第7話:泣き虫聖女の帰還と、揺らぐ二人きりの時間
第7話:泣き虫聖女の帰還と、揺らぐ二人きりの時間
岩の砦の街、フォルトック。
朝日が街並みを照らし始めると同時に、巨大な岩山をくり抜いて造られた街は、いつものように活気を取り戻していった。
武器を担いだ冒険者。
荷馬車を引く商人。
朝一番の依頼を求めて冒険者ギルドへ向かう新人たち。
鍛冶場から聞こえてくる金属音。
屋台から漂う焼きたてのパンや肉の香り。
そして、街のあちこちから聞こえる笑い声。
ここフォルトックは、危険な迷宮や魔物の巣窟に囲まれているにもかかわらず、冒険者たちにとっては故郷のような街だった。
そんな賑やかなメインストリートを、二人の男女が並んで歩いている。
一人は、どこにでもいそうな青年――正春。
そしてもう一人は、赤いドレスを身に纏った美しい女戦士――レンカ。
普段の彼女を知る者なら、今日の姿を見ただけで二度見するだろう。
いつもの露出の多い軽装ではない。
無骨な鎧でもない。
赤を基調とした、上品で華やかなドレス。
腰のあたりから裾へ流れる布地には細かな刺繍が施され、歩くたびに赤い花びらのように揺れている。
普段は荒々しく見えるレンカの赤い髪も、今日は簡単に整えられていた。
それだけで、まるで別人のようだった。
だが――。
「なあ、正春……」
「ん?」
「やっぱり、この服……」
レンカは少し俯いた。
そして自分のドレスをつまむ。
「私には似合いすぎてる気がするんだが……」
「それ、自分で言う?」
「うっ……」
正春が笑う。
レンカの頬がほんのり赤くなった。
「だ、だって……こんなの着たことないんだぞ」
「でも似合ってるよ」
「……っ」
「本当に綺麗だと思う」
「…………」
レンカは固まった。
数秒間、何も言わない。
「レンカ?」
「……急にそういうこと言うな」
「え?」
「心の準備ができてないだろ……」
レンカは顔を逸らした。
耳まで真っ赤になっている。
しかし、その直後。
ぎゅっ。
彼女は正春の腕に自分の腕を絡ませた。
「……でも、もう一回言ってくれてもいいぞ」
「聞こえてるじゃん」
「聞こえてても言ってほしいんだ」
「わがままだなあ」
「女心だ」
レンカは堂々と言い切った。
正春は苦笑しながらも、そのまま歩き続ける。
そんな二人の姿を、道行く人々がちらちらと見ていた。
「あの二人、恋人かな?」
「女の人、すごく綺麗……」
「でも、あの赤い髪……もしかしてミスリル探索に行ってた女戦士じゃないか?」
「え? あの人が?」
「昨日、ミスリルを持ち帰ったって噂になってたぞ」
「じゃあ隣の男は……?」
そんな声が聞こえてくる。
レンカは、それを聞くたびに口元を緩めた。
そして、さらに正春へ身体を寄せる。
「なあ、正春」
「ん?」
「今日、どこへ行く?」
「特に決めてないけど」
「じゃあ、今日は一日中二人でいよう」
「二人で?」
「ああ」
レンカは満面の笑みを浮かべた。
「ミスリルの鎧が完成するまで、あと三日だろ?」
「そうだな」
「その間くらい、ゆっくりしてもいいじゃないか」
「まあ、確かに」
「だったら今日は買い物をして、昼は美味しいものを食べて、その後は――」
レンカは指を折りながら予定を並べ始める。
「市場を見て、武器屋を覗いて、酒場で夕食を食べて……」
「ずいぶん普通の休日だな」
「普通がいいんだよ」
レンカは少しだけ優しい顔になった。
「私たち、ずっと戦ってばかりだっただろ」
「……そうだな」
「だから、たまにはこういう時間があってもいい」
その言葉に、正春も笑った。
「そうだな」
「それに――」
レンカは正春の腕をさらに強く抱きしめる。
「今日は誰にも邪魔させない」
「……?」
「なんでもない」
レンカは意味深に笑った。
そのときだった。
正春の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「――正春……?」
雑踏の向こう。
街道を歩いてくる、一人の女性がいた。
金色の髪。
白を基調とした聖職者の衣装。
胸元には、かつてゲームの世界で何度も見た聖印。
そして――。
どこか儚げで、優しい雰囲気。
正春は足を止めた。
「……え?」
女性も立ち止まる。
大きな青い瞳が、正春を見つめていた。
その瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
「あ……」
女性の唇が震えた。
「まさ……はる……?」
正春の胸が大きく鳴った。
その名前を。
その声を。
正春は知っている。
「……モイラ?」
瞬間。
女性の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「正春なのねぇぇぇぇぇっ!」
次の瞬間。
モイラが走り出した。
「うわっ!?」
人混みをかき分けながら、ものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
正春が反応するより早く――。
「させないわよっ!」
レンカが動いた。
ドレスの裾を翻し、正春の前へ飛び出す。
そして。
どんっ!
「きゃっ!?」
突進してきたモイラを、両手で受け止めた。
「な、何するのよぉぉぉっ!」
「何するも何も、いきなり男に抱きつこうとするな!」
「正春よ!?」
「だから何よ!」
「昔からの仲間なの!」
「それがどうした!」
レンカとモイラ。
二人の視線が激しくぶつかる。
「ちょっと待ってくれ!」
正春が慌てて間に入った。
「二人とも、落ち着いて!」
「正春!」
「正春!」
二人の声が重なる。
「……」
「……」
正春は嫌な予感しかしなかった。
レンカがじろりとモイラを見る。
モイラも涙を拭いながらレンカを見る。
「……レンカ」
「……モイラ」
互いの名前を確認した瞬間。
空気が変わった。
「やっぱりレンカだったのね」
「あんたも本当にモイラなのね」
「そうよ」
「……」
「……」
「正春」
「なんだ?」
「この女、まだ正春のこと好きなの?」
「え?」
「レンカ!?」
モイラが真っ赤になる。
「そ、そんなこと――」
「あるんでしょ?」
「……」
沈黙。
レンカの眉がぴくりと動いた。
「……やっぱり」
「ち、違うの!」
「何が違うのよ」
「昔の仲間として大切なだけ!」
「ふーん」
レンカは腕を組んだ。
「じゃあ、なんで泣きながら突進してきたの?」
「だって……」
モイラの目に再び涙が溜まる。
「……ずっと、怖かったんだもの」
「……」
「目が覚めたら、知らない場所にいたの」
モイラは小さな声で話し始めた。
「街も違う。人も違う。魔法も違う。ゲームだったはずの世界が、本当に現実になっていた」
彼女は自分の胸元を握った。
「最初は夢だと思ったわ」
「……」
「でも、夢じゃなかった」
モイラの声が震える。
「私は……一人だった」
正春は黙って聞いていた。
「教会に保護されて、なんとか生活できるようにはなったけど……」
「……」
「それでも、毎晩怖かった」
モイラの目から涙がこぼれた。
「だって……いつ魔物に襲われるかわからないんだもの」
彼女は鼻をすすった。
「だから……ずっと探してたの」
「俺を?」
「うん」
「どうして?」
「決まってるじゃない」
モイラは泣きながら笑った。
「正春が、一番安心できる人だったから」
その言葉に、正春は何も返せなかった。
ゲーム時代。
モイラは仲間だった。
回復魔法を得意とする僧侶。
パーティの中では、いつも後衛にいた。
戦闘が終われば皆の傷を治し、誰かが落ち込めば優しく声をかける。
だが、そんな彼女にも弱い部分があった。
極端に怖がりで、寂しがり屋。
そして泣き虫。
それでも、仲間のためなら危険な場所にもついてきた。
正春にとっては、大切な仲間の一人だった。
「モイラ……」
「正春……」
モイラは涙で濡れた顔のまま、正春を見つめた。
「会えて……本当によかった……」
「俺もだよ」
正春が微笑む。
モイラの表情が明るくなる。
「じゃあ――」
モイラは両手を広げた。
「抱きしめ――」
「ダメ」
レンカが即答した。
「なんで!?」
「ダメなものはダメ」
「昔の仲間なのよ!?」
「知ってる」
「じゃあいいじゃない!」
「よくない」
「どうして!?」
「私が嫌だから」
「レンカぁぁぁ!」
「何よ」
「ケチ!」
「何とでも言いなさい」
二人の間に火花が散る。
正春は頭を抱えた。
「……俺はどうすればいいんだ?」
こうして。
正春の穏やかな一日は、開始からわずか数分で終わった。
人目の多いメインストリートでこれ以上騒ぐわけにもいかず、三人は近くの路地へ移動した。
だが、そこでもモイラは正春のすぐ隣に座ろうとする。
レンカが先に座る。
「ここは私」
「えぇ……」
モイラが反対側へ座る。
結果。
正春を挟んで左右に二人の女性が座ることになった。
「……」
「……」
「……」
妙な沈黙。
正春は思った。
どうしてこんなことになったんだろう。
するとモイラが小声で話しかけてくる。
「正春」
「ん?」
「……本当に生きてたのね」
「まあ、そうだな」
「よかった……」
モイラはまた涙ぐむ。
レンカがため息をついた。
「泣くな」
「だって……」
「すぐ泣くんだから」
「レンカだって昔は泣いてたじゃない!」
「私は今は泣かない」
「嘘!」
「本当よ」
「昔、ドラゴンに追いかけられたとき――」
「それ以上言ったら斬る」
「ひぃっ!」
モイラが正春の腕にしがみつく。
レンカの目が細くなる。
「……」
「……」
「モイラ」
「な、なに?」
「離れなさい」
「怖い!」
「誰が怖いって?」
「レンカ!」
「私じゃない!」
「絶対レンカ!」
「……」
正春はため息をついた。
「とりあえず、ちゃんと話せる場所へ行こう」
「賛成!」
「……仕方ないな」
三人はフォルトックでも一番大きな酒場へ向かうことにした。
酒場の扉を開けた瞬間。
香ばしい肉の匂いが鼻を刺激した。
「いらっしゃい!」
店員が元気よく声をかけてくる。
三人は奥の席へ向かった。
「好きなものを頼んでいいぞ」
正春が言う。
「本当!?」
モイラの目が輝いた。
「うん」
「じゃあ……」
彼女はメニューを開く。
そして。
「これと、これと、これと……」
「……」
「あとこれも」
「……」
「それから――」
「ちょっと待て」
正春が止めた。
「多すぎないか?」
「……」
モイラが黙る。
「お腹空いてたのか?」
「……うん」
「どのくらい?」
「……三日くらい、まともに食べてない」
「え?」
正春が目を見開いた。
「どうして?」
「お金が……」
「教会から支援は?」
「もらってたけど……」
モイラは恥ずかしそうに俯いた。
「怖くて外に出られない日があって……」
「……」
「食べる量も減らしてたの」
正春は何も言わず、店員に注文した。
「これ、全部お願いします」
「正春?」
「食べろ」
「でも……」
「遠慮するな」
「……うん!」
料理が次々と運ばれてくる。
焼いた肉。
野菜のスープ。
パン。
魚料理。
煮込み料理。
果物。
そして大量のデザート。
「いただきます!」
モイラは勢いよく食べ始めた。
「むぐ……もぐ……」
「……」
「もぐもぐ……」
「……」
「おいしい……!」
涙がこぼれる。
「おいしいよぉ……!」
泣きながら食べる。
正春は苦笑した。
「そんなに美味しいか?」
「うん……!」
モイラは頷く。
「一人で食べるご飯は、全然美味しくなかったから……」
その言葉に、正春の胸が少し痛んだ。
レンカも黙っていた。
「正春」
「ん?」
「……私も、もっと食べていい?」
「もちろん」
「じゃあ私も」
レンカも料理を頼んだ。
モイラは驚く。
「レンカも食べるの?」
「私だって腹は減るわよ」
「……」
「何よ」
「なんでもない」
モイラは再び食事に戻る。
しかし、数分後。
「……むぐ……」
「モイラ」
「なに?」
「口の周り、すごいことになってるぞ」
「え?」
モイラの顔には、ソースとパンくずが大量についていた。
正春が布を取り出して拭ってやる。
「ほら」
「……」
モイラが固まる。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
その光景を見ていたレンカの眉がぴくりと動いた。
「……正春」
「ん?」
「私の顔にも何かついてないか?」
「え?」
「ほら」
レンカはわざと顔を近づけた。
「……何もついてないけど」
「そうか」
レンカは満足そうに笑った。
「じゃあいい」
「……」
モイラが二人を見ている。
「……レンカ」
「何?」
「もしかして」
「何よ」
「正春のこと――」
「好きよ」
「即答!?」
酒場に響くほどの声だった。
「ちょっと!」
レンカは顔を真っ赤にする。
「今言う必要あった!?」
「だって聞かれたから」
「聞いてないわよ!」
「じゃあ、好きじゃないの?」
「……」
レンカは黙った。
そして。
「……好きだけど」
小さな声で答えた。
モイラは目を丸くした。
「そっか」
「何よ」
「なんだか安心した」
「……え?」
「正春、一人じゃなかったんだね」
モイラは優しく笑った。
「私、正春が一人でこの世界にいるんじゃないかって心配してたから」
「……モイラ」
「レンカがいるなら、大丈夫ね」
レンカは少しだけ驚いた顔をした。
「……あんた」
「うん?」
「意外といい奴ね」
「ひどい!」
モイラが頬を膨らませる。
「私は昔からいい人よ!」
「泣き虫だけどね」
「レンカ!」
「食いしん坊でもある」
「それは……」
モイラは目の前の料理を見る。
「……否定できない」
三人の間に、初めて小さな笑い声が生まれた。
◇
食事が終わった頃。
モイラはようやく落ち着いた。
正春は改めて彼女に尋ねる。
「モイラ。今までどこにいたんだ?」
「この街から少し離れた教会にいたの」
「教会?」
「うん」
モイラは頷いた。
「そこで神官さんたちに助けてもらったの」
「それなら、どうしてフォルトックへ?」
「正春を探してたから」
「……」
「いろんな冒険者に聞いたの」
モイラは少し照れたように笑う。
「異世界から来た人がいるって噂を聞いて」
「俺のことか?」
「そう」
「それで?」
「この街に来たら……正春がいた」
モイラの目から再び涙がこぼれた。
「奇跡だと思った」
「モイラ……」
「もう二度と会えないと思ってたから」
正春は静かに頷いた。
「俺も会えて嬉しいよ」
「……うん」
「それで、これからどうする?」
「え?」
「この世界で」
モイラはしばらく考えた。
そして。
「正春と一緒に行きたい」
はっきりと言った。
「私も仲間に入れて」
レンカの表情が固まる。
「……」
「レンカ?」
「……」
レンカはゆっくり顔を上げた。
「正春」
「うん」
「答えは?」
「もちろん」
「……」
「また一緒に旅をしよう、モイラ」
「……!」
モイラの顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」
「ああ」
「やったぁぁぁぁ!」
モイラが立ち上がる。
「正春、大好き!」
「おい、落ち着け!」
モイラが正春に飛びつこうとする。
しかし。
がしっ。
レンカが襟首を掴んだ。
「ダメ」
「なんでぇぇぇ!」
「抱きつくのは禁止」
「仲間なのに!?」
「仲間だからって何でも許されるわけじゃない」
「横暴!」
「うるさい」
「泣くよ!」
「勝手に泣きなさい」
「うわぁぁぁん!」
「本当に泣いた!」
酒場の客たちが振り返る。
正春は額を押さえた。
「……前途多難だな」
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
ゲームの時代。
何度も共に戦った仲間。
それが今、現実の世界で再び揃いつつある。
正春は少しだけ胸が熱くなった。
酒場を出ると、午後のフォルトックはさらに賑わっていた。
モイラは久しぶりに外の街を歩くことができたことが嬉しいらしく、きょろきょろと周囲を見回している。
「すごい……」
「何が?」
「こんなに人がいるんだ」
「教会にいたときは?」
「ほとんど出なかったから」
モイラは笑った。
「正春と歩くの、懐かしいな」
「そうだな」
その瞬間。
レンカが正春の腕を取った。
「……」
反対側からモイラが腕を取る。
「……」
正春の左右に二人の女性。
「……」
「……」
「……」
「なんでこうなるんだ?」
正春が呟いた。
レンカは平然としている。
「仲間なんだからいいでしょ」
「そうよ!」
モイラも頷く。
「昔も三人で歩いたことあったじゃない」
「ゲームの中ではな」
「今も同じよ」
モイラが笑う。
「仲間なんだから」
その笑顔を見て、正春は苦笑した。
だが、レンカは違った。
彼女はモイラの手を見ながら、小さく呟く。
「……仲間、か」
「レンカ?」
「なんでもない」
その声は、どこか寂しそうだった。
夕方。
三人は市場へ向かった。
モイラの装備を整えるためだ。
モイラは僧侶らしく白い法衣を着ていたが、こちらの世界で使うには少し心許ない。
「防具を買おう」
正春が言う。
「でも、お金が……」
「大丈夫」
正春は財布を取り出した。
ミスリル素材を売ったことで得た金。
その額――三千エント。
「これを使えばいい」
「え?」
「仲間のためだから」
モイラは驚いた。
「そんな……悪いよ」
「気にするな」
「でも……」
モイラは正春を見つめる。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
その横で、レンカが少し不満そうな顔をしていた。
「正春」
「ん?」
「私の装備のときより優しくない?」
「そうか?」
「そうよ」
「気のせいだろ」
「絶対違う」
レンカは頬を膨らませた。
モイラがくすくす笑う。
「レンカ、嫉妬してる?」
「してない!」
「してる顔だよ」
「してない!」
「顔、真っ赤」
「うるさい!」
モイラは楽しそうに笑った。
正春はその二人を見て思った。
……本当に昔と変わらない。
ただ一つ違うのは。
ここがゲームではないということ。
この世界では、一度死ねば終わりだ。
怪我をすれば痛みがある。
仲間を失えば、本当に二度と会えない。
だからこそ。
仲間が生きている。
それだけで、正春には十分嬉しかった。
その夜。
三人は宿へ戻った。
レンカとモイラは同じ部屋。
正春は別の部屋。
……のはずだった。
「なんで私の部屋にいるんだ?」
正春が部屋の扉を開ける。
そこにはレンカがいた。
「待ってた」
「何してるんだ?」
「話がある」
「話?」
レンカはベッドに腰掛けていた。
昼間の明るさとは違う。
少しだけ真剣な表情。
「……モイラのこと」
「うん」
「正春は、あの子をどう思ってる?」
「大切な仲間だよ」
「それだけ?」
「それ以上でも、それ以下でもない」
「……そう」
レンカは小さく頷いた。
「じゃあ、いい」
「何が?」
「何でもない」
しばらく沈黙が続いた。
「レンカ」
「ん?」
「もしかして不安なのか?」
「……」
レンカは答えない。
そして。
「少しだけ」
小さな声で言った。
「私、正春と二人で旅するのが楽しみだった」
「……」
「ミスリルの鎧が完成して、もっと強くなって……」
レンカは自分の手を見つめる。
「その先も、ずっと一緒にいられると思ってた」
「レンカ」
「でも……」
彼女は苦笑した。
「仲間が戻ってきたら、そうもいかないよな」
正春は何も言わず、レンカの隣に座った。
「俺は変わらないよ」
「……本当?」
「ああ」
「モイラがいても?」
「もちろん」
「……」
「俺はレンカを大切に思ってる」
レンカは目を見開いた。
「……それ、ずるい」
「何が?」
「そんなこと言われたら、何も言えなくなるだろ」
レンカは俯いた。
そして、正春の肩に頭を預ける。
「……少しだけ、このままでいていい?」
「ああ」
静かな時間が流れた。
そのときだった。
コンコン。
扉が叩かれた。
「正春ー?」
モイラの声。
レンカの身体が跳ねた。
「……」
「正春ー、起きてる?」
レンカは無言で立ち上がる。
「レンカ?」
「……ちょっと行ってくる」
「何を?」
「追い返す」
「おい」
レンカが扉へ向かう。
しかし。
「レンカ!」
「何よ」
「仲間なんだから仲良くしよう」
「……」
レンカはしばらく黙っていた。
そして、小さく笑う。
「……努力する」
扉を開ける。
「どうしたの?」
そこには、枕を抱えたモイラが立っていた。
「怖くて眠れない……」
「……」
「一人で寝るの怖い……」
「……」
「レンカ、一緒に寝てもいい?」
「……」
レンカの額に青筋が浮かぶ。
「……私と?」
「うん」
「正春じゃなくて?」
「正春は男だからダメでしょ」
「……」
レンカは少しだけ考え。
「……まあ、いいわ」
「本当!?」
「ただし、正春の部屋には来ないこと」
「わかった!」
モイラは笑った。
こうして。
レンカとモイラは同じ部屋へ戻っていった。
正春は一人になった部屋で、窓の外を見る。
フォルトックの街には、無数の明かりが灯っていた。
「……仲間、か」
正春は呟いた。
かつてゲームの中で築いた仲間たち。
それが一人、また一人と、この世界に現れている。
嬉しい。
当然だ。
けれど。
正春の胸の奥には、説明できない不安もあった。
もし、全員がこの世界に集まったら。
もし、この世界がゲームの物語通りに進んでいるのだとしたら。
その先には――。
ゲームのエンディングで待っていた、あの結末も存在するのではないか。
正春は窓の外を見つめた。
夜空には、巨大な月が浮かんでいる。
「……まだ、何もわからない」
だからこそ。
今は進むしかない。
翌朝。
「正春ー!」
扉が勢いよく開いた。
「起きてー!」
「……モイラ?」
「朝だよ!」
「まだ早いだろ……」
「朝ご飯!」
「……」
正春は目を覚ました。
「お前、本当に食べること好きだな」
「だって昨日、美味しかったんだもの!」
そこへレンカも現れる。
「朝から騒ぐな」
「レンカ、おはよう!」
「おはよう」
「今日はどこへ行くの?」
「……」
レンカが正春を見る。
正春もレンカを見る。
モイラは二人を見る。
「どうしたの?」
「いや」
正春は笑った。
「今日は三人で、街を見て回ろう」
「賛成!」
「……仕方ないな」
三人は宿を出た。
フォルトックの街は、昨日と同じように賑わっていた。
しかし。
正春たちはまだ知らない。
彼らの旅に、さらなる仲間が近づいていることを。
フォルトックの街へ向かう街道。
遠くから、一台の馬車が走ってくる。
馬車の中には、一人の少女がいた。
「……フォルトック」
少女は窓から街を見つめる。
その手には、古びた地図。
そして、そこには一つの名前が記されていた。
――正春。
「やっと……見つけた」
少女は小さく笑った。
その瞳には、懐かしさと決意が宿っている。
さらに別の場所。
フォルトック近郊の山道。
一人の男が巨大な剣を背負って歩いていた。
「この世界に来てから、ずいぶん探したぜ」
男は笑う。
「まさか、あいつがこの街にいるとはな」
そして――。
さらに遠く。
教会の鐘が鳴り響く。
その音を聞いた正春が、ふと足を止めた。
「……今、何か感じなかったか?」
「え?」
モイラが首を傾げる。
レンカも周囲を見る。
「何も感じないけど」
「そうか……」
正春は空を見上げた。
胸の奥に、妙な予感があった。
懐かしい。
けれど、どこか恐ろしい。
まるで。
遠く離れた場所から、誰かがこちらへ向かっているような。
そんな感覚。
「正春?」
「いや、何でもない」
正春は歩き出した。
その左右にはレンカとモイラ。
昨日まで二人だった旅は、今日から三人になった。
だが――。
それは始まりに過ぎなかった。
かつてゲームの世界で共に戦った仲間たち。
彼らが一人、また一人と、この現実世界へ集まり始めている。
そして。
仲間が増えるほど、正春たちを待つ運命もまた、大きく姿を変えていく。
レンカは正春の腕を抱きしめながら、ちらりとモイラを見る。
モイラは正春の反対側を歩きながら、楽しそうに笑っている。
「……」
レンカは小さく息を吐いた。
「まあ……」
そして、誰にも聞こえない声で呟く。
「三人くらいなら、まだ許してやる」
「何か言った?」
正春が振り返る。
「何でもない」
レンカは笑った。
その隣で、モイラも笑う。
そして三人は歩いていく。
岩の砦フォルトックの街を。
新しい仲間たちとの再会へ向かって。
まだ見ぬ運命へ向かって。
――物語は、少しずつ加速していった。




