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第32話 体が追いつかない

 目を覚ました時、最初に見えたのは見慣れない木の天井だった。


 少し遅れて、ここがミリアの家の部屋だと思い出す。


 昨日の最後の記憶は、グラウスと打ち合っているときだった。


 食事のあとにもう一度訓練をして、グラウスの木剣が頭に落ちてきた。痛みというより、視界が白くなって、周りの声が遠くなって、そのまま何も分からなくなった。


 だから、自分でここまで戻ってきた覚えはない。


 布団に横になっているということは、誰かが運んでくれたのだろう。たぶんグラウスか、ミリアの父親か。そのあたりを考えようとして、頭の奥に鈍い重さが残っているのに気づいた。


 痛みとは少し違う。


 寝起きのぼんやりとは違って、頭の中だけがまだ昨日の衝撃を覚えているような感じだった。


 体を起こしてみる。


 腕は動くし肩も脇腹も足も、一日中動いていたのに痛くない。


 昨日あれだけ木剣で打たれたのに痛みは全く感じなかった。フィーアの回復魔法が効いているのだろうか。


 ただ、体が動くことと、全部が元通りということは違うらしい。


 首を軽く回すと、頭の奥が少し遅れて揺れた。


「……うわ」


 小さく声が漏れる。


 横を見ると、グラウスがまだ寝ていた。


 大きな体を横向きにして、何の警戒もない顔で寝息を立てている。昨日、俺を気絶させた本人がこれだけ普通に寝ているのを見ると、少しだけ腹が立つ。いや、気絶したのは俺が弱いからなのだろうけれど、それはそれとしてだ。


 そう思っていると、グラウスの目が開いた。


「……起きてたのか」


「ああ」


「頭は?」


「ちょい少し重いな」


「なら、まあ平気だな」


 グラウスはそれだけ言うと、のそっと起き上がった。


「昨日は悪かったな。ちょっと強く叩きすぎたぜ」


 首の後ろを書きながらあくびをする。


「ちょっとで気絶するのかよ……」


「まぁな。でもよく眠れただろ?」


 そう言うと、グラウスは少しだけ笑った。


「よっしゃ。飯食ったら軽く動くぞ」


「……やっぱり続けるんだよな」


正直、フィーアの回復があると言っても、打たれた瞬間には痛みを感じる。容易い訓練では全くなかった。


「当たり前だろ。あと四日はあるんだから覚悟しとけよ?」


 圧に押されぬように自我を保って、俺は気合を入れようと肺の中の空気を一気に吐き出した。


 窓の外はもう明るい。農場の朝は早いらしく、外からは誰かの声と、家畜の鳴く声が聞こえていた。


 ***


 朝食のあいだ、ミリアには何度も頭は大丈夫かと聞かれた。


 大丈夫だと思う、と答えるたびに、フィーアがこちらを見てくる。目つきはいつも通り悪いが、何か観察をするようにじっと見てくるので異変がないのかをチェックしてくれてるのかもしれない


「気持ち悪くなったらすぐ言いなさいよ。普通そうに見えても昨日は、だ・れ・か・さ・ん、が頭を強打したんだから」


「あ、あぁ」


 朝食を済ませると、俺たちは昨日と同じ空き地へ向かった。


 ミリアとアレンは農場の手伝いに回り、エイルもそちらへついていった。フィーアだけが、昨日と同じように本を数冊抱えてついてくる。


 空き地に着くと、グラウスは手に持つ木剣の一本を俺へ投げてくる。


 受け取った瞬間、手のひらが勝手にこわばる。昨日一日握り続けた感触が、まだ残っているようだった。


「昨日は、俺の攻撃を防ぐところまでいけたな」


 グラウスが木剣を肩に担ぐ。


「それと、最後に少しだけ打ち返すこともできたな」


「少しだけな」


「ああ。でも、それができたのは確かだ」


 グラウスは俺を見る。


「今日はその続きだ。受けて終わりじゃねぇ。受けたあとは耐えて余裕があれば短く反撃する必要がある」


「反撃って、攻撃するってことか?」


「勝つためじゃねぇぞ? 相手の動きを一瞬止めるためだ」


 グラウスは木剣を軽く振った。


「受けるだけだと押され続ける。押され続ければ、そのうち崩れる。だから短く返して間を作るんだ。うまい戦いってのは間の作り方にどれくらい熟達しているかだ。昨日の最後、コウイチが少しだけやったやつだな」


言われて記憶を振り返る。確かに打ち返したが、あれはまぐれのようなものだった。意識してそんなことができるとは思わない。


「……なかなか難しくないか?」


「難しいな」


 当たり前みたいに言われた。


「でもやる。討伐に行くなら、それくらいできねぇと話にならねぇな」


「そうか、分かった」


「意外と思い切りがいいじゃねぇか! じゃあ、昨日の復習からだ」


 グラウスが構える。


 俺も木剣を構えた。


 昨日、何度も見た攻撃。


 グラウスの足が沈み、肩が動く。木剣が上がった瞬間、昨日の痛みまで一緒に思い出しそうになる。腕に入った衝撃。腹を打たれた時の息苦しさ。


 だが、恐怖で止まれば一方的に攻撃を食らうだけだ。


 俺は木剣を斜めに出し、足を半歩ずらした。


 がつん、と木剣がぶつかる。


 衝撃は来た。


 でも、昨日よりは軽い。腕だけじゃなくて全身の筋肉をうまく使うように意識する。


「お」


 思わず声が出た。


 昨日あれだけ苦労した攻撃を、今はまともに受けられた。


 その一瞬、胸の奥が少しだけ浮く。


 やれる。


 そう思った時には、もう腹にグラウスからの攻撃が打ち込まれていた。


「ぐっ……!」


 息が詰まる。


 気づけば、グラウスの木剣が俺の腹に当たっていた。最初の一撃を受けたあと、そこで終わったと思った俺の隙に、二撃目がきれいに入っていた。


 膝が落ちる。


「油断したな」


 グラウスの声が上から降ってくる。


「一撃防いで満足するんじゃねぇよ。敵に殺意があれば当然殺しに来ると思え。戦闘中に一喜一憂してるようじゃまだまだだぜ」


「……くそ」


 グラウスは一歩下がる。


「グラウス、もう一回だ」


 俺は腹を押さえながら立ち上がった。


 フィーアの回復魔法が軽く飛んできて、腹の奥に残っていた痛みが薄くなる。


「ほら、頑張りなさいよー」


 フィーアからの軽い声援に返事をして俺は木剣を構え直した。


 ***


 午前中は、何度も二撃目を食らった。


 右上からの打ち込みも、横からの薙ぎも、少し低い位置からの払いも、来ると分かれば木剣を合わせることはできる。もちろん全部がきれいに受けられるわけではないし、腕に響く衝撃は相変わらず重い。


 それでも、一撃目には反応できるようになっていた。だから昨日とは違っていた。


 問題は、そこからだった。


 木剣同士がぶつかった瞬間、次の動きが予想できない。俺が判断をしている小さな遅れを、グラウスは見逃さなかった。


 腹に入る。肩を叩かれる。腕を打たれる。足を払われる。


 同じ失敗をしているつもりはないのに、倒されるたびに自己嫌悪に陥る感覚だった。手をついて立ち上がるたびに無気力感に襲われる。


「——受けたあとに剣が下がってる」


「——剣の動きを止めるな」


「——目線が剣に行きすぎだ。俺の動きをもっと見ろ」


「——打ち返すなら小さく返せ。大きく振りかぶりすぎだ」


 グラウスは昨日よりも細かく修正点を伝えてくれる。


 ただ打って終わりではなく、俺の腕の位置を直し、足の向きを変え、木剣をどの高さに戻すかまで何度もやらせる。少しでも雑になると、その部分を突いて木剣が飛んできた。


 グラウスから言われたことは理解しているつもりだ。


 でも、実際に動きに落とし込めない。


 受けて、流して、判断する。その三つをやっている間に、グラウスの二撃目はもう始まっている。頭では次にも攻撃が来ると理解していても、何処から来るのかわからなくて、一瞬腕が固まり、足が遅れ、そのたびに木剣が体のどこかへ入った。


 それでも、午前の終わりが近づく頃には、ほんの少しだけ変わっていた。


 一撃目を受けたあと、木剣を下げない。


 足を止めない。


 次が来ると思って、相手の動きを注視する。


 それだけで、二撃目を完全に食らう回数は減った。


 すべて防げるわけではない。


 でも、さっきまでただ闇雲に動かしていた木剣を、少しずつ思い通りに動かすことができるようになってた。


「お、今のは惜しいぜ」


「どこに打ち込むのか分かってたのに、体が追いつかなかった……くっそ……」


やろうとしていることができない。最初に比べて成長したからこそ、どう体を動かせばいいのかが分かってきた。だからなぜダメだったのかもわかる。だから、悔しくてもどかしかった。



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