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記憶を取り戻して転生したら、そこはかつてプレイしたゲームの世界でした〜5人パーティを組みたい俺と、二人きりがいい女戦士  作者: 夢芝居


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第5話 灼熱のミスリルと、戦士の報酬

第5話 灼熱のミスリルと、戦士の報酬


 朝日が昇る。


 フォルトックの街を囲む巨大な石壁が、黄金色の光を受けて輝いていた。


 岩の砦。


 それが、この街の名前の由来だった。


 街そのものが巨大な要塞のように造られており、外敵から人々を守るための高い城壁と分厚い門、そして至るところに設けられた監視塔が特徴だった。


 けれど、朝のフォルトックには戦場のような緊張感はない。


 むしろ――活気に満ちていた。


「焼きたてのパンだよ!」


「新鮮な野菜だ! 今日は安いぞ!」


「ポーションならうちで買っていけ!」


「昨日、東の草原でゴブリンジェネラルが出たらしいぞ!」


「本当かよ!?」


 市場の通りを、商人や冒険者たちが行き交っている。


 荷車を引く馬の蹄の音。


 露店から聞こえる呼び込みの声。


 鉄を打つ鍛冶屋の音。


 朝食を作る店から漂ってくる香ばしい匂い。


 すべてが混ざり合い、フォルトックという街そのものが生き物のように動いていた。


「……賑やかだな」


 僕は歩きながら呟いた。


「朝は特にだな」


 隣を歩くレンカが答える。


 彼女は昨日と同じように、鉄の胸当てを身につけ、腰には愛用の鉄の剣を差していた。


 赤みを帯びた髪が朝日に照らされている。


 その横顔は、ゲームの中で見ていたレンカよりもずっと鮮やかだった。


 ゲーム画面の中では、彼女は一枚の立ち絵と数種類の表情しか持っていなかった。


 今は違う。


 風が吹けば髪が揺れる。


 嬉しければ笑う。


 不満なら頬を膨らませる。


 僕を見れば、時々恥ずかしそうに目を逸らす。


 そして何より――


 僕の隣を歩くことを、心から楽しんでいる。


「どうした?」


 レンカが僕を見る。


「さっきから私の顔を見ているが」


「いや」


 僕は慌てて前を向いた。


「なんでもない」


「ふふっ」


「何?」


「別に」


 レンカが楽しそうに笑う。


 昨日の戦い以来、彼女はどこか機嫌がいい。


 いや。


 昨日以前からそうだった気もする。


 ただ、昨日の一件を境に、その距離感がさらに近くなった。


 歩いているだけなのに、肩が触れる。


 人混みを通れば、自然と僕の腕を掴む。


 少しでも離れれば、すぐに隣へ戻ってくる。


「正春」


「ん?」


「今日は何をする?」


「まずは装備を見たい」


「装備?」


「ああ」


 僕は自分の服を見る。


 転生してから、まともな防具を一つも持っていない。


 昨日までは木の剣。


 その後、青銅の剣を手に入れた。


 武器は何とかなった。


 しかし、防具は――


「僕、鎧を持ってないんだよな」


「……そうだな」


 レンカの視線が僕の身体を上から下まで移動する。


「改めて見ると、本当に何も着ていないな」


「何もって言い方はひどくない?」


「防具の話だ」


「分かってるよ」


 僕は苦笑した。


「でも昨日みたいな相手と戦うなら、そろそろ防具が必要だと思う」


「私もそう思う」


 レンカは頷いた。


「武器より先に防具を揃えるべきだ」


「やっぱり?」


「ああ」


 彼女は真剣な顔をする。


「昨日、お前が攻撃を受けていたらと思うと……」


「大丈夫だったよ」


「結果的にはな」


 レンカが僕の袖を掴む。


「でも、私は嫌だ」


「……レンカ?」


「お前が傷つくのは嫌だ」


 その声は小さかった。


 僕は一瞬、返事ができなかった。


「だから今日は、防具を探す」


「分かった」


 そう答えた。


 その時だった。


 人混みの向こうに、一人の女性が見えた。


 金色の髪。


 白い法衣。


 清らかな雰囲気。


 胸元には聖印。


 そして、杖を手にしている。


「……」


 レンカの足が止まった。


 その女性がこちらへ背を向けたまま歩いている。


 後ろ姿だけでも分かった。


 いや。


 分かってしまった。


(……間違いない)


 レンカの胸が大きく跳ねる。


(あの髪……あの歩き方……)


 かつてのゲーム時代。


 五人パーティの一人だった女僧侶。


 回復魔法と支援魔法の使い手。


 慈悲深く、誰よりも仲間を気遣っていた少女。


 ――モイラ。


(……モイラだわ)


 レンカは息を呑んだ。


 よりにもよって。


 よりにもよって、こんなところで。


「正春」


「ん?」


「……」


 正春がモイラの方向へ視線を向けようとする。


「おや、あそこにいるのは……」


「なんでもないぞ、正春!」


「え?」


 レンカが突然、正春の腕を抱き込んだ。


「ちょ、レンカ?」


「それより!」


 レンカは正春を自分のほうへ引き寄せる。


「装備の話だ!」


「装備?」


「そうだ!」


「急だな……」


「今のあんたは鎧も着ていないじゃないか!」


「確かにそうだけど」


「だから、今日は防具を探す!」


 レンカは必死だった。


 正春の視界を自分の身体で遮るようにしながら、彼を市場の反対方向へ誘導していく。


「でも、さっき何か――」


「気のせいだ!」


「そう?」


「そうだ!」


「……分かった」


 正春が素直に頷く。


 レンカはほっとした。


 しかし。


 彼女の心臓は、まだ激しく鳴っていた。


(危なかった……)


 もし正春がモイラを見ていたら。


 もし声を掛けていたら。


 もし――


 レンカはぎゅっと正春の腕を抱きしめる。


(……まだ駄目)


 自分でも分かっている。


 いつかは会う。


 四人で再び集まる日が来る。


 それが、本来のパーティだ。


 でも。


 今だけは。


 もう少しだけ。


 正春の隣を独り占めしたい。


(だって……)


 レンカは正春の横顔を見る。


(私が最初に見つけたんだから)



 市場の一角にある防具店。


 店内には、様々な種類の鎧が並んでいた。


 革鎧。


 鉄鎧。


 チェインメイル。


 魔法防御を付与されたローブ。


 冒険者向けの軽装。


 重戦士向けの重装備。


「いらっしゃい」


 店主らしき男性が声を掛けてくる。


「防具を探しているのか?」


「はい」


 僕は店内を見回した。


「初心者向けのものを」


「なら、この辺だな」


 店主が指差す。


 革鎧。


 値札を見る。


「八百エント……」


 次。


 鉄製の胸当て。


「千二百……」


 さらに全身鎧。


「三千……」


「……」


 僕は黙った。


 レンカも黙った。


「どうした?」


 店主が不思議そうにする。


「いや……」


 僕は財布を確認する。


 昨日の報酬を合わせても、手持ちは大した額ではない。


 昨日までの生活費もある。


 宿代も必要だ。


 食費も必要。


 武器の修理費も考えなければならない。


 そんな状況で、防具に数千エントは出せない。


「……無理だな」


 僕は小さく呟いた。


「そうだな」


 レンカも肩を落とす。


 彼女自身の装備も決して上等ではない。


 鉄の胸当てと鉄の剣。


 ゲーム時代なら序盤装備として普通だった。


 でも、この世界では傷んだ装備を使い続ければ、命に関わる。


「もっと安いものは?」


 レンカが尋ねる。


「中古ならある」


 店主が奥から革鎧を持ってきた。


「三百五十エント」


「……」


「安いだろ?」


 僕は革鎧を手に取った。


 軽い。


 悪くない。


 しかし。


「これ、かなり傷んでません?」


「まあ中古だからな」


「……」


 僕はレンカを見る。


 レンカも僕を見る。


 そして。


 二人同時に首を横に振った。


「やめよう」


「やめよう」


 店主が苦笑する。


「金がないなら仕方ないだろ」


「……そうなんですけど」


 僕は肩を落とした。


 その時。


「だったら、素材を持ってくればいい」


 別の声がした。


 店の奥。


 鉄を叩く音が止まった。


 そこに立っていたのは、腕の太い老人だった。


 白い髭。


 煤で汚れた顔。


 分厚い革の手袋。


 そして肩には鍛冶用のハンマー。


「鍛冶屋のガルドだ」


 老人が名乗る。


「俺は金より素材を見る」


「素材?」


「そうだ」


 ガルドは僕を見る。


「お前、昨日ゴブリンジェネラルを倒したって奴か?」


「……知ってるんですか?」


「街じゃ有名になってる」


 ガルドが笑う。


「新米二人がゴブリンジェネラルを倒したってな」


「それは……」


 僕は頭を掻いた。


「運が良かっただけです」


「謙遜するな」


 ガルドが鼻で笑う。


「だが、運だけでジェネラルは倒せん」


 その目が鋭くなる。


「お前、剣を使うんだな?」


「はい」


「なら、いいものを作ってやる」


「本当ですか?」


「ただし金がないなら条件がある」


 ガルドは腕を組んだ。


「ミスリルを持ってこい」


「ミスリル……」


 僕の頭の中に、その名前が浮かぶ。


 ゲームでも非常に重要な素材だった。


 軽い。


 硬い。


 魔力との相性が良い。


 武器にも防具にも使える。


 上級装備の素材として有名だ。


「どこで取れるんですか?」


「ヴォルカノ火山」


 ガルドが答える。


「街から南へ進んだ先にある」


「火山……」


「そうだ」


 老人の表情が険しくなる。


「普通の冒険者なら、簡単には行かんほうがいい」


「そんなに危険なんですか?」


「火の鳥、火蜥蜴、ゴブリンライダー。奥へ行けばオークの群れもいる」


「……」


「それでも行くなら、ミスリルを持ってこい」


 ガルドは不敵に笑った。


「そうすりゃ、お前の防具を格安で打ってやる」


 レンカが僕を見る。


「どうする?」


「……行こう」


 僕は答えた。


「必要だから」


「そうだな」


 レンカが笑う。


「なら、行こう」



 フォルトック南門。


 門を抜けた瞬間。


 空気が変わった。


 東の草原とは違う。


 乾いた熱気が、遠くから押し寄せてくる。


「暑いな……」


「ヴォルカノ火山が近いからな」


 レンカが額の汗を拭う。


 遠くには巨大な山。


 山頂から黒い煙が立ち上っている。


 時折。


 ゴゴゴゴ……。


 地鳴りのような音が響く。


「……本当に火山なんだな」


「ゲームでは背景だったけどな」


「そうだな」


 レンカが少しだけ意味深に笑った。


「今は違う」


「……うん」


 二人は歩き続けた。


 草原を抜ける。


 徐々に木々が減っていく。


 地面が黒くなる。


 岩が増える。


 そして――


 空から影が落ちた。


「正春!」


 レンカが叫ぶ。


 僕が顔を上げる。


「火の鳥!」


 赤い羽根。


 炎を纏った翼。


 巨大な爪。


 火の鳥が急降下してくる。


「避けて!」


 僕たちは左右へ飛んだ。


 炎が地面を焼く。


「熱っ!」


 僕は青銅の剣を構えた。


 火の鳥が再び旋回する。


「飛んでいる相手は苦手だな……」


「なら、落とせ!」


「了解!」


 僕は手を掲げる。


「ウィンド!」


 風の刃が飛ぶ。


 火の鳥が翼を切られ、バランスを崩した。


「今だ!」


 レンカが跳ぶ。


 鉄の剣が閃く。


「はあああっ!」


 火の鳥の翼を斬り裂く。


 地面へ落下。


 僕が走る。


「ファイア!」


 炎の魔法を叩き込む。


 火の鳥の身体が炎に包まれた。


 しかし。


 同じ炎属性なのか、完全には効いていない。


「効きが悪い!」


「なら、物理だ!」


 レンカが斬り込む。


 何度も剣を振る。


 最後の一撃が火の鳥の胸を貫いた。


 魔物が消滅する。


「……倒した」


「やったな」


 レンカが息を吐く。


「でも、魔法だけじゃ駄目か」


「敵によって使い分ければいい」


「そうだな」


 僕は青銅の剣を見る。


 昨日の煉獄斬り。


 まだ、完全には理解できていない。


 あれは偶然だったのか。


 それとも――


「正春?」


「……何でもない」


 僕は頭を振った。


「先へ行こう」



 火山へ向かう途中。


 今度は地面から叫び声が聞こえた。


「ギャギャッ!」


「……何だ?」


 岩陰から、小型の魔物たちが飛び出してくる。


 ゴブリン。


 ただし、普通のゴブリンではない。


「ゴブリンライダー!」


 小さな狼のような魔物に跨っている。


「速い!」


 四匹が一斉に突っ込んでくる。


 レンカが剣を構えた。


「正春、右!」


「分かった!」


 僕は右へ回る。


 ライダーが迫る。


 青銅の剣を横薙ぎ。


 狼の脚を斬る。


 バランスを崩したゴブリンが落下。


 そこへレンカが踏み込む。


「せいっ!」


 一閃。


 討伐。


「一匹!」


「二匹!」


 僕たちは次々に敵を倒していく。


 けれど。


 その直後。


「まだいる!」


 レンカが叫んだ。


 岩陰からさらに十数体のゴブリンが現れた。


「多いな!」


「囲まれるぞ!」


 僕は周囲を見る。


 逃げ道がない。


 なら――


「レンカ、僕が魔法で道を作る!」


「分かった!」


 僕は両手を広げる。


「ファイア・ウォール!」


 炎の壁が地面から立ち上がる。


 ゴブリンたちが怯む。


「今!」


 レンカが突っ込んだ。


 炎の隙間から敵陣へ飛び込む。


 剣が閃く。


 僕も続く。


 青銅の剣で一体。


 蹴りで一体。


 風魔法で一体。


 炎で一体。


 そしてレンカが最後の一体を斬り伏せる。


「……終わった」


「やったな」


 僕は息を吐いた。


「やっぱり、剣と魔法を組み合わせると戦いやすい」


「それがお前の強みだ」


 レンカが笑う。


「万能型ってのも、悪くないな」


「僕もそう思えてきた」




 さらに進む。


 すると今度は。


「ブヒィィィ!」


 大地を揺らすような声。


「……オーク?」


 岩陰から小さなオークたちが現れた。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 五匹。


「多いな……」


「しかも、こっちを囲んでる」


 レンカが剣を握る。


「どうする?」


「正面突破」


「分かった!」


 オークたちが突進する。


「グオオオ!」


 棍棒が振り下ろされる。


 僕は横へ避ける。


 地面が砕ける。


「重い!」


 僕は魔法を撃つ。


「サンダー!」


 雷が落ちる。


 一体が倒れる。


 レンカが残りを引き受ける。


「はあああっ!」


 剣がオークの腕を切り裂く。


「正春!」


「任せて!」


 僕は青銅の剣を構える。


 オークの懐へ入り込む。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 最後に炎を纏わせる。


「フレイムエッジ!」


 炎の刃がオークを斬り裂いた。


 消滅。


「……かなり戦えるようになってきたな」


 レンカが笑う。


「昨日とは全然違う」


「昨日の戦いで少し思い出したから」


「何を?」


「……昔の感覚」


 僕はそう答えた。


 レンカは何も言わなかった。


 ただ。


 優しく笑った。



 昼を過ぎた頃。


 僕たちはついにヴォルカノ火山の麓へ到着した。


 熱い。


 とにかく熱い。


 岩肌から熱気が吹き出している。


 遠くでは溶岩が赤く光っている。


「これ、普通に危険な場所だよな」


「そうだな」


「本当にミスリルがあるのかな」


「ある」


 レンカが答える。


「ゲームでは確か、この火山の鉱脈にあった」


「ゲームではな」


「……」


 二人の間に少しだけ沈黙が流れる。


 僕たちは同じことを知っている。


 この世界はゲームと似ている。


 でも。


 ゲームそのものではない。


「行こう」


 僕が言う。


「うん」


 洞窟へ入る。


 内部はさらに暑かった。


 壁面には赤い鉱石。


 地面には黒い岩。


 ところどころに白銀色の鉱石が混じっている。


「……あれか?」


 僕が指差す。


 銀色に輝く鉱脈。


「ミスリルだ」


 レンカが目を輝かせる。


「やったな!」


「うん!」


 僕たちは鉱石を掘り始めた。


 ガルドに渡すには十分な量。


 そう思った時。


 ――地面が揺れた。


「……?」


 ゴゴゴゴゴゴ……。


「正春」


「分かってる」


 二人で振り返る。


 洞窟の奥。


 巨大な影が動いた。


「グオオオオオオ!」


 現れたのは。


 通常のオークより遥かに大きな個体だった。


 巨大な棍棒。


 分厚い筋肉。


 身体には赤黒い傷跡。


「オーク……キング?」


「いや」


 レンカが剣を構える。


「もっと大きい」


 巨大オークが棍棒を振り上げる。


「逃げろ!」


 振り下ろされた。


 ――ドゴォォォン!


 衝撃波が洞窟内を駆け抜ける。


「ぐっ!」


 僕の身体が吹き飛ぶ。


「正春!」


 背中を岩壁へ叩きつけられる。


「がはっ!」


 息ができない。


 視界が揺れる。


 巨大オークが僕へ向かってくる。


「……くそ」


 青銅の剣を握る。


 立ち上がれない。


 身体が動かない。


 その瞬間。


「正春に――」


 レンカの声が響いた。


「触れるなああああああっ!」


 レンカが走る。


 彼女の目が赤く燃えている。


「レンカ!」


 鉄の剣を両手で握る。


 その瞬間。


 剣が光った。


「……え?」


 白い光。


 ゲーム時代に何度も見た。


 クリティカル発生時のエフェクト。


 しかし。


 現実では、そんな光は存在しないはずだった。


「……会心の一撃」


 レンカが呟く。


 次の瞬間。


 身体が一気に加速した。


「はああああああっ!」


 巨大オークが棍棒を振り下ろす。


 レンカは紙一重で避けた。


 地面へ着地。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 そして。


 巨大オークの懐へ潜り込む。


「そこだあああっ!」


 剣が閃いた。


 ――ズドンッ!


 鉄の剣が、巨大オークの急所を正確に貫く。


「グ……オ……」


 巨大な身体が止まった。


 そして。


 ゆっくりと倒れる。


 ――ドォォン。


 洞窟全体が震えた。


「……」


 レンカは剣を握ったまま立っていた。


 肩で息をしている。


 僕は壁に手をつきながら立ち上がった。


「レンカ……」


「正春!」


 彼女が駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」


「ああ」


「本当に?」


「うん」


 レンカが僕の身体を確認する。


「血は?」


「出てない」


「痛いところは?」


「背中が少し」


「……」


 レンカが僕を抱きしめた。


「よかった……」


「レンカ?」


「本当に……よかった……」


 声が震えている。


 僕は彼女の背中へ手を回した。


「ありがとう」


「……」


「助けてくれて」


「当然だ」


 レンカは顔を上げた。


「私は……お前の仲間だからな」


「うん」


「だから、絶対に守る」


 その言葉は。


 まるで誓いのようだった。



 僕たちは洞窟内のミスリルを採取した。


 予定以上の量が取れた。


 これならガルドも喜ぶだろう。


「これで防具が作れるな」


「正春の防具だ」


「レンカの分も作ってもらおう」


「え?」


「レンカだって装備を新しくした方がいい」


「私はいい」


「なんで?」


「お前のほうが大事だから」


「でも――」


「いいんだ」


 レンカは笑った。


「私は今の装備で戦える」


「……分かった」


 僕は頷いた。


 けれど。


 いつかレンカにも新しい装備を贈りたい。


 そう思った。


◆


 フォルトックへ戻った頃には、空が夕焼けに染まっていた。


 市場も朝とは違う顔を見せている。


 昼の喧騒が少し落ち着き、酒場には仕事を終えた冒険者たちが集まり始めている。


「ガルドさんのところへ行こう」


「うん」


 鍛冶屋へ向かう。


 扉を開ける。


「おう!」


 ガルドが顔を上げた。


「帰ってきたか!」


「はい」


 僕は袋を差し出した。


「ミスリルです」


「……!」


 ガルドの目が輝く。


「こりゃ上質だな!」


「防具、作れますか?」


「もちろんだ!」


 ガルドはミスリルを手に取り、光へかざした。


「約束通り、格安で作ってやる」


「ありがとうございます」


「それにしても……」


 ガルドがレンカを見る。


「こっちの嬢ちゃんも随分と頑張ったらしいな」


「まあな」


 レンカが胸を張る。


「オークの強敵も倒した」


「そうか」


 ガルドは笑う。


「なら、二人分作ってやる」


「え?」


 僕とレンカが同時に声を上げる。


「ミスリルは十分ある。余った分で嬢ちゃんの剣も強化してやる」


「……!」


 レンカの目が輝いた。


「本当か?」


「ああ」


「ありがとう!」


 レンカが嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見て。


 僕も自然と笑った。



 鍛冶屋を出る。


 空はすっかり夕暮れだった。


 街灯に火が灯り始めている。


 僕たちは並んで歩く。


「……今日は疲れたな」


「そうだな」


「でも、楽しかった」


「私もだ」


 レンカが少し黙る。


「なあ、正春」


「ん?」


「今日の働きに免じて」


「?」


「私に……ご褒美をくれ」


 レンカの頬が赤くなる。


「ご褒美?」


「ああ」


「何がいい?」


 僕は何気なく尋ねた。


 その瞬間。


 レンカの顔がさらに赤くなった。


(……どうしよう)


 レンカの心臓が跳ねる。


(ほっぺに……)


 今日の戦い。


 正春を守った。


 そして。


 正春も自分を信じてくれた。


 なら。


 少しくらい。


(ほっぺにキスとか……)


 そこまで考えたところで。


「……」


 恥ずかしくなった。


 無理だ。


 そんなこと言えるわけがない。


「レンカ?」


「……」


「どうした?」


「なんでもない」


 レンカは視線を逸らす。


「別のご褒美にする」


「別の?」


「ああ」


 レンカは拳を握る。


 そして。


 意を決した。


「今夜は――」


 僕を見る。


「酒場で朝まで私に付き合ってくれ!」


「朝まで?」


「そうだ!」


「二人で?」


「二人で!」


 レンカは勢いよく答えた。


「祝杯を挙げるんだ!」


 僕は笑った。


「なんだ、そんなことか」


「そんなことって何だ!」


「ごめんごめん」


 僕は頷いた。


「喜んで」


「……!」


 レンカの顔がぱっと明るくなる。


「本当か?」


「うん」


「絶対だぞ?」


「絶対」


「途中で寝るなよ?」


「努力する」


「努力じゃ駄目だ!」


「じゃあ、頑張る」


「それならよし!」


 レンカが僕の腕へ抱きつく。


 ぎゅっと。


 強く。


「今日は朝まで付き合ってもらうからな」


「分かった」


「逃げるなよ?」


「逃げないって」


「……約束だぞ」


「約束」


 レンカは満足そうに笑った。


 けれど。


 その心の奥には、別の願いがあった。


(……本当は)


 レンカは正春を見る。


(もっと近くにいたい)


 でも。


 今はこれでいい。


 腕を組んで歩く。


 一緒に酒を飲む。


 一緒に笑う。


 そんな時間を積み重ねていけば。


 いつか。


 正春が自分だけを見るようになる。


 そう信じていた。



 その頃。


 冒険者ギルド。


 昼間の市場で正春とすれ違った金髪の女性――モイラは、ギルドの隅にある小さな机に座っていた。


 目の前には一枚の紙。


 そこに描かれているのは――


 一人の青年。


「……」


 モイラはその似顔絵を見つめていた。


「違う……」


 何枚目か分からない。


 街へ来てから何人もの冒険者を見た。


 けれど。


 誰も違った。


 探しているのは。


 一人だけ。


「正春様……」


 モイラは小さく呟く。


 かつて。


 五人で冒険した。


 笑った。


 戦った。


 何度も危険な場所へ挑んだ。


 そして。


 いつも中心にいたのは彼だった。


 プレイヤー。


 自分たちを導いてくれた存在。


 彼がログインすると。


 世界が動き出した。


 彼がログアウトすると。


 世界から彼の気配が消えた。


 けれど。


 ある日。


 突然。


 彼は消えた。


 二度と戻ってこなかった。


 それから。


 世界は変わった。


 ゲームだった世界が。


 現実になった。


 NPCだった自分たちにも。


 感情が生まれた。


 時間が流れた。


 そして。


 ただ一つ残った記憶。


 ――正春という名前。


「必ず……」


 モイラは似顔絵を胸元へ抱いた。


「必ず、見つけます」


 その目には。


 強い決意が宿っていた。


「今度こそ……私が、正春様を守ります」


 一方。


 酒場では。


「乾杯!」


「乾杯!」


 グラスがぶつかる。


 カンッ、と軽快な音が響いた。


「今日は最高だな!」


 レンカが笑う。


「ミスリルも手に入ったし」


「防具も作ってもらえる」


「それに……」


 レンカが僕を見る。


「今日も二人でいられる」


「そうだな」


 僕は笑った。


 その答えだけで。


 レンカは満足そうに目を細めた。


「なあ、正春」


「ん?」


「これからも……」


 レンカは少しだけ迷う。


「ずっと、一緒に冒険しような」


「もちろん」


「絶対だぞ?」


「約束する」


「……うん」


 レンカは嬉しそうに笑った。


 けれど。


 その時。


 ギルドの片隅で。


 一枚の似顔絵が。


 風に揺れた。


 そこには。


 正春によく似た青年の姿。


 そして。


 その下には。


 一つの名前。


 ――正春。


 運命は。


 少しずつ動き始めていた。


 五人の仲間。


 かつてゲームの中で結ばれていた絆。


 それが今。


 現実の世界で再び結ばれようとしている。


 ただし。


 ゲームとは違う。


 そこには。


 NPCとしてではなく。


 一人の人間として生きる彼女たちの感情がある。


 友情。


 信頼。


 そして――


 恋心。


 誰よりも早く正春と再会したレンカは。


 すでに、その感情を隠しきれなくなり始めていた。


「正春」


「ん?」


「明日も一緒に行こうな」


「もちろん」


「……ふふ」


 レンカは嬉しそうに笑った。


 そして。


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「……私が、ずっと隣にいるから」


 その瞳には。


 夕焼けよりも熱い光が宿っていた。


 灼熱のミスリル。


 炎に包まれた火山。


 死闘の中で目覚めた戦士の力。


 そして。


 少女の胸に芽生えた、強い想い。


 この日。


 正春は新たな力を手に入れた。


 そしてレンカは――


 自分の中にある想いを。


 もう、誤魔化せなくなっていた。


 

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