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第21話

 森から戻る頃には、昼を少し過ぎていた。


 森の中を歩いているあいだ、アレンはほとんど喋らなかった。


 来た時も口数は少なかったが、帰りはそれ以上だった。仕留めた獲物を持っているせいもあるだろう。けれど、それだけではない気もした。


 水場は、ほとんど干上がっていた。


 そこに残っていた濁った水。悪い色をした草。虫や小動物の少なさ。そして、エイルが感じ取った異常な魔力。


 俺には詳しいことは分からない。


 分からないが、良くないものを見たのだということくらいは分かった。


 農場へ戻ると、ミリアとフィーアがすぐにこちらへやってきた。


「どうでしたか?」


 ミリアが心配そうに聞く。


 グラウスは少しだけ考えてから答えた。


「水場はほとんど干上がってた。エイルが言うには、家畜小屋に残ってた魔力とかなり近いらしい」


「それって……」


「ああ。上流で何か起こってるんだろうな。ただ、見に行かねぇことには何とも言えねぇ」


 その一言で、ミリアの表情が少しだけ固くなった。


 フィーアは腕を組んで、グラウスを見る。


「今から行くの?」


「ああ。行けるところまで行って、必要な情報を集める。こいつはギルドに持っていく必要がある案件だぜ」


 グラウスの声は、いつもより少し低かった。


 エイルも、杖を握る手に力を入れている。さっきまで水場で感じ取った魔力のことを考えているのか、表情は硬い。


 ただ見に行く、という顔ではなかった。


「俺は残る」


 考えるより先に、口から出ていた。


 グラウスがこちらを見る。


「いいのか?」


「いいも何も、今の俺がついていっても邪魔になるだけだろ」


 昨日の戦いを見ている。


 あの異常なジャイアントラビットたちを前に、俺はほとんど何もできなかった。


 今回のように原因を探りながら上流へ向かう調査に、俺がついていってもしも戦闘が始まるようなことがあれば。


 確実に俺が足を引っ張る。


「正直、気にはなる。でも、今の俺が行く場面じゃないと思うだ」


 そう言うと、グラウスは少しだけ目を細めた。


 それから、にっと笑う。


「いい判断だ」


 グラウスは軽く俺の肩を叩いた。


「無理についてくる奴より、今の自分にできることを見て動ける奴の方が長生きする」


「それは大事だな」


「あぁ。死んだら終わりだからな」


 さらっと言われた言葉が、妙に重かった。


 フィーアは自分の荷物を取りに家の方へ向かいながら、ちらりとこちらを見る。


「まあ、それでいいんじゃない。昨日あれだけ吹っ飛ばされたんだから、今日は大人しくしてなさいよ」


「お前、もう少し言い方ってものがあるだろ」


「事実を柔らかく言う意味ある?」


「良いんだグラウス。そのとおりだからな」


「心が折れたら治してあげるわよ。たぶん」


「たぶんかよ」


 フィーアはふんと鼻を鳴らして、そのまま家の中へ入っていった。


「コ、コウイチさんも、無理はしないでくださいね。昨日の怪我の疲労も完全に抜けたわけではないと思いますし……」


「あぁ。そうだな。無理はしないようにするよ」


 フィーアが戻ってきた。薬袋を肩にかけ、手元には小さな杖を持っている。


「ミリア」


 呼ばれたミリアが、すぐに顔を上げる。


 フィーアはそこで少しだけ目を逸らした。


「……何かあったら、逃げるのよ。いいわね」


「はい。ありがとうございます、フィーアちゃん」


 それを聞き届けたフィーアは、足早にグラウスの方へ向かう。


 ミリアは少しだけ嬉しそうに笑っていた。


 家の前には、ミリアの父親と母親も出てきていた。アレンは父親の少し後ろに立っている。森にいた時とは違って、また少しだけ控えめな雰囲気に戻っていた。


「調査に行くと聞いたんだが、本当にいくのか?」


 父親が短く言った。


「ああ」


 グラウスが頷く。


「調べられるだけ調べて、危なけりゃ退く。集めた情報はギルドに提出するよ」


「そうか。すまない」


 父親はそれ以上何も言わなかった。


「いいんだ。冒険者ってのはこういうときのために無駄に強くなってんだぜ」


 母親は心配そうにしながらも、無理に止めることはしない。


「気をつけてね」


「もちろんだ。今回は調査だけのつもりだしな。じゃ、いくか」


 グラウスは軽く手を振り、森へ向かう道へ歩き出した。


 エイルがその後を追う。フィーアも続いた。


 三人の背中は、農場の柵を抜け、ゆるやかな道を進み、やがて森の方へ小さくなっていった。


 完全に見えなくなってから、俺は息を吐いた。


「……さて」


 何をするか。


 そう思ったところで、ミリアがこちらを見た。


「コウイチ様は、少し休まれますか?」


「いや」


 俺は首を横に振った。


「何か手伝えることあるか?」


「え?」


「飯も寝床も世話になってるしな。じっとしてるより、何かしてる方がいい」


 そう言うと、ミリアの顔がぱっと明るくなった。


「本当ですか!」


「ああ。力仕事くらいならできるはずだ」


「助かります! かーさん!」


 ミリアが振り返って声を張る。


 すると、家の中へ戻りかけていた母親が勢いよく振り向いた。


「なぁにー?」


「コウイチ様が手伝ってくださるそうです!」


「あら!」


 その瞬間、母親の目が輝いた。


 まずい。


 これは、何かのスイッチを押してしまった気がする。


「本当に? いいの? 遠慮しないわよ?」


「できれば少しは遠慮してもらえると助かります」


 一応、俺はまだ療養らしいから。


「じゃあ、まず干し草でしょ。それから餌桶と水桶を見て、小屋の藁も替えたいのよねぇ。あと柵も昨日の風で少し緩んでるところがあったから見てほしいし、畑の方も少し手が足りてないの。薪も運びたいし、納屋の奥に積んである道具も出したいし――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 俺は思わず手を上げた。


「もう覚えられないんだが?」


「あらやだ、まだ半分も言ってないわよ」


「半分も!?」


 農場の仕事、思っていたよりずっと多いらしい。


 ミリアは横でくすくす笑っていた。


「大丈夫です。私も一緒にやりますから」


「頼む。絶対に頼む」


「はい。まずは干し草から行きましょう!」


 そう言って、ミリアは納屋の方へ歩き出した。



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