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記憶を取り戻して転生したら、そこはかつてプレイしたゲームの世界でした〜5人パーティを組みたい俺と、二人きりがいい女戦士  作者: 夢芝居


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第4話 草原の死闘と、覚醒の煉獄

第4話 草原の死闘と、覚醒の煉獄


 朝日が、フォルトックの街を照らしていた。


 石造りの建物の壁面が淡い金色に染まり、昨夜まで眠っていた街が、少しずつ活気を取り戻していく。


 露店の準備を始める商人。


 荷車を引いて街道を進む行商人。


 パン屋から漂ってくる焼きたての香り。


 そして、これから始まる一日に胸を躍らせる冒険者たち。


 昨日までの僕なら、そんな光景をただ眺めているだけだっただろう。


 けれど今は違う。


 僕はこの世界で、生きていかなければならない。


 しかも、ここは僕がかつて遊んでいたゲームと酷似した世界だ。


 ただし――完全に同じではない。


 それが、昨日のダンジョン攻略で少しずつ分かってきた。


「……重いな」


 僕は手にした剣を軽く振った。


 昨日、ダンジョンの宝箱から手に入れた青銅の剣。


 木の剣とは比べ物にならないほど重い。


 けれど、その重さが嫌ではなかった。


 むしろ、手の中に確かな存在感がある。


 刃を太陽へ向ける。


 青銅の刀身が朝日を受け、鈍い光を返した。


「どうだ?」


 隣から声が飛んでくる。


 振り向くと、レンカが腕を組んで立っていた。


 女戦士レンカ。


 赤みを帯びた髪。


 凛々しい顔立ち。


 そして、昨日の冒険でも僕を守ってくれた鉄の剣士。


 ゲーム時代から知っているはずのキャラクター。


 でも、今目の前にいる彼女は、僕が知っているゲームのレンカとは違う。


 もっと表情が豊かで。


 もっと感情的で。


 そして――何よりも僕を見る目が違う。


「かなり馴染んできたと思う」


「そうか」


 レンカは満足そうに笑った。


 そして次の瞬間。


 僕の腕へ身体を寄せてきた。


「なら、今日も頑張れそうだな」


「……近くない?」


「そうか?」


「近いと思うけど」


「私はちょうどいいと思ってる」


 レンカは当然のように答えた。


 昨日から、こんな感じだ。


 距離が近い。


 妙に近い。


 僕が少し離れようとすると、レンカも自然に距離を詰めてくる。


 最初は気のせいかと思っていた。


 けれど、どう考えても偶然ではない。


「正春」


「ん?」


「今日の依頼はどうする?」


 レンカが僕の顔を覗き込む。


 その距離はやっぱり近い。


「私は、また二人きりで稼げる依頼がいいんだが……」


「二人きり?」


「そうだ」


「昨日も二人だったけど」


「だから今日も二人がいい」


 レンカは即答した。


 僕は少し考えた。


 冒険者として活動する以上、経験を積まなければならない。


 昨日のダンジョン攻略は、それなりに成果があった。


 モンスターを倒し、素材を売り、青銅の剣まで手に入れた。


 そして何より――自分がこの世界で戦えるということを確認できた。


 とはいえ、まだ僕は戦いに慣れていない。


 身体能力は悪くない。


 魔法も使える。


 剣も扱える。


 けれど、それらを実戦で組み合わせる感覚が曖昧だった。


 なら、今日も実戦を経験するべきだ。


「まずはギルドに行こう」


「分かった」


 レンカは素直に頷いた。


 ただし、その顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 まるで、今日も僕と二人で過ごせることを喜んでいるように。


 ――その予感は、正しかった。



 冒険者ギルド、フォルトック支部。


 木製の大きな扉を開けると、朝だというのに中はすでに多くの冒険者で賑わっていた。


「昨日より人が多いな」


「朝は依頼の更新があるからな」


 レンカが説明する。


 掲示板には大量の依頼書が貼られていた。


 薬草採取。


 街道警備。


 荷物運搬。


 迷子の捜索。


 そして、魔物討伐。


 僕は掲示板の前に立った。


 その中から、自分たちの現在の実力に合いそうなものを探す。


「これにしよう」


 僕が一枚の依頼書を手に取る。


「グリーングラス草原のゴブリン十匹討伐……か」


「ああ」


 レンカが横から覗き込む。


「報酬は?」


「討伐証明込みで二百五十エント」


「悪くないな」


 昨日稼いだ三百エントもある。


 しかし、装備の修理費。


 食費。


 宿代。


 それらを考えれば、今後も安定して稼ぐ必要がある。


「それに、基本を固めたい」


「基本?」


「昨日はダンジョンだったから」


 僕は依頼書を見つめる。


「今日は開けた場所で戦ってみたい」


 草原なら、視界が広い。


 魔物の位置も確認しやすい。


 そして何より――自分の戦い方を試すにはちょうどいい。


「なるほどな」


 レンカが頷く。


「なら、私も賛成だ」


「ありがとう」


「ただし」


「?」


 レンカの表情が少しだけ険しくなった。


「無茶はするなよ」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


「絶対だぞ?」


「絶対」


 レンカは僕をじっと見つめる。


 やがて、ふっと笑った。


「ならいい」


 受付へ向かう。


 昨日登録したばかりの僕たちの冒険者証を提示すると、受付嬢が依頼書を確認した。


「グリーングラス草原のゴブリン討伐ですね」


「はい」


「十匹討伐で報酬二百五十エント。討伐証明として、魔石または右耳を持ち帰ってください」


「分かりました」


「それと、最近グリーングラス草原でゴブリンの群れが増えているという報告があります。十分に注意してください」


「群れ?」


 僕が聞き返す。


「はい。大規模というほどではありませんが、通常より遭遇率が高いようです」


 レンカが眉をひそめる。


「何か原因は?」


「今のところ不明です」


「そうか」


 僕は依頼書を受け取った。


 ゲーム時代なら、こんな注意書きはなかった。


 少なくとも、僕の知っている序盤のグリーングラス草原は、新米冒険者がレベルを上げるための安全な狩場だった。


 ゴブリン。


 スライム。


 小型狼。


 その程度しか出現しない。


 だからこそ、僕は少しだけ違和感を覚えた。


 ――この世界は、ゲームと同じではない。


 その事実を、昨日から何度も突きつけられている。


「正春?」


「……いや、なんでもない」


「なら行こう」


 レンカが僕の手を取った。


「今日も、二人でな」


「ああ」


 その笑顔は、とても嬉しそうだった。



 フォルトックの東門を抜ける。


 街を離れると、視界いっぱいに草原が広がった。


 風が吹く。


 緑色の草が一斉に揺れる。


 遠くには青い山々。


 空には白い雲。


 ゲーム画面では何度も見た景色だった。


 けれど――


「……綺麗だな」


 思わず呟く。


「そうか?」


「うん」


 ゲームの中では、ただの背景だった。


 今は違う。


 風が頬を撫でる。


 草の匂いがする。


 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。


 土の感触が靴越しに伝わってくる。


 世界が、生きている。


「正春」


「ん?」


「ぼーっとするな」


「ごめん」


「冒険者は景色を楽しむ余裕があるほど暇じゃないぞ」


「確かに」


 レンカが前方を見る。


 僕も視線を向けた。


「……来るぞ」


 草むらが揺れた。


 ガサッ。


 ガサガサッ。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 緑色の肌。


 小さな身体。


 粗末な棍棒。


「ゴブリンだ」


 レンカが剣を抜く。


「正春、後ろは任せたぜ!」


「分かった!」


 ゴブリンが一斉に襲いかかってくる。


「ギャギャッ!」


 レンカが踏み込んだ。


 速い。


 一歩目で距離を詰める。


 二歩目で身体を回転させる。


 三歩目。


 そのまま横薙ぎ。


 ゴブリンの棍棒を弾き、その身体を吹き飛ばした。


「ギャッ!」


 続いて二匹目。


 レンカは剣を逆方向へ返し、肩口から斜めに斬り下ろす。


 ゴブリンが倒れた。


「正春!」


「任せて!」


 僕は右手を前へ出す。


「――ファイア」


 小さな火球が飛び出す。


 ゴブリンの足元へ着弾。


 爆発。


「ギャッ!」


 怯んだところへ走り込む。


 青銅の剣を振り抜く。


 手応え。


 ゴブリンが崩れ落ちた。


「よし」


「悪くない」


 レンカが笑う。


「昨日より動きがいいな」


「少し慣れてきたみたいだ」


「剣と魔法を同時に使えるのは、お前の強みだな」


「万能型だから」


 僕は苦笑する。


 ゲームでは、僕は万能型のジョブを選択していた。


 剣。


 槍。


 弓。


 魔法。


 回復。


 補助。


 大抵のことはできる。


 その代わり、何か一つに特化した職業よりも習熟に時間がかかる。


 ゲームでは、プレイヤーである僕が長時間操作することで補っていた。


 でも今は違う。


 僕自身の身体で、その能力を使わなければならない。


「……やっぱり、まだ足りないな」


「何が?」


「経験」


 剣を握り直す。


「ゲームでは何度も使った技でも、今の僕の身体はそれを覚えていない」


「身体が覚えていない?」


「ああ」


 レンカは少し不思議そうな顔をした。


 けれど、追及しなかった。


「なら、身体に覚えさせればいい」


「え?」


「何度も使えばいいんだ」


 レンカは剣を肩に担いだ。


「戦士ってのは、そういうもんだろ?」


「……そうだな」


 その言葉が妙に心に残った。


 その後も僕たちはゴブリンを倒していった。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 討伐数は順調に増えていく。


「四匹目!」


「五!」


「六!」


 レンカが叫ぶ。


 僕は魔法で牽制する。


 レンカが接近する。


 僕が剣で追撃する。


 今度は僕が前に出て、レンカが背後を取る。


 戦いを重ねるたびに、互いの動きが噛み合っていった。


 不思議だった。


 まだ出会って二日目なのに。


 僕たちはまるで、ずっと昔から一緒に戦ってきたように動けていた。


 いや。


 実際には――


 ゲーム時代から一緒だった。


 ただ、その記憶を持っているのは僕だけだと思っていた。


 そう考えていた。


 けれど。


 レンカは時々、僕の知らないはずの動きを先読みする。


 僕が魔法を使うタイミング。


 僕が剣へ切り替える瞬間。


 僕が敵の攻撃を避ける方向。


 まるで僕の戦い方を知っているように。


「レンカ」


「なんだ?」


「僕のこと、前から知ってるみたいだな」


 一瞬。


 レンカの表情が止まった。


「……何を言ってるんだ?」


「いや」


 僕は笑う。


「昨日から、なんとなくそう感じてる」


「気のせいだろ」


「そうかな」


「そうだ」


 レンカは目を逸らした。


 けれど。


 耳が赤くなっていた。


「……?」


 僕は首を傾げる。


 レンカは何かを隠している。


 そのことだけは、間違いなかった。


「九匹目」


 僕が討伐証明を確認する。


 ゴブリンの魔石を袋へ入れた。


「あと一匹だな」


 レンカが周囲を見回す。


「だな」


 ここまで順調だった。


 依頼開始から二時間ほど。


 ゴブリンは特に強くない。


 僕たちの連携も悪くない。


 なら、あと一匹倒して街へ戻ればいい。


 そう思っていた。


 ――その時だった。


 風が止まった。


「……?」


 僕が足を止める。


「どうした?」


 レンカも立ち止まった。


「静かすぎる」


 先ほどまで聞こえていた鳥の声が消えている。


 草原を吹いていた風もない。


 虫の音すら聞こえない。


「何かいる」


 レンカが剣を抜いた。


「どこだ?」


「あっち」


 僕は茂みを指差す。


 レンカが頷く。


 二人でゆっくり近づく。


 草を掻き分ける。


 その奥に――


 巨大な影が立っていた。


「……デカいな」


 僕は息を呑む。


 通常のゴブリンの倍近い体格。


 緑色の筋肉質な身体。


 頭には角のような骨飾り。


 身体には粗末な板金鎧。


 そして手には――


 巨大なメイス。


 ゴブリンが持つには明らかに大きすぎる武器だった。


「ゴブリン……ジェネラル」


 レンカが呟く。


「そんなの、依頼書には……」


「書いてない」


 レンカの声が低くなる。


「新米向けの依頼に出てくる魔物じゃない」


 僕も知っている。


 ゴブリンジェネラル。


 ゲームでは中盤以降に登場する強敵だった。


 攻撃力が高い。


 防御力も高い。


 さらに周囲のゴブリンを強化する能力まで持っている。


 初心者が単独で戦えば、まず勝てない。


「正春」


「分かってる」


「逃げるぞ」


 レンカが言った。


 僕は一瞬迷った。


 あと一匹。


 けれど。


 これは討伐依頼だ。


 勝てる相手ではないなら、逃げるのが正解だ。


「……ああ」


 僕が頷いた瞬間。


「グオオオオオオッ!」


 咆哮。


 大地が震えた。


「っ!」


 次の瞬間。


 ジェネラルが突進してきた。


「速い!」


 レンカが剣を構える。


 巨大なメイスが振り下ろされる。


「レンカ!」


 レンカは横へ飛んだ。


 地面が砕ける。


 ドォンッ!


 土煙が舞い上がった。


「くっ!」


 レンカが着地する。


 しかし、ジェネラルは止まらない。


 横薙ぎ。


 レンカが剣で受ける。


 ガキィンッ!


「ぐっ!」


 レンカの身体が吹き飛んだ。


「レンカ!」


 僕が走る。


「来るな!」


 レンカが叫ぶ。


 しかし、ジェネラルは僕へ向かってきた。


 巨大なメイス。


 避ける。


 間に合わない。


 そう思った瞬間――


「正春!」


 レンカが割り込んだ。


 メイスを鉄の剣で受け止める。


「ぐ、ううううっ!」


 腕が震えている。


 足が地面へめり込む。


「レンカ!」


「早く逃げろ!」


「嫌だ!」


「正春!」


「仲間を置いて逃げられるか!」


 僕は剣を構えた。


 ジェネラルがメイスを振り抜く。


 レンカの剣が弾かれた。


 鉄の剣が宙を舞う。


「しまっ――」


 レンカが体勢を崩した。


 その喉元へ。


 ジェネラルの刃が迫る。


 時間が止まったように感じた。


 僕の心臓が大きく跳ねる。


 ――まずい。


 間に合わない。


 身体が動かない。


 その瞬間。


 頭の奥で何かが弾けた。


 ――思い出せ。


 誰かの声がした。


 いや。


 声ではない。


 記憶。


 遠い記憶。


 僕がゲームをしていた頃の記憶だった。


 何百時間。


 何千時間。


 何度も何度も繰り返した戦闘。


 画面の中で動く自分のキャラクター。


 その手に握られていた剣。


 敵の攻撃。


 回避。


 魔法。


 スキル。


 コンボ。


 すべてが一気に蘇る。


『煉獄斬り』


 脳裏に文字が浮かんだ。


 僕が最も使い込んだスキル。


 炎属性の剣技。


 剣へマナを集中させ、刃そのものを灼熱化。


 一撃で敵を両断する。


 ゲーム時代。


 僕はこの技を何度も使った。


 ボス戦でも。


 レイドでも。


 何度も。


 何度も。


 ――なのに。


 どうして忘れていた?


 違う。


 忘れていたんじゃない。


 身体が覚えていなかっただけだ。


 なら――


 思い出せ。


「……あの時の感覚を」


 右手に力を込める。


 青銅の剣を逆手に構える。


「思い出せ……!」


 体内にある何かが動く。


 魔力。


 いや。


 もっと深い。


 マナ。


 世界そのものを流れる力。


 それが身体の中を駆け巡る。


「――!」


 熱い。


 身体が燃える。


 心臓が熱を帯びる。


 血液そのものが炎になったようだった。


「正春……?」


 レンカが僕を見る。


 僕自身にも分からない。


 けれど。


 今ならできる。


 なぜか分かる。


 どうすればいいのか。


 どこへ力を流せばいいのか。


 どうやって剣へ伝えるのか。


 全部。


 分かる。


 青銅の剣が赤く染まる。


 刀身が熱を帯びる。


 周囲の空気が歪む。


「グオ……?」


 ジェネラルが一歩下がった。


 初めて怯えた。


 僕は一歩踏み出す。


 熱い。


 苦しい。


 身体が焼ける。


 それでも。


 今は――


 守る。


 そのためだけに。


「煉獄斬り――!」


 踏み込む。


 一瞬。


 視界からすべての音が消えた。


 世界が静止する。


 そして――


「――ッ!」


 振り抜いた。


 炎が走った。


 青銅の剣から放たれた灼熱の斬撃が、地面を焼きながら一直線に進む。


 草原の草が燃える。


 空気が震える。


 ジェネラルの板金鎧が赤く染まる。


「グ……オ……」


 巨大な身体に亀裂が走った。


 次の瞬間。


 巨体が、真っ二つに割れた。


 ――ドサッ。


 倒れる。


 そして。


 魔物の身体が黒い灰へ変わっていく。


 風に乗って散っていった。


 静寂。


 何も聞こえない。


 僕は剣を握ったまま立ち尽くしていた。


「……はぁ」


 呼吸が乱れる。


「……はぁ、はぁ……」


 身体が震えている。


 熱い。


 全身が焼けるように熱い。


 それでも。


 生きている。


 レンカも――


「レンカ!」


 僕は慌てて駆け寄った。


「大丈夫か?」


「……」


「レンカ?」


「……ああ」


 レンカが顔を上げた。


 その瞳が僕を映している。


「大丈夫だ」


「怪我は?」


「少し擦っただけだ」


「本当に?」


「本当だ」


 僕はレンカの腕や肩を確認する。


 幸い、大きな傷はない。


「よかった……」


 僕は胸を撫で下ろした。


 その時。


「……正春」


「ん?」


 レンカの声が震えていた。


「さっきの……何だ?」


「分からない」


「分からない?」


「ああ」


 僕は青銅の剣を見る。


 刀身はすでに元の色へ戻っていた。


「身体が勝手に動いたんだ」


「……」


 レンカは黙っている。


「昔から使っていたような感覚だった」


「昔から……?」


 レンカが小さく呟いた。


 そして。


 突然、僕の胸へ飛び込んできた。


「うわっ!」


 レンカの身体が僕を抱きしめる。


「レンカ?」


「……怖かった」


 小さな声。


 僕は驚いた。


 いつも強気で。


 何でも自分で切り抜けようとする彼女が。


 震えている。


「怖かったんだ」


「……ごめん」


「謝るな」


 レンカは僕の服を強く握った。


「お前が助けてくれた」


「……うん」


「ありがとう」


 その声には、いつもの強気な調子がなかった。


 ただ純粋な感謝があった。


 それだけではない。


 僕を見る瞳には――


 深い何かが宿っていた。


「正春」


「ん?」


「お前……本当に凄いな」


「たまたまだよ」


「違う」


 レンカは首を横に振る。


「たまたまじゃない」


 そして。


 僕の胸へ顔を押し付ける。


「……私を助けてくれた」


「仲間だから当然だよ」


「……仲間」


 その言葉を聞いた瞬間。


 レンカの腕がさらに強くなる。


「そうだな」


 彼女は小さく笑った。


「私は……お前の仲間だ」


 その笑顔は、どこか嬉しそうだった。


 けれど。


 僕には見えなかった。


 レンカの瞳の奥で燃え始めたものを。


 ――独占欲。


 それは、昨日までよりもずっと強くなっていた。


 フォルトックへの帰り道。


 僕たちは無言で歩いていた。


 正確には。


 僕は無言だった。


 レンカはずっと僕の腕に抱きついている。


「……レンカ」


「なんだ?」


「歩きにくくない?」


「別に」


「僕はちょっと歩きにくい」


「慣れろ」


「そんな無茶な」


 レンカが笑う。


「私は今日、お前に命を救われたんだ」


「だからって……」


「だからいいんだ」


「……そういうもの?」


「そういうものだ」


 レンカは離れなかった。


 むしろ。


 さらに腕を絡めてくる。


「今日くらい、いいだろ?」


「……まあ」


 僕は諦めた。


 レンカは満足そうに笑った。


 けれど。


 彼女の心の中では別の言葉が繰り返されていた。


 ――正春は私を助けた。


 ――私を選んだ。


 ――私を守ってくれた。


 ゲームの中では。


 プレイヤーとNPC。


 そんな関係だった。


 けれど今は違う。


 この世界で、正春は生きている。


 私も生きている。


 だったら。


 もう、ただのNPCではない。


 私は――


 正春の隣にいる一人の女だ。


 だから。


 誰にも渡したくない。


 あの三人にも。


 誰にも。


 ――絶対に。


 フォルトックへ戻る頃には、昼を少し過ぎていた。


 冒険者ギルドへ依頼達成の報告をする。


「ゴブリン十匹の討伐、お疲れさまでした」


 受付嬢が確認する。


「それと……」


 彼女が眉をひそめた。


「ゴブリンジェネラル?」


「はい」


「本当に?」


「間違いありません」


 レンカが答える。


「こいつが一人で倒しました」


「え?」


 受付嬢が僕を見る。


「……正春さんが?」


「一応」


「一応って……」


 受付嬢は困ったように笑った。


「ゴブリンジェネラルは、新米冒険者が遭遇するような魔物ではありません」


「ですよね」


「しかも単独撃破ではなく……」


「レンカが一緒でした」


「なるほど」


 受付嬢は少し納得した。


 しかし、討伐証明を確認すると、やはり驚いていた。


「この素材なら、追加報酬が出る可能性があります」


「本当ですか?」


「はい。危険度の高い魔物ですから」


 結果。


 通常報酬二百五十エント。


 追加討伐報酬百五十エント。


 さらにゴブリンジェネラルの素材売却分として三百エント。


 合計七百エント。


「七百……」


 僕は思わず呟いた。


「昨日より多いな」


「装備も買える」


 レンカが嬉しそうに言う。


「正春の剣も、もっといいものを探せるぞ」


「いや、青銅の剣で十分だよ」


「駄目だ」


「え?」


「今日の戦いを見て思った」


 レンカは真剣な顔をした。


「お前には、もっといい剣が必要だ」


「でも――」


「駄目」


「……分かった」


 押し切られた。


 レンカは満足そうに笑った。


「よし」


 その笑顔を見ていると。


 なぜか僕まで嬉しくなる。




 その日の夕方。


 僕たちは昨日と同じ酒場へ入った。


「今日は僕が奢るよ」


「本当に?」


「ああ」


 昨日もそう言った。


 けれど今日は、昨日以上に気分が良かった。


 命懸けの戦いだった。


 レンカを守れた。


 自分の力も少しだけ取り戻せた。


 何より――


 この世界で、生きていける。


 そんな実感があった。


「じゃあ、今日はこれだ」


 レンカがメニューを指差す。


「これ?」


「一番高いやつ」


「……」


「駄目か?」


「いや」


 僕は笑った。


「今日は特別だ」


「やった!」


 レンカが嬉しそうに笑う。


 料理が運ばれてくる。


 肉料理。


 焼きたてのパン。


 スープ。


 果物。


 二人で食事をする。


「うまいな」


「ああ」


「こういうの、ゲームにはなかった」


「……」


 レンカの手が止まった。


「正春」


「ん?」


「今……ゲームって言ったか?」


「……」


 しまった。


「いや」


「誤魔化すな」


 レンカが僕を見る。


 真剣な瞳だった。


「お前、やっぱり覚えてるんだな?」


 心臓が跳ねた。


「……何を?」


「昔のこと」


 レンカは静かに言った。


「私たちと一緒に戦った日々のこと」


 店内の喧騒が遠くなる。


 僕はレンカを見つめた。


「レンカ……」


「安心しろ」


 レンカが微笑んだ。


「私も覚えてる」


「……!」


 やっぱり。


 そうだった。


 レンカは知っていた。


 ゲーム時代を。


 僕を。


 僕たちのパーティを。


「じゃあ……」


「そうだ」


「他のみんなも?」


 レンカの笑顔が一瞬だけ消えた。


 僧侶。


 魔法使い。


 シーフ。


 僕たち五人で作ったパーティ。


 レンカはしばらく黙っていた。


「……分からない」


「そうか」


「でも」


 レンカが僕の手を握った。


「私はここにいる」


「……うん」


「お前の隣にいる」


 その手は温かかった。


「だから、今はそれでいい」


 レンカは笑う。


 けれど、その笑顔の奥には――


 言葉にしない感情があった。


 ――他の三人が来る前に。


 ――正春との時間を、もっと作らなければ。


 ――この世界では、私が最初に見つけた。


 だから。


 誰にも奪わせない。




 その夜。


 宿へ戻った僕たちは、受付で部屋を取った。


「二部屋お願いします」


「二部屋?」


 レンカが聞き返す。


「うん」


「……一部屋でよくないか?」


「いやいや」


 僕は首を横に振る。


「昨日も言ったけど、男女で同じ部屋は落ち着かないだろ」


「私は落ち着く」


「僕が落ち着かない」


「……」


 レンカがじっと僕を見る。


「正春」


「何?」


「お前って……」


「うん?」


「本当に鈍いな」


「え?」


「なんでもない」


 レンカはため息を吐いた。


 しかし。


 最後には笑った。


「まあ、いい」


「ありがとう」


「今日は許してやる」


 そう言って、自分の部屋へ向かう。


 僕も部屋へ入った。


 ベッドへ腰を下ろす。


 そして。


 青銅の剣を机の上へ置いた。


「……煉獄斬り」


 その名前を呟く。


 まだ手に感覚が残っている。


 あの炎。


 あの熱。


 あの瞬間。


 自分の中に眠っていた力が目を覚ました感覚。


「もっと思い出せば……」


 僕は拳を握る。


 ゲーム時代の自分。


 万能型のプレイヤー。


 使える技は多かった。


 まだ、思い出せていない技がいくつもある。


 もし全部を取り戻せたら。


 僕は――


 もっと強くなれる。


 けれど。


 その時。


 胸の奥に別の疑問が浮かんだ。


 なぜ女神は僕に記憶を返したのか。


 なぜ僕は、この世界へ転生したのか。


 なぜレンカたちは、ゲームの記憶を持っているのか。


 そして。


 なぜゲームとは違う出来事が起きているのか。


「……分からない」


 答えは出ない。


 けれど。


 いつか分かる日が来る。


 そんな気がした。



 同じ頃。


 フォルトックから遠く離れた場所。


 一人の少女が夜空を見上げていた。


 白い法衣。


 胸元には聖印。


 長い髪が風に揺れている。


 彼女は手の中にある古びた杖を握りしめていた。


「……まだ、見つからない」


 少女は呟く。


「正春様……」


 彼女もまた。


 かつてのゲームを知っている。


 プレイヤーを知っている。


 そして。


 ずっと待っていた。


 別の場所では。


 一人の少女が巨大な魔導書を開いていた。


 黒い髪。


 眼鏡。


 魔法使い。


 彼女はページをめくりながら、小さく笑う。


「ようやく……世界の流れが変わった」


 その視線の先。


 魔導書に描かれた五人の冒険者。


 その中央には――


 正春。


「見つけた」


 さらに別の場所。


 月明かりに照らされた屋根の上。


 黒装束の少女が街を見下ろしている。


 腰には短剣。


 手には一枚の古びたカード。


 カードに描かれているのは――


 五人のパーティ。


「……遅いよ、正春」


 少女は小さく笑った。


「私たち、ずっと待ってたんだから」



 フォルトック。


 僕は窓から夜空を見上げていた。


 星が綺麗だった。


 ゲーム画面では見慣れていた星空。


 でも今は。


 まったく違って見える。


「……みんな」


 僕は呟いた。


 僧侶。


 魔法使い。


 シーフ。


 いつか。


 きっと会える。


 そう思った。


 けれど。


 僕はまだ知らない。


 その再会が。


 ただ懐かしいだけの再会ではないことを。


 この世界で五人が再び集まった時。


 ゲームでは存在しなかった新しい物語が始まることを。


 そして――


 僕が取り戻した記憶が。


 この世界そのものを変える鍵になることを。


 今はまだ。


 何も知らない。


 ただ。


 今日の戦いで一つだけ確かなことがあった。


 僕の中に眠っていた力。


 それは、確かに目を覚まし始めている。


 炎のように。


 激しく。


 そして、止めることのできない勢いで。


 ――覚醒の煉獄。


 その最初の火種が。


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