第39話
「……お前、当然ついてくるつもりだよな」
「ああ」
自分でも、返事が早かったと思う。
怖くないわけじゃない。さっきまで門の外で、あの群れから逃げてきたばかりだ。剣を握っていた指の感覚も、まだ完全には戻っていない。
それでも、ここで黙っている気にはなれなかった。
グラウスは短く息を吐き、セレナさんの方へ向き直った。
「セレナ、こいつも連れていく」
言い方だけなら軽かった。
だが、セレナさんの表情は変わらなかった。手元の書類を一枚めくり、俺の方を見る。
「コウイチ様ですね」
「はい」
「念のため、冒険者証を確認してもよろしいでしょうか」
言われて、俺は首から下げていた金属板を取り出した。
最初に冒険者登録をした時にもらった、角を落とした金属の板。表にはギルドの紋章があり、下の縁には何も刻まれていない。ほとんど素の金属板のままだ。
セレナさんはそれを受け取り、表と裏を確認した。
「七級ですね」
セレナさんは依頼書の方へ視線を落とす。
「今回の緊急討伐依頼は、参加条件が五級以上になります。指名を受けたパーティーの同行者についても、原則として同じ条件です」
五級以上。
ミリアの一つ下の階級だ
俺は思わずミリアの方を見た。ミリアは胸元のあたりで両手を握ったまま、何も言わなかった。
「つまり、俺はこのままだと受けられないってこと、だよな?」
「はい」
セレナさんの返事ははっきりしていた。
そこに当然ながら悪意はない。制度としてそう決まっている。
危険な依頼に、階級の足りない冒険者を連れていくわけにはいかないのは少し考えたらわかることだ。命がかかっているのだから。
俺が勝手についていきたいと言ったところで、それは俺だけの問題じゃない。俺が動けなくなれば、誰かが俺を助けることだってあるだろう。誰かが手を止めてこちらに気を取られることもあるだおう。その一瞬のことで、誰かが死ぬかもしれない。足手まといになるやつは必要ないということだ。グラウスが前に言っていたことが、今さら頭の中で反芻された。
「昇格試験は受けられるか?」
グラウスが言った。
セレナさんは、すぐには答えなかった。
受付の奥では、職員たちがまだ慌ただしく動いている。誰かが紙束を抱えて走り、別の誰かが負傷者の名前を確認している。そんな中で、セレナさんだけが一度静かに息を吸った。
「一応、可能ではあります」
「だってよ。コウイチどうする?」
「受ける」
「即答だな」
俺が言うと、セレナさんの視線がこちらへ戻った。
「コウイチ様」
「はい」
「昇格試験は、希望した階級へ上げるための形式ではありません。試験官が現在の実力を判断し、相応の階級を決めます。結果によっては昇格しない場合もあるんです」
「そうか」
「また、特別措置などで判定が甘くなることはありません」
「もちろんだ」
自分の声が、思っていたより落ち着いていた。
セレナさんは俺を少しだけ見つめたあと、受付の奥にいた職員へ声をかけた。
「ノルマン試験官を呼んでください。昇格試験です」
その名前を聞いた瞬間、グラウスの顔がわずかに引きつった。
「……まだ元気にしてんのかノルマン爺」
「知ってるのか?」
「知ってるよ」
グラウスは短く答えた。
その顔が、なんとも言えない。
嫌そうというより、面倒なものを見た顔だった。フィーアは一瞬だけ目を細め、エイルは小さく首をかしげている。ミリアも、グラウスの反応を見て不安そうにこちらを見た。
「強いのか?」
「強いな」
即答だった。
そこへ、奥の扉が開いて中から小柄な老人が出てきた。
細い。
まず、そう思った。
背は俺よりだいぶ低い。肩幅も広くない。白髪は短く整えられていて、顔には細かい皺がある。腰には剣を下げているが、その体の細さのせいで、剣の方が重そうにすら見えた。
だが、老人は足取り軽くこちらへやってきた。
「はいはい、昇格試験じゃな。こんな忙しい時に物好きもおるもんじゃのう」
声は軽い。
というか、思ったより普通のじいさんだった。
老人はセレナさんから書類を受け取ると、俺ではなく、まずグラウスを見た。
「……げ」
「久しぶりだな、ノルマン爺」
ノルマン試験官は、グラウスを指差した。
「お前さん、まさかまた試験を受けに来たんじゃなかろうな」
「違う。今日はこいつだ」
グラウスが俺の肩に手を置く。
ノルマン試験官の視線が、ようやく俺に向いた。
「ほう」
上から下まで見られる。そして書類に目線を落として何度か頷いた。
「七級か」
「はい」
「希望は六級かの?」
ノルマン試験官は、にこにこと笑った。
「一応五級です」
「はっはっはっ! こりゃ面白い! 一気に三つも上がるやつはそんなにおらんぞ! しかもまだ一週間くらいじゃないかい。なかなか難しい試験になりそうじゃわい」
やはりそう簡単に階級というものは上がらないようだ。薄すわかっていたが、それでもその言葉を聞いたことで体がこわばる。
「まぁ、そんな怖がらんでええ。試験じゃ試験。命までは取らんよ」
そう言って、老人は軽く肩をすくめる。
俺が少しだけ息を抜きかけたところで、ノルマン試験官の目が細くなった。
「……たぶんの」
背筋に冷たいものが走った。
いや、怖い。
今の最後の一言だけ、全然笑っていなかった。
「普通に怖いんだが」
思わず隣のグラウスに呟くと、グラウスが横で笑った。
「大丈夫だ。死にはしねぇよ。たぶんな」
「そこは断言してくれよ」
「断言できる相手なら俺も安心して見てるんだがな」
嫌なことを言う。
「まぁ、大丈夫だ! みっちり俺が鍛えたんだ。安心しろってことだよ」
ノルマン試験官は、俺たちのやり取りを楽しそうに見てから、くるりと背を向けた。
「では、早いところ訓練場へ行こうかの」




