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第33話

 昼前、フィーアが手を上げて、俺とグラウスの訓練に割って入る。


「はい、一旦休憩にしましょう」


 俺は膝に手をつく。肩で息をしながら、この場に倒れてしまいたい衝動を必死に抑える。いや、倒れてしまっても問題は無いはずだが、ピンピンしているグラウスを見ると、負けた気がしてどうも気が乗らなかった。


「回復魔法をかけるから、じっとしていてちょうだい」


 魔力を集めているのか、指をピンと立てた。


「なぁ……それってやっぱり必要なのか?」


「当たり前じゃない」


「マジかよ……」


 嫌な記憶が戻ってくる。


 昨日、フィーアの回復魔法を一度外された瞬間にくる全身の痛みがまとめて戻って来る感覚。あれはもう、できれば二度とやりたくないのだが。


「避けられないのか、それ」


「……無理ってことにしておくわ」


 含みのある言い方をするフィーアを俺は睨む。剣に体重を預けて立っているグラウスも苦笑いしている。


「無理ってことにしておくってことは、出来なくもないんだろ?」


 で、あればそれをぜひやってほしいのだが。


「無理なものは無理よ。諦めなさい」


 いじけるようにフィーアはそっぽを向いてしまった。


「代償もなしに強くなれると思うのは甘えだぞコウイチ。お前が強くなれば全く問題ないだろう?」


「簡単に言ってくれるが、そう簡単な話ではなくてだな」


 といいつつも、グラウスの発言にも一理あると考え直す。


「ならせめてもう少し痛くない方法は?」


「あると思ってるの?」


「……ないのか」


「ないわね。痛みは努力の証よ。むしろ喜ぶべきじゃないかしら?」


「失敗の証の間違いだろ」


「そうともいうわね。ほら観念しなさい」


 フィーアは淡々と言った。


「痛いものは痛いんだから」


「回復魔法ってもっと優しさに包まれてるもんじゃないのか」


「怪我を直してあげるんだからちゃんと優しさに包まれてるわよ」


 そう言われると、反論できなかった。


 フィーアが指を軽く降ると、その瞬間に体の中に押し込められていた痛みが一気に解放されるように内側から悲鳴を上げる。


「っっ――!」


 声が詰まる。


 肩も、腕も、脇腹も、足も、ばらばらに痛むのではなく、今まで攻撃を食らった痛みの全てが同時に出現するようだった。立っていられず、その場に崩れた。


「はいはい、動かない」


 フィーアの声は至って冷静で、すぐに淡い光が体を包む。


 温かい感覚が広がり、戻ってきた痛みが少しずつ溶解していく。昨日よりは分かっていたぶん、まだマシだった。いや、マシだったと思いたいだけかもしれない。


 しばらくして、呼吸が落ち着いた。


「……これ、毎回やるのか?」


「必要なときに必要なだけやるわよ」


「きっついなぁ……」


「強くなりたいんでしょ?」


「……それを言われるとだな」


「なら諦めるしかないわね」


 フィーアはそう言ってくるりと向きを変えて読書の姿勢に戻っていった。


 ***


 昼食はミリアの母が作ってくれたものをミリアが持ってきてくれた。


 腹に物が入ったせいか、体は少し動きにくくなった気がした。けれど、訓練はそんな理由で止まらない。木剣を握り直すだけで、午前中に打たれた場所が、無意識に痛みを覚えているのか勝手にこわばる。


「受けたら、短く返すんだぞ?」


 グラウスの発言で俺は現実逃避から引き戻された。


「敵に当てる必要はないんだ。相手を一瞬だけ止めて間を作る。そのための返しだからな。それを忘れるんじゃないぞ」


「勝つためじゃないんだよな」


「まだ勝つことを考える段階じゃねぇよ」


「そ、そうだよな……」


 それ以上は喋らず俺は黙って木剣を構えた。


 グラウスの木剣が右上から落ちてくる。昨日なら、これで腕が固まって動けないでいた。今はどうにか木剣をグラウスの攻撃に合わせ、衝撃を横へ逃がす。胸の前へ戻そうとしたところで、もう横から次の攻撃が来ていた。


 遅い。


 そう思いながらも、俺は無理やり木剣を合わせた。腕がしびれる。指が少し開きかける。


 しかし、今が一番のチャンスだと考えて、打ち返せるよう努力する。


「っ!」


 返そうとして、肩まで大きく動いた。


 自分でも振りが大きいと分かった時にはもう遅かった。グラウスは軽く避け、すぐに俺の手首を叩いた。指から力が抜けて、木剣が地面へ落ちる。


「振りかぶりすぎだな。もっと小さく返せ。大きく振ったら、隙が生まれてその隙で命を失う」


 グラウスは俺の手首の位置を示す。


「ここから、ここまででいい。相手を倒すんじゃなくて、近づかせないために返す。大きく振って気持ちよく当てようとするから隙が生まれてるんだぞ」


「……短く、か」


「そうだ。受ける、戻す、短く返す。返したらすぐ構え直して繰り返す」


 言葉にすると、それだけだったなのに、体が全然ついてこない。


 受けることに意識を置けば、反撃が遅れる。反撃を考えれば、最初の受け方が雑になる。構え直そうとすると、足が止まる。


 何か一つを意識すると、別の何かの意識が抜けていく。


 それでも、繰り返しているうちに、少しだけ形が見えてきた。


 受けたあと、木剣を戻す量。


 返す時に、木剣を振り回さないこと。


 足を止めずに、半歩だけ逃げ場を作ること。


 全部を同時にやろうとすると崩れる。だが、どれか一つでも抜けると、その瞬間にグラウスの木剣が飛んでくる。


 昼から夕方まで、ほとんどこんなことの繰り返しだけだった。


 ***


 夕方になる頃には、空き地の土にいくつも足跡が残っていた。


 俺の足跡は、ひどく乱れている。


 踏み込んだ跡や逃げようとして足をすべらせた跡、足を払われて尻もちをついた跡。美しくなんてない跡ばかりだった。


 グラウスの足跡は、それに比べると妙に少ない。


 動いていないわけではない。むしろ俺よりずっと動いているはずなのに、土に残る跡が比較するととても綺麗だった。体重のかけ方や動かす量なんかの全部が違うのだろう。


 それを見るだけで、差が歴然だった。


 それでも、午前中とは違って、少しだけグラウスとの打ち合いが続くようにはなっていた。


 グラウスが踏み込み木剣が流れてくる。俺はそれを受けて、衝撃を腕だけに乗せないよう全身で受けて、木剣を前へ戻す。横から来た二撃目には遅れるが、どうにか合わせる。腕がしびれるが、それでも落とさない。止まれば、腹に攻撃が入るんだろう。


 そう思って、俺は木剣を短く前へ出した。


 当てようとしたわけじゃない。振るというより、差し込むように出しただけだった。


 木剣の先が、グラウスの前腕をかすめる。


 当たってはいない。


 けれど、グラウスの動きが一瞬だけ止まった。


 本当に一瞬だけだったけれど、それでも分かった。


 間ができた。


 今日ずっと言われていた来たものだった。そのまま構え直そうとした次の瞬間、グラウスの木剣が俺の木剣を跳ね上げた。腕ごと持っていかれ、体が崩れる。さらに軽く足を払われて、俺は尻もちをついた。


「……くそ」


 土の感触が、手のひらと尻に残る。


 できたと思ったのに。


 少しはやれたと思ったのに、結局すぐ崩された。


「いいじゃねぇか! 今のだよ今の!」


 グラウスの声がした。


 顔を上げると、グラウスは木剣を肩に担いで俺を見ていた。


「今の返しで、一瞬だけ俺の動きが止まったのがわかっただろ? いや、正直驚いたぜ」


「でも、そのあとすぐやられてるけどな」


「当たり前だろ、アメとムチってやつだぜ」


「アメが少なすぎる気もするが?」


「まぁな!」


 グラウスは笑っている。


「今日の目標は敵の隙を作ることだった。今のは本当によくできてたよ」


「……できてたのか」


「ああ。ほんの一瞬だけどな」


 けれどグラウスの動きを止めたのは一瞬で、そのあと俺は、何もできずに転がされた。


 俺は立ち上がって剣を構えた。


「もう一回」


「今日はここまでだ」


「まだいける」


「それ、昨日も聞いたな」


 グラウスが言う。


 フィーアも本を閉じて立ち上がった。


「駄目よ。私が読む本が無くなっちゃうじゃない。あと三日も続けるのよ? 今日くらいゆっくり休みなさいよ」


 フィーアは立ち上がると軽い足取りで家の方へ歩き出す。


 そして思い出したかのようにこちらを振り返ると、指を振って——。


「ぐあぁあああ!!」


 俺の全身のあちこちが痛みに襲われて、地面に倒れる。そしてすぐに俺の体は光に包まれて痛みは消え去った。


「あいつ……笑ってやがった……」


 俺は荒い呼吸を落ち着かせながらスキップするフィーアを睨みつけた。


 ***


 夕食のあと、俺とグラウスは同じ部屋に戻った。


 昨日と同じように、布団を並べて敷く。


 体はフィーアに回復してもらっているので、痛みはほとんどない。腕も足も動く。だが、長時間の集中のせいで頭はぼんやりとしていた。


 布団の上に座ると、体がから力が抜けるようだった。


「顔が死んでんな」


 隣でグラウスが笑う。


「ギリギリ生きてるよ。体はすこぶる元気なのに、頭が動かない。不思議な感覚だな、これ」


「フィーアの回復魔法のおかげだな」


「本当にそうだな」


 俺は自分の手を見た。


 痛みはない。


 でも、木剣を握り続けた感覚は残っている。手のひらの皮が少し固くなったような気がするし、指を曲げると、まだ柄の形を覚えているみたいに閉じきらない。


「俺がここまで高強度の練習ができてるのってフィーアのおかげなんだよな」


「ああ? 何だよ改まって」


「普通なら、昨日の一撃目の時点で体が終わってる。今日だって数え切れないくらいグラウスの本気の攻撃を食らって、何回も回復してもらてるとんでもない魔法だよ」


「まあ、それは同感だな。フィーアの回復魔法はちょっと特別なんだよ。気になるようならいつか詳しく本人から教えてもらうと良いぜ、俺達はパーティーなんだろ? きっと教えてくれるさ」


「あぁ、そうだな。もっと仲良くなってからじゃないと話してくれない気もするけどな」


「かもな」


 グラウスは笑って寝転んだままこちらを向く。


「あんな、フィーアの回復魔法があっても、誰でもコウイチみたいにやれるわけじゃねぇんだぞ?」


「そう、なのか?」


「ああ。フィーアが治してんのは体だ。打たれた時に植え付けられた恐怖とか、また来るって分かってる時ストレスまでは消えねぇ」


 グラウスは天井を見ながら言った。


「そういう感情を制御してるのはお前だ。ほんとによくやってるよ」


 嬉しいけれど、これに関しては特別意識していることはない。たまたまそういうものに適正があっただけだ。


「そうはいっても、あれだけボコボコにされて、フィーアに治してもらって、それで作れた隙は一瞬だけだからな。感情どうこうはともかく、剣術に関しては才能が無いんじゃないのか?」


「いやいや。十分だぞ、コウイチ」


「あれで十分なのか?」


「剣術に触れてこなかった人間が二日目で俺に隙を作ったんだ。十分才能はあるぜ」


 グラウスはそこで少し笑った。


「正直、俺はあのとき隙を作られるなんて微塵も考えていなかった。それだけコウイチの成長速度は速いんだよ。俺の想像よりも剣術がうまくなっている」


 俺は少しだけ顔を向けると、グラウスは腕を枕にして寝転がった。


「昨日は防ぐだけで精一杯だった奴が一瞬とはいえ、俺の動きを止めた。もちろん、まだ実践では足りねぇんだが。それでも、予想よりは成長が早い」


「……そうか」


「ああ。だから、自身を持てコウイチ」


 布団の上で手を握ったり開いたりする。木剣の柄を握った時の感覚が、まだ手の中に残っていた。


「よし。明日はもっと実戦に近づけるからな! 覚悟しとけよ」


 グラウスは俺に背を向けて壁のほうを向いたまま、もうこちらを見ようとしない。もうこのまま眠ってしまうつもりだろうか。


「実戦か……」


「エイルの魔法も絡めて戦うんだ。楽しいぞ」


「……分かった」


 返事をしたところで、俺も眠たくなったのかあくびが出た。


 布団に横になった瞬間、まぶたが重くなった。


 目を閉じるとグラウスの動きが一瞬だけ止まった場面が、頭の中で再生された。


 あれは、自分でも良かったと思う。


 でも、そのあとすぐに反撃をされた。


 まだまだだ。明日からはもっと、相手の動きを見て、油断をすることなく戦おう。


 そう思ったところで、意識が闇へと沈んでいった。

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