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第31話

 木剣が肩に入った。


 受けたつもりだった。けれど、受けきれていなかったらしい。衝撃が腕から肩へ抜けて、遅れて鈍い痛みが広がる。


「っ……!」


 膝が少し落ちる。そこへすぐ、フィーアの回復魔法が飛んできた。淡い光が肩口をかすめて、痛みだけが薄くなっていく。


 俺は木剣を握り直した。


 それを、もう何度繰り返したか分からない。


 グラウスに木剣を直撃され、そのたびに痛みに悶え、すぐにフィーアに回復されて、またグラウスと打ち合う。そんなことを何度も繰り返しているうちに、陽は傾き、あたりは少しずつ暮色に染まり始めていた。


「はい。一回止めなさい」


 俺とグラウスの間にフィーアが入り込み、手を広げた。


「いや、まだいける」


 反射みたいに言い返すと、フィーアはムスッとした顔になる。


「あんたのために止めてるんじゃないわよ。私の魔法が重なりすぎてるの。一回きちんと回復し直すから、止まりなさい」


「……どういうことだ?」


 俺はさっきまでグラウスの攻撃を必死に受け続けていて、その間、フィーアの魔法が時々光って介入してくる、くらいにしか思っていなかった。


 肩で息をしながら膝に手をついて聞くと、フィーアは面倒くさそうにため息をついた。


「簡単にいえば今の状態っていうのは、一時的に痛みを消してるようなものなの。ちゃんと治すなら、一度それを外さないといけないわけ、分かったら歯を食いしばりなさい」


「……よく分からん」


「分からなくていいわ。ほら」


 そう言って、フィーアが指先を軽く振る。


「——っ!!」


 声にならない悲鳴が漏れて、その場に倒れた。


 全身を激痛が走る。立ってなんていられない。地面を転がり、うめきながら痛い場所から逃れようとするが、そんなことをしても意味はなかった。


 すぐにフィーアの魔法が飛んできて、淡い光が俺の体を包む。周囲がほんのりと温かくなり、同時に痛みがゆっくり和らいでいった。


 俺は荒い呼吸を落ち着かせながら、涙目になる。


「もうちょっと説明とかあってもいいんじゃないのか……」


「説明したところで、外さないといけないものは外さないといけないのよ。どうせ体感するんだから、こっちの方が早いじゃない」


「にしても、もっとやり方ってもんがだな……」


 そう言いながらも、体が明らかにさっきより軽くなっていくのが分かる。さっきまでの痛みが幻だったみたいに、きれいに消えていた。


「……にしても、本当に魔法ってすごいんだな」


「だろ? 特にうちのフィーアは格別だぜ? つい甘えて死にかける」


 なぜかグラウスが鼻高々に言う。


「あんた、ほんといつか死ぬわよ」


「その時は蘇生してくれんだろ、フィーア」


「そんな魔法は存在しないから。ほら、軽口叩いてる間にコウイチの体は元通りよ。これで思う存分ボコボコにできるわ。よかったわね、グラウス」


「良かったねなんて言うと、俺が楽しんでるみてぇじゃねぇか」


「あら、違ったの? これは失礼したわね」


「違うことはないけど」


「違うことねぇのかよ。否定しろよグラウス」


 まあ、俺が無理を言ってやってもらっている訓練だ。差し出せるものなんてはした金くらいしかないし、俺の体で払えるなら——いや、これはなんか違うな。


 それに認めていいのか。ボコされることを。


 俺はもう一度立ち上がって、木剣を構えるグラウスに向き直った。訓練を始めた時よりは、この剣も少し軽く感じるようになっていた。


 ***


 俺とグラウスがひとまず訓練を切り上げたのは、ミリアに夕食を呼ばれたからだった。


 食卓には、ミリアの父親とアレン以外が集まっている。


「あれ、お父さんとアレンはどうしたんだ?」


 グラウスが気づいて、あたりを見渡した。ソファーでくつろいでいる感じもしないし、外にいる気配もない。たぶん近くにはいないのだろう。


「ちょっと今、出かけているんです。何か話したいことでもありましたか?」


「いや、大丈夫だぜミリア。特に話したいことがあったわけじゃねぇんだが、押しかける形でここに来たまま挨拶もしてなかったからな。またでいいんだ」


「んもう! そんなこと気にしなくていいんだから!」


 キッチンからやってきたミリアの母親が、両手で料理を持ったままグラウスをお尻で軽く押し飛ばす。


「みんなはミリアのお友達でしょ。それならおもてなしするのは当たり前じゃない! それにね、今日はエイルちゃんが森でジャイアントラビットを見つけてくれたんだから、もう私テンション上がっちゃって! 料理作りすぎちゃったわ! これはみんなが来てくれたから食べられるお肉なのよ! 遠慮なんてしないで、自宅だと思ってくつろいでちょうだい!」


 早口で喋り終えると、ミリア母は素早い動きで肉の山を机に置き、そのまますぐにキッチンへ戻っていってしまった。


「そう言えばエイルの姿が見えねぇな」


「そ、それがですね……」


 ミリアが苦笑しながら説明しようとした時、廊下の方からすすり泣くような声が聞こえてきた。


「ひぃ、ひぃ……」


 俺とグラウスはドアから覗くようにして廊下に顔を出す。そこには風呂上がりらしいエイルが、寝巻きみたいな服に身を包み、髪をタオルで巻いたまま泣きながらこちらへ近づいてきていた。


「どどどど、どうしたんだよあれ! エイルが泣くなんてよっぽどだぞ!」


 グラウスがミリアに詰め寄って、耳元で尋ねる。


「それがですね。ジャイアントラビットを解体するときに、返り血を正面から全身に……」


「返り血を正面から全身に……」


 俺はその場面を想像してみた。目の前のジャイアントラビットから血が吹き出す光景を思い浮かべる。あまり気分のいいものではない。


「うわぁあああ!」


 そしてリビングに入ってきたエイルは、さらに大きな声で泣きわめいた。


 結局、俺たちはしばらくエイルを慰めることになった。


 ***


 食後、俺とグラウスはもう一度特訓をしていた。フィーア、エイル、ミリアの三人がその様子を見ている。


 相変わらず、グラウスは一定以上の攻撃をむやみに仕掛けてくるわけじゃない。大筋の流れは同じで、俺も少しずつ考えずに反応できるようになっていた。


 ただ、時々混ざる速度の違う攻撃を、俺はまだうまく捌ききれない。


 そして今も、その緩急を見極めきれずに一発食らった。痛みを感じるのと同時に、フィーアの回復魔法が飛んできて、その痛みがすぐに消える。


「くっそ……」


「だいぶうまくなってきたじゃねぇか」


「でも、全然ダメだろ。今だって……くっそ」


「まあ、そんな焦んなって。始めた時よりは動けるようになってんじゃねぇか。最初はボロボロだったのが、剣もスムーズに使えてる。その調子でいけば、実戦で戦えるようになるだけじゃなくて、昇格もすぐかもしれねぇな」


 木剣で肩をぽんぽん叩きながら、グラウスは余裕の顔でそう言ってのける。俺と同じか、それ以上に動いているはずなのに、回復魔法も受けていないグラウスは、俺よりずっと元気に動き回っていた。それだけで、どれだけ格上の相手なのかを改めて思い知らされる。


「グラウス、もう一本だ……」


 俺は木剣を構えてグラウスを睨みつける。けれど、視界が揺れていて、うまくグラウスの姿を捉えられない。


 背を向けたグラウスは、木剣を肩に乗せて何度か弾ませる。しかし、どこか考え込んでいるような雰囲気がある。顎に手を当て、斜め上の空を眺めていた。


「まあ、いいか」


 グラウスが本当に小さくそう呟いた直後、目の前で一気に距離が縮まった。


 一瞬で懐に滑り込まれる。俺は反射的に木剣を前に出し、さらに衝撃を殺そうとしてバックステップを踏んだ。


 特に考えた動きじゃなかったが、たぶんこれ自体は悪くなかったんだと思う。


 それでも反応は少し遅れていたらしく、俺はグラウスの木剣をまともに受けた。そのまま腕に衝撃が走り、一瞬だけ鍔迫り合いになる。


 すぐに横へ逃げようとした。だが、グラウスの方が早い。


 進路を塞がれた次の瞬間、木剣が振り下ろされた。


「——っ」


 頭の上に、鈍い衝撃が落ちる。


 痛みより先に、視界が白くなる。体が傾くのと同時に、意識が遠のいていく。何が起きたのか、うまく考えられない。


「——コウイチ、今のは悪くなかったぞ!」


「——ちょ、ちょっと何してるのよ!」


「——ままままずいですよぉ!」


「——こ、コウイチ様! コウイチ様!」


 どうやら俺は、自分がまずい状況になっているらしい。


 そこまで分かった時には、意識はもう完全に闇の中へ落ちていた。

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