第29話
グラウスたちは、食堂の隅の席にいた。
グラウスは腕を組んで椅子に座っていて、フィーアは皿の上のパンをちぎっている。エイルはコップを両手で持ってゆっくりと中のものを飲んでいるようだった。どうやらアレンも一緒にいるようだ。四人は朝飯を楽しんでいるというより、何かを話し合っている途中のような深刻な雰囲気が漂っていた。
俺たちが近づく前に、エイルがこちらに気が付いた。
「コウイチさん!?」
椅子が引かれる音がした。
フィーアもこちらをみて、ジト目で睨まれる。
「あんた……」
グラウスも顔を上げた。
一瞬目を丸くして俺を見る。
服の汚れや顔についた土。そして手に持った報酬袋。
じっくりと俺の全身を上から見ていたグラウスは徐々に険しい表情になっていく。
「お前、どこ行ってたんだ」
いつもより数段低い声だった。怒られているわけではないのはわかる。でも少しの恐怖を感じている自分に気が付いて、大きく息を吸い込んだ。
俺はテーブルの前まで歩いて、報酬袋を置く。じゃら、と硬貨が鳴って報酬袋の中身がテーブルに少しこぼれ出る。
「ジャイアントラビットを三体。倒してきた」
誰もすぐには喋らなかった。ミリアがとなりで息を呑むのがわかる。
アレンは眉を持ち上げて、小さくうなずく。言葉にはしないが、思っていたよりはやる、とでも言いたげだった。
エイルはコップを持ったまま固まっていた。
最初に動いたのは、フィーアだった。
「……はぁ。ちょっとここに座りなさい」
「え? なんでだよ」
「いいから、座りなさいって言ってるの」
自分が座っていた場所に強引に俺を押し込んだフィーアは、俺の顔を両手で持って観察したり、腕を出して脈を測ったりする。
俺はというと、椅子に座った瞬間に体から力が抜けて眠気に襲われる。
やっぱり座った瞬間に押さえつけていた疲労の波が襲ってきたようだ。
「怪我は?」
「大きいのはないと思うが」
「思うじゃなくて、痛いところとかはないの?」
足元を触診していたフィーアが顔を上げて睨んでくる。そうしながらも手元が淡く光って、俺の体にその光が吸い込まれていく。
「特にないんだが」
「そう。よっぽど頑丈なのね。見たところ怪我という怪我は、膝から出血くらいだと思うわ」
アドレナリンでごまかしていたのか、そこで初めて怪我をしていると自覚をした。そしてその傷もあっという間に治癒されていく。
「一晩中やってたんですか?」
エイルがウェイターから受け取ったコップを差し出しながら首をかしげる。
コップには水が入っていて、少し口に含むとレモン水のようだった。少し口内にしみる箇所があって、口の中も切っていたのだと気が付いた。
「……あぁ。見つけるのに意外と手間取ってな。朝方までかかった」
「ほんと馬鹿なのかしら、呆れるわ」
フィーアは両手を軽く広げて、肩をすくめた。
「悪い」
「謝るくらいなら初めから意地になんてならなければよかったのよ。とにかく休んだほうがいいわ。回復魔法は万能じゃないのよ」
ミリアが胸の前で手を握ってこちらに近づいてくる。
「本当に、お一人で……?」
「ああ」
「どうして……」
ミリアはどこか弱弱しく話す。
俺はすぐに答えられなかった。その代わりにグラウスを見る。
グラウスは座ったまま腕を組んで無言のまま表情一つ変えずにこちらを見てきている。
「さぁな。とにかく、それはパーティーで受けたジャイアントラビットの依頼の報酬だ」
俺はテーブルの上の袋を指した。
「いらねぇよ」
グラウスが言った。
「お前が一人で行って、一人で倒してきたんだぜ。受け取れねぇな」
「依頼はパーティーで受けたんだぞ?」
「だけどそれはお前が一人でこなしてきた。お前が受け取るべきだ」
「俺は……俺だけで倒したとは思ってない」
机の上にある木目に視線を逃す。グラウスを見ながらだとうまく話せない気がした。
「剣は、グラウスに教えてもらったし、怪我をしたらフィーアに治してもらっていた。エイルの魔法にも助けられたこともあったな。ミリアにもだ」
報酬袋を指で押す。
「これは俺にとって一人で得ることができた金じゃない。結果として一人で討伐してきたが、それができたのは皆が俺を助けてくれた過去があったからだ」
グラウスは黙ったままこちらをまっすぐに見てきていた。
「だからこれはその謝礼みたいなもんだ」
食堂のざわめきが、少し遠く感じた。木目を再び見ても、五人の視線を感じる。
「なら、なおさら受け取れねぇな」
グラウスは報酬袋からこぼれた金を袋に詰めなおす。そしてそれを俺の前に置いた。
「俺たちはお前から金をもらうために助けてやったわけじゃねぇんだ。これはお前が
持ってろ」
再び椅子に座ったグラウスは腕を組んで瞑目したまま何も言わない。
フィーアの手も、立っていたフィーアもいつの間にか椅子を持っていてミリアと一緒に座っていた。
「お前やっぱり討伐には来るっていうのか?」
ようやく、口を開いたグラウスはやはりこちらをまっすぐと見ていた。
「あぁ。行く」
俺も同じようにグラウスの瞳を見つめ返す。
「連れていかないって言われても、俺は勝手に受注して行くよ」
「コウイチ様……」
「コウイチ、今回ジャイアントラビットを一人で倒してきたことでそれだけボロボロになってるんだぞ? 俺たちが依頼されたヤツは低級モンスターとは全く違うレベル感の相手だ。お前が行っても足手まといになるだけだぞ」
「足手まといなのは分かってる。今すぐ戦力になるなんて全く言えない。だが、お荷物なんて言われて、そのまま納得してお留守番ってのは俺はごめんだ。グラウスたちに頼るつもりはない。俺は俺自身のために討伐に行く」
疲労と緊張で声がかすれる。すべてを言い終えてから深呼吸をした。
グラウスは俺の言葉を聞いてからしばらく何も言わなかった。
その沈黙は嫌に長く感じる。
「……はぁ、わーかったよ」
グラウスは立ち上がった。そのまま俺のテーブルを回り俺の横に立つ。
そして、力いっぱいの平手で俺の背中をたたいて、そのまま肩に手をまわした。
「俺が討伐までの間で鍛えてやる」
「鍛える?」
「あぁ。鍛えてやる。朝から晩まで気を失って倒れるまでだ。疲れても、怪我をしてもフィーアが治す。討伐には階級制限がかけられるはずだ。だから、その最低限の階級でも通じるだけの力をお前につけてやるよ」
「い、いいのか?」
「……フッ。お前、ほんとに面白れぇな! どうせ駄目だって言っても来るんだろ?」
「まぁ、な」
「なら俺が鍛えてやったほうがまだ生き残る可能性があるってもんだ。今のお前のままじゃ、一瞬で終わり、かもしれねぇからな」
見上げるとグラウスは微笑んでいた。
「笑えねぇぞ……」
「だろ? だから俺が特訓してやんよ」
「特訓ってまさかあんた、またあれやろうとしてんじゃないでしょうね」
フィーアがグラウスを睨んでいる。またというからにはどうやら心当たりがあるようだ。
「当たり前だろ?」
グラウスは悪びれせず、ケロっとした表情でそう答えた。




