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第13話 森で昼食

 門を出てしばらくすると、腰の剣の重みがじわりじわりと気になり始めた。

 歩くたびに鞘が腿へ当たる。まだ自分のものとして馴染んでいないせいもあるし、今まで剣を腰につけることなんてなかったわけだ。しかし同時にこの世界では頼もしい相棒になることもよく理解している。


 道そのものは歩きやすかった。人も馬車もよく通るからか、街道はしっかり踏み固められている。すれ違うのは牧草地から戻る農夫や、荷を引いた行商人たちばかりで、昨日みたいにいきなりモンスターや魔物と鉢合わせる気配はなかった。


 昨日、俺がやってきた草原とは少し方角が違うようで、周囲の景色が全く別物に見える。左手にはゆるやかな丘が続き、右手には雑木林がぽつぽつと点在していた。空は高く、雲は薄い。日差しもやわらかくて、散歩にはちょうどいいくらいの陽気だ。


「しばらくはこのまま道なりだ。特に迷うこともねぇし、この辺は昼間ならまず危ないもんも出ねぇ。のんびり行こうぜ」


 先頭を歩くグラウスが振り返って言う。


 その言葉に皆がそれぞれ返事を返す。俺も軽く頷きはしたが、正直なところ、景色を楽しむ余裕はまだあまりなかった。二時間歩くこと自体もそうだが、その先で待っている訓練と討伐の方がずっと気になっていたからだ。


 今日は昨日みたいに、素手でどうにかするわけにはいかない。


 腰の剣に触れる。頼もしいような、まだ早いような、妙な気分だった。


 ***


 二時間ほど歩いて、俺たちは目的の場所へたどり着いた。


 森の中とはいえ、人気がないわけではない。少し離れたところでは、俺と同じような新米冒険者らしき連中が年上の誰かに剣の振るい方を教わっていた。訓練場と言うには自然に近すぎる気もするが、危ない場所でもないらしい。


「ここら一帯は比較的弱いモンスターが出るんだ。訓練がてら新人を連れてくるにはちょうどいい。今回の依頼内容のジャイアントラビットも、この先を少し入った辺りにいるぞ」


 そう言って、グラウスが森の奥を指した。


「それよりも、ご飯にしましょう。私お腹が空いてもう動けないわ」


 フィーアが真顔で言う。


「わ、わたしもですぅ……」


 エイルがこくこく頷く。


「そういや昼時か。飯にすっか」


 グラウスもあっさり賛成した。


 確かに朝食からだいぶ時間が経っている。ギルドで食べたのはスープにパン、それに少し腹の足しになるものが付いていただけだ。長くもつ食事ではなかったし、歩き通しだった今となっては腹が鳴るのも仕方がなかった。


「腹が減っては戦はできぬ、ってやつだな」


「はい! 今日、母が持たせてくれたお昼は、どれも元気が出るものばかりなんです!」


 ミリアが拳を握って力強く言う。その勢いに、エイルとフィーアの目がきらきらと輝いた。


 ミリアはすぐざま大きめの布を取り出して地面へ広げた。皆でその周りに座っていく。俺の隣にはグラウスとミリア、向かいにはフィーアとエイルが座った。


 そして、ミリアが布袋の中身を出し始めた瞬間、俺たちは揃って言葉を失った。


 サンドイッチ。肉の入ったパイ。果物。干し肉らしきもの。小さな焼き菓子まである。しかも一品二品では終わらない。どんどん中央へ並んでいき、五人で食べる昼食というより、ちょっとした持ち寄りの宴会みたいになっていった。


「……お、多くないですか?」


 エイルが引きつった声で言う。


 実際、多い。五人分と言われても素直には頷けない量だった。


「そうですか? たくさん動く日ですし、これくらいは普通かと」


 ミリアは本気で不思議そうな顔をしていた。


「もともと母はたくさん作る人なんですけど、今日は特に張り切っていました。命の恩人のみなさんのためにって」


「いや、張り切りすぎだろ。これ昼飯だけなんだよな?」


 思わず聞くと、ミリアは少しだけ視線を泳がせた。


「……そうですね。少し多いかもしれません。でも、余ったら私が食べますから! 遠慮なくどうぞ!」


 少し申し訳なさそうにしながらも、最後は胸を張る。たぶん本当にそうするつもりなんだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えるか」


 俺は手近にあったサンドイッチへ手を伸ばした。


 今朝ギルドで食べた黒パンと違って、ふんわりと柔らかい白いパンだ。軽く押すだけで指が沈む。中にはハムと野菜、それに乳白色のソースが見えた。


 一口かじる。


 すぐに、思わず声が出た。


「うっま!」


「でしょう!」


 ミリアがぱっと顔を明るくする。


 パンはしっとりしていて、噛むと甘みがある。ハムの塩気と野菜のしゃきっとした歯触り、その間をまとめるソースも濃すぎずちょうどいい。異世界に来てから食ったものの中で、今のところ文句なしに一番うまかった。


 促されるまま、グラウスたちもそれぞれ手を伸ばす。


 グラウスは感想を言う前にひとつ目を平らげ、二つ目へ手を伸ばした。


「こりゃうまいな! 確かにこの量でも食えそうぜ!」


 フィーアはひと口食べてから、少し悔しそうに口を開く。


「……本当においしいわね」


 エイルは目を丸くしたまま、こくこくと何度も頷いていた。


「こ、こんなにおいしいサンドイッチ、初めて食べましたぁ……!」


「良かったです! 母に伝えたらきっと喜びます!」


 ミリアは自分が褒められたみたいに嬉しそうだった。


「これは今晩も楽しみだなぁ」


「はい! それはそれは美味しい食事を作ってくれるはずです、母が」


 そう言って、ミリアはようやく自分もサンドイッチを手に取る。


 食事はそこからすぐになるなっていった。


 最初は多すぎると思った量も、いざ食べ始めると不思議なくらい箸……いや、手が止まらない。サンドイッチが消え、パイが減り、果物までしっかり腹に収まっていく。気がつけば、さっきまで山のように見えた昼食はかなり片付いていた。


 残ったのはデザート代わりの小さなパイと、飲み物くらいだ。


 木々のざわめきと、遠くから聞こえる誰かの掛け声。日差しはほどよく暖かく、腹も満たされた。こうして座っていると、森の中だということを忘れそうになる。


 俺はパイをかじりながら、少しだけ空を見上げた。


 気持ちがいい。


 いっそこのまま横になって、しばらく何もしないでいたいくらいだった。


「さて、コウイチ」


 その考えを見透かしたみたいなタイミングで、グラウスが立ち上がった。


「お前、まさかこんなところまで来た目的を忘れてねぇだろうな?」


 ぎくり、と背筋がこわばる。


 忘れてはいない。忘れてはいないが、つい忘れてしまおうとしたのは事実だ。


「……当然だ。ジャイアントラビットの討伐だろ?」


「よろしい。とはいえ、いきなり本番は無理だろうし、まずは軽く稽古だ」


 そう言って、グラウスがこちらへ手を差し出してくる。俺はその手を借りて立ち上がった。


「稽古って、何をするんだ?」


「そりゃ、剣の握り方から振り方、立ち方、間合いの取り方、そのへん一通りだ。使ったこともねぇ剣でいきなり獲物を狩れるほど甘くねぇからな」


 そこで、グラウスは俺の腰の剣へ視線を落とした。


「ところでコウイチ。お前、本当に剣を振ったことはねぇのか?」


 その問いに、一瞬だけ昔の記憶がよぎる。段ボールで作った剣を振り回して遊んだことならある。だが、あれを経験に数えるのはさすがに違うだろう。


「ないな。まともなのは一度も」


「そうか」


 グラウスはあっさり頷いた。


「斧くらいはあるか?」


「薪割りなら、興味本位で少しだけ」


「興味本位で薪割り?」


 フィーアが胡散臭そうにこちらを見る。


「あんた、案外いいとこの坊ちゃんだったりするの?」


「いや、全然違うが?」


 そう返したものの、この世界の常識が分からない以上、下手な説明は逆効果な気がした。俺が言葉を濁していると、グラウスが肩をすくめる。


「まぁ、そこは今どうでもいいか。大事なのは、剣を使うなら最低限は体に覚えさせといた方がいいってことだ。すっぽ抜けてこっちに飛んできたらたまったもんじゃねぇしな」


「それはそうね」


 フィーアが頷く。


「私たちは休んでるから、少し離れたところでやってちょうだい。近くでむさ苦しく素振りなんてされたらたまらないわ」


「ずいぶんな言い方だな」


「男二人で剣術の稽古。むさ苦しいのは事実じゃない?」


「それもそうか」


 フィーアの言っていることはもっともだ。ティータイムに勤しむ淑女たちすぐそばで真剣を振り回すのは危険だ。人のすぐ近くでやるようなことではないだろう。


「ま、とにかく。ここじゃ危ねぇからな」


 グラウスが森の少し奥、木々の間に見える開けた場所を顎で示す。


「行くぞ、コウイチ」


「ああ」


 俺は短く返し、グラウスの後を追って歩き出した。


 数歩進んだだけで、さっきまでの食後の心地よさが少しずつ遠のいていく。代わりに、腰の剣の重みがまたはっきりと戻ってきた。


 訓練だ。まだ実戦じゃない。


 そう分かっているのに、緊張しているのか喉の奥は少しだけ乾いている気がした。


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