 モイラも笑う。


「……」


 レンカは拳を握った。


「……もう少しだけ」


 そう言い聞かせた。


「もう少しだけだから」


     ◇


 しばらくして。


「それじゃあ、行きましょうか」


 モイラが言った。


「どこへ?」


「お店です」


「店?」


「はい」


 モイラは少し恥ずかしそうに笑った。


「レンカさんとの約束があるのは知っています。でも……」


「?」


「少しだけ、私の行きたい場所に付き合ってくれませんか?」


 正春は頷いた。


「いいぞ」


「本当ですか?」


「ああ」


 モイラは嬉しそうに笑った。


 二人が向かったのは。


 フォルトックでも少し高級な、海沿いの店だった。


 岩山に囲まれた街なのに。


 その店からは海が見えた。


 夕暮れの光が水平線を赤く染めている。


 店内は落ち着いた雰囲気だった。


 大きな窓。


 木製のテーブル。


 柔らかな照明。


 そして。


 窓の向こうには広大な海。


「綺麗……」


 モイラが窓辺に立った。


「こんなお店があったんだな」


「私も今日初めて知りました」


 モイラは笑う。


「でも……ここに来てみたかったんです」


「どうして?」


「海が見たかったから」


 二人は窓際の席に座った。


 やがて料理が運ばれてくる。


 温かなスープ。


 焼きたてのパン。


 魚料理。


 果物を使った甘いデザート。


 モイラは嬉しそうに料理を見る。


「美味しそう」


「食べよう」


「はい」


 二人で食事を始める。


 最初は少し緊張していたモイラだったが。


 時間が経つにつれて、自然と笑顔が増えていった。


「正春さんって、昔はどんな人だったんですか?」


「昔?」


「はい」


「そうだな……」


 正春は少し考える。


「普通だったと思う」


「普通?」


「ああ」


「絶対嘘です」


「なんで?」


「今でも普通じゃないですから」


「……」


 正春は苦笑した。


「そう言われると困るな」


「ふふ」


 モイラは笑う。


「もっと聞きたいです」


 二人は色々な話をした。


 冒険のこと。


 街のこと。


 昔のこと。


 好きな食べ物。


 これまで出会った仲間。


 そして。


 これからのこと。


 気づけば、外はすっかり暗くなっていた。


 海の向こうに夜が広がっている。


 水平線には無数の星。


 そしてフォルトックの街明かりが、海面に細長く映っていた。


「……綺麗ですね」


 モイラが呟いた。


「ああ」


「こういう時間……ずっと続けばいいのに」


「そうだな」


 モイラは正春を見る。


 そして。


「正春さん」


「ん?」


「今日は……ありがとうございました」


「俺も楽しかった」


「……本当ですか?」


「ああ」


「よかった」


 モイラは胸に手を当てた。


 鼓動が速い。


 今なら。


 今なら言える気がした。


「正春さん」


「どうした?」


「私……」


 言葉が詰まる。


「私、正春さんに会えてよかったです」


「……」


「前の記憶が本当なのか、夢なのか。今でも分かりません」


 モイラは夜の海を見る。


「でも、今こうして正春さんと一緒にいることだけは、本物です」


 正春は黙って聞いている。


「だから……」


 モイラは少しだけ身を乗り出した。


「これからも、私を仲間として……」


 そこで言葉を止める。


 少しだけ迷って。


「……一人の女の子として、見てくれたら嬉しいです」


 正春の目が見開かれた。


「モイラ……」


「はい」


 モイラは顔を赤くしながらも。


 逃げなかった。


「私は……正春さんのことが、大切です」


 その言葉に。


 正春は何も言えなかった。


 やがて二人は店を出た。


     ◇


 夜のフォルトック。


 街灯が石畳を照らしている。


 昼間とは違い、人通りも少ない。


 モイラと正春は並んで歩いていた。


「今日は、本当にありがとうございました」


「こちらこそ」


「……正春さん」


「ん?」


「一つだけ……」


 モイラは足を止めた。


「お願いしてもいいですか?」


「何?」


 モイラは正春の前に立つ。


 少しだけ背伸びをする。


 そして。


「……これからも、私のそばにいてください」


「ああ」


 正春が答えた。


 その瞬間。


 モイラは微笑んだ。


「……ありがとうございます」


 そして。


 そっと。


 正春の頬に唇を触れさせた。


「……!」


 一瞬。


 時間が止まったようだった。


 モイラはすぐに離れる。


 顔は真っ赤。


「……お、おやすみなさい!」


「え?」


 正春が固まっている。


 モイラは逃げるように数歩進んだ。


 しかし。


「……」


 立ち止まる。


 振り返る。


「正春さん」


「ん?」


「……嬉しかったです」


 それだけ言うと。


 モイラは再び歩き始めた。


 正春は頬に手を当てる。


「……」


 何が起きた。


 そう思った。


 だが。


 その瞬間。


「――ちょっと」


 背後から。


 低い声が響いた。


「……」


 正春の背中に冷たい汗が流れる。


 ゆっくり振り返る。


 そこには。


 腕を組んだレンカが立っていた。


「……レンカ」


「何?」


「いつからいた?」


「最初から」


「最初から?」


「ええ」


 レンカの笑顔。


 だが。


 目が笑っていない。


「店に入るところも」


「……」


「楽しそうに話してるところも」


「……」


「二人で帰ってくるところも」


「……」


 レンカが一歩近づく。


「全部見てたわ」


「……」


 正春は黙った。


「ねえ、正春」


「はい」


「私との約束」


「覚えてる」


「本当に?」


「ああ」


「じゃあ」


 レンカはモイラを見る。


 モイラも立ち止まった。


「どういうことか説明してもらえる?」


 モイラは顔を赤くした。


「……」


「モイラ?」


「……その」


「何?」


「正春さんに……」


「うん」


「キスしました」


「……」


 レンカの表情が固まった。


「……」


 数秒。


「……は?」


「頬にです」


「分かってるわよ!」


 レンカの声が夜の街に響いた。


「そういう問題じゃない!」


 モイラも負けじと声を上げる。


「何が問題なんですか!」


「何がって……!」


「正春さんの頬にキスしただけです!」


「だけって言った!?」


「はい!」


「それは私だってまだしてないのよ!」


「……え?」


 モイラが固まった。


 レンカも固まる。


「……」


「……」


 二人は互いを見る。


 正春は頭を抱えた。


「頼むから落ち着いてくれ」


「正春は黙ってて!」


「はい」


「これは女同士の問題だから!」


「……分かった」


 レンカはモイラに詰め寄る。


「あなたねえ……」


「なんですか!」


「私が譲ったのをいいことに……」


「譲ってくれたのはレンカさんじゃないですか!」


「だからってキスする!?」


「したかったからしました!」


「開き直った!」


「正春さんに会えたことが嬉しかったんです!」


「……!」


 その言葉に。


 レンカは一瞬黙った。


「……」


 モイラは胸の奥から溢れた気持ちを、もう止められなかった。


「私は……正春さんを失ったような記憶があるんです」


 レンカの表情が変わる。


「だから……」


 モイラの声が震える。


「もう二度と失いたくない」


「……」


「正春さんがここにいる。それだけで嬉しいんです」


 レンカは何も言えなかった。


 やがて。


「……ずるい」


 小さく呟いた。


「え?」


「そんなこと言われたら……怒れないじゃない」


 レンカは顔を背ける。


「でも」


 再びモイラを見る。


「だからって、私が譲ると思ったら大間違いだから」


「……!」


「正春は私にとっても大切な人なの」


 モイラは静かに頷いた。


「分かっています」


「なら……」


「でも、私も負けません」


 レンカの目が細くなる。


「……言ったわね?」


「はい」


「聖女だからって遠慮しないわよ」


「私だって聖女だからって引きません」


 二人の間に。


 再び火花が散った。


 正春は二人を見ながら、深くため息をつく。


「……どうしてこうなったんだ」


 すると。


 二人が同時に振り返る。


「正春!」


「正春さん!」


「はい!」


「どっちが大切なの!?」


「え!?」


 正春は絶句した。


 夜のフォルトック。


 海から吹く風が、三人の間を通り抜けていく。


 そして。


 レンカが先に口を開いた。


「……正春」


「はい」


「今日の店、私とも行くからね」


「分かった」


「今度は二人で」


「……ああ」


 するとモイラが手を挙げた。


「私もまた行きたいです」


「あなたは今日行ったでしょう!」


「また行きたいんです!」


「もう!」


 二人が再び言い争う。


 正春は頭を抱えた。


 だが。


 どこか。


 少しだけ嬉しかった。


 これまでの旅は、戦いの連続だった。


 命の危険。


 魔物。


 迷宮。


 火山。


 失う恐怖。


 そんなものばかりだった。


 けれど。


 今。


 自分の隣には二人の仲間がいる。


 自分を大切に思ってくれる人がいる。


 そして。


 その二人が、自分を巡って言い争っている。


 正春は苦笑した。


「……まあ」


 小さく呟く。


「悪くないか」


「何が?」


「なんでもない」


 正春は二人の隣へ歩いていった。


 レンカが右側。


 モイラが左側。


 三人は夜の街を歩き始める。


 その背後には、遠くまで広がる夜の海。


 空には無数の星。


 そして。


 フォルトックの地下深くには。


 まだ誰も知らない巨大な迷宮が、三人を待っていた。


     ◇


 その夜。


 宿に戻ったあとも。


 モイラは眠れなかった。


 ベッドに横になりながら。


 自分の唇に指を当てる。


「……キス、しちゃった」


 思い出すだけで顔が熱くなる。


「私……本当にしたんだ」


 正春の頬。


 ほんの一瞬。


 触れただけ。


 それなのに。


 胸の鼓動が止まらない。


「……嬉しい」


 モイラは枕に顔を埋めた。


 そして。


 少しだけ笑った。


 だが。


「……明日から、レンカさんとどう接すればいいんだろう」


 その瞬間。


 隣の部屋から声が聞こえた。


「……正春」


 レンカの声だった。


「ん?」


「明日、ダンジョンに行く前に」


「何?」


「私にも時間をちょうだい」


「……分かった」


「絶対だからね」


「ああ」


 モイラはその会話を聞いて。


「……」


 少しだけ唇を尖らせた。


「負けませんから」


 小さく呟く。


 聖女としてではなく。


 一人の少女として。


 正春を想う気持ちを。


 もう隠さない。


 それが。


 モイラの新しい決意だった。


     ◇


 一方。


 レンカもまた眠れずにいた。


「……頬にキス、か」


 ベッドに座りながら呟く。


「私だって……」


 自分の頬を触る。


「……したことないのに」


 少しだけ悔しい。


 でも。


 モイラの言葉を思い出す。


 正春を失った記憶。


 もう二度と失いたくないという言葉。


「……」


 レンカは静かに窓の外を見る。


 夜空には星が輝いていた。


「私も……」


 小さく息を吐く。


「正春を失いたくない」


 それは。


 戦士としての言葉ではなかった。


 一人の女性として。


 正春のそばにいたい。


 そんな気持ちだった。


「……明日」


 レンカは拳を握る。


「少しくらい、私も素直になってみようかな」


     ◇


 そして翌朝。


「おはようございます、正春さん」


「おはよう」


「正春」


「おはよう、レンカ」


 三人が顔を合わせる。


 一瞬。


 誰も何も言わなかった。


 だが。


 モイラが正春の左側に立つ。


 レンカが右側に立つ。


 そして。


 二人が互いを見る。


「……」


「……」


「今日はダンジョンですよ」


「そうね」


「深層まで行くんですよね」


「そのつもりよ」


「なら、頑張りましょう」


「もちろん」


 二人とも笑顔。


 しかし。


 目だけは笑っていない。


「……」


 正春は嫌な予感がした。


「二人とも」


「何?」


「どうした?」


「……仲良くしてくれよ」


「もちろん」


「ええ」


 二人は同時に答えた。


 だが。


 次の瞬間。


 モイラが正春の左腕を取った。


「正春さんはこちらです」


「え?」


 レンカも負けじと右腕を掴む。


「正春はこっち」


「ちょっと」


「私の隣です」


「私の隣よ」


「……」


 正春は両腕を左右から引っ張られた。


「痛い痛い!」


「すみません!」


「あ、ごめん」


 二人が同時に手を離す。


 そして。


 顔を見合わせる。


「……」


「……」


 やがて。


 モイラが小さく笑った。


「レンカさん」


「何?」


「やっぱり、私たち……似ていますね」


「……そうかもね」


 レンカも苦笑する。


「正春のことになると、余裕がなくなるところとか」


「……」


 正春は二人を見て。


 苦笑した。


「仲良くなったのか?」


「どうでしょう」


「さあね」


 二人は同時に答えた。


 だが。


 昨日までとは少し違っていた。


 完全な敵ではない。


 互いに正春を大切に思うからこそ衝突する。


 そして。


 いつかは。


 その関係そのものが、三人の旅を大きく変えていくことになる。


 正春はまだ知らない。


 新たなミスリル装備。


 新たな仲間。


 そして。


 二人の女性から向けられる想い。


 そのすべてが。


 これから挑む迷宮の運命と、深く絡み合っていくことを。


 ――フォルトック地下迷宮。


 その入口で。


 三人は立ち止まった。


 巨大な石門。


 その奥から。


 冷たい風が吹き上がってくる。


「行くぞ」


 正春が言った。


「はい!」


「ええ!」


 二人が答える。


 そして。


 三人は迷宮の中へと足を踏み入れた。


 銀色のミスリルが、暗闇の中で淡く輝く。


 まるで。


 これから始まる新たな戦いを祝福するかのように。


 そして。


 そのさらに奥。


 誰にも知られていない深層で。


 何かが。


 ゆっくりと目を覚ましていた。


 ――次なる冒険が。


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