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第11話 朝のギルド

 食堂へ入ると、そこは昨晩の喧騒とは別の場所みたいに静かだった。


 酒と笑い声で埋まっていたテーブルは半分ほど空き、座っている客も騒いではいない。地図を広げて小声で話す連中、依頼書らしき紙を睨んでいる女、朝食を取りながら本を読んでいる老人――どの卓にも、仕事前の張りつめた空気があった。


「朝のギルドは夜と全然違うな……」


 昨夜との落差に妙な違和感を覚えながら、俺は窓際の小さな席へ腰を下ろした。


 すぐにウェイトレスが来る。


「食事にされますか? それとも飲み物だけでしょうか?」


「食事にする」


「了解しました。少々お待ちくださいね」


 メニューはないらしい。選ぶのは食うか食わないか、それだけ。メニューを渡されてその中から選ぶものだと思っていたから拍子抜けした。


 俺は窓の外へ目をやる。

 いつもなら、こういう待ち時間はスマホを触って潰している。だが、そのスマホは今、門番に預けたままだ。返ってきたところで、この世界で電波が入るとも思えないし、電池もない。


 手持ち無沙汰なはずなのに、不思議とこの時間は悪くなかった。


 窓から差し込む朝日がテーブルの端を白く照らしている。木目のざらつきが、光の角度ではっきりと見える。日本にいた頃、こういうものをちゃんと見る余裕なんて、たぶんなかった。


 スマホを持たない朝が、こんなに静かだなんて――少し可笑しい。


「お、見つけたぜ。コウイチ」


 入口の方から聞き覚えのある声が飛んできた。


 顔を上げると、片手を上げたグラウスがこちらへ歩いてくる。少し寝ぼけた顔の後ろに、フィーアとエイルも続いていた。


「もう頼んだのか?」


「あぁ。一応。やり方が合ってるかは分からないが」


「食事って言えば通るさ。問題ねぇ」


 俺が立ち上がって席を四人座れる席へ動こうとすると、グラウスがそれを手で制した。近くの二人席を軽々と持ってきて机をくっつけ、フィーアとエイルが椅子を二脚運んでくる。


 グラウスが正面、エイルがその隣、そして俺の隣には――


「げ……」


「なーによ、その反応。失礼ね」


「いや、すまん」


 フィーアが座った。


 昨夜の酔いっぷりが頭に焼きついているせいで、どうしても身構えてしまう。今日も距離が近い。こいつ、素なのか酒のせいだったのか、いまだに判別がつかない。


「……二日酔いは大丈夫なのか?」


 話題を選び損ねたと思った時にはもう遅かった。フィーアがじろりと睨んでくる。


 身長が低いから威圧感そのものは薄い。だが眼光だけは鋭い。油断したら本当に喉元を裂かれそうな目だった。


 けれどその睨みも一瞬で、フィーアはすぐに澄ました顔に戻る。


「あんた、私の職業を知らないとは言わせないわよ? ヒーラーなんだから、二日酔いくらい治せるわ」


「治したってことは、二日酔いだったんだな」


「あのね、本気になれば回復魔法をかけながら飲んで酔わないことだってできるの。昨日は……たまには酔いたい気分だったってだけよ」


 その横でグラウスが肩を揺らして笑い、机の下から脛を蹴られていた。


「いてぇ。フィーアの“たまに”は、だいたい”いつも”なんだよなぁ」


「うるさいわね」


 また蹴られているのに、グラウスはまだ笑っている。痛みに強いのか、こういう役回りに慣れているのか、その両方か。


「こ、コウイチさんは……昨日、ちゃんと寝られましたか?」


 対角からおそるおそる声をかけてきたのはエイルだ。今日はローブを被っていないせいで、寝癖が大爆発していた。芸術作品みたいな頭になっているのに、本人は気がついていないのか気にしていないのか隠すつもりはないらしい


「色々あって体は痛かったけどな。疲れてたし、寝ようと思えば寝れた」


「聞いてくれよ。こいつ、俺が宿代出したのにベッド取りやがったんだぜ?」


「公平な勝負に勝った結果だし、お前も納得してただろうが」


「まあな。で、そのあとが面白くてよ――」


 そこで食事が運ばれてきた。二人のウェイトレスが皿を並べていく。


「――こいつ、ベッド壊しやがったんだよ」


「えええ?」


 エイルが素で驚いている。説明を省きすぎだ。


「壊したっていうか、勝手に壊れたんだ」


「あぁ、あれはあくまで事故だよな」


 目の前に並べられた朝食を見る。黒パンが二切れ、豆のスープ、卵とベーコン、それに野菜が少し。質素だが量はしっかりある。


「そういえば、ミリアは?」


「朝一で村に戻ったわ。お昼前に城門で待ち合わせ。だからあんまりのんびりもしてられないわよ」


 そうだった。そんな話をしていた。


 言いながらも、フィーアのパンを口へ運ぶ速度は妙に速い。どう見てもミリアと合流するのを楽しみにしている。


「なら急いだ方がいいな」


 黒パンを齧る。案の定、硬い。


「かってぇ……」


「スープに浸すといいぜ」


 グラウスに言われた通りにすると、パンはじわじわ柔らかくなって、口に入れた途端ちょうど感触と程よいいい塩気が広がった。


「お、うまい」


「だろ?」


「最初からこうやって食うものだったのか」


 グラウスもエイルも当たり前みたいにそうして食べている。フィーアはというと――


「……何よ」


「お前、それそのまま食うのか」


 フィーアだけは黒パンを素のままバリバリ噛み砕いていた。顎が強すぎる。スープは別で飲み、パンはパンで独立して処理している。


「食べ方に文句ある?」


「いや、ちょっとだけ人間離れしてるなと思って」


「バカっ」


「いって!」


 蹴りが飛んできた。グラウスの時より容赦がない。



 ***



 食事を終えた俺たちはクエストボードの前に立った。


「で、どれを取るんだ? 冒険者としては初日だろ、俺」


「そうだな……」


 グラウスが腰に手を当て、板を見上げる。


「本音を言えば、今日は訓練だけで終わらせたい。初日だしな。だが金がねぇ。俺たちも懐が軽いし、お前もそうだろ」


「いや、俺は少し手に入った。昨日の討伐で報酬が出た。一万ルクス」


「……は?」


 三人とも同時にこっちを見た。


「何してたのよ、朝から」


「降りてきた時、受付に呼ばれて、そのまま話が進んだんだ」


「受付、セレナさんでしたか?」


「セレナさんかはわからんが、丸眼鏡の人だったぞ」


「その人がセレナさんですよ。仕事が早いので有名なんです」


 エイルがこくこく頷く。どうやらあの丸眼鏡——セレナは仕事の早さで知られているらしい。


「一万か。異常種の討伐なら、まあそんなもんだな。なら話は早ぇ」


 グラウスが視線を板へ戻した。


「まず武器を買うぞ。お前、まだ丸腰だろ? 見たところモンクじゃなさそうだしな」


「モンク?」


「拳が武器のやべぇ連中だ」


「拳が武器?」


「そう拳が武器」


 グラウスは板を見回した。上の方はもうかなり剥がされている。高そうな依頼から消えているのが、文字が読めなくても何となく分かった。


「初心者向けって、まだ残ってるもんなのか?」


「残るさ。割に合わねぇからな。稼げる依頼と、見栄の張れる依頼から先に消える。簡単でも時間がかかって稼ぎの悪いもんはよく残ってんだよ」


 そう言って、一枚を剥がした。


「ほら、あった」


 紙を俺に見せる。文字は読めないが、グラウスが指で叩いた場所を順に説明してくれた。


「ジャイアントラビット討伐。数は三体。報酬は一体につき四千ルクス、素材は買い取り可能」


「ジャイアントラビット……でかいうさぎだよな? どのくらいでかいんだこいつ」


「犬くらいね」


 フィーアが答える。


「すばしっこいけど、毒も角もない。攻撃力だって弱いし、逃げ足が面倒なだけで、初心者が相手するにはちょうどいいわ」


「わ、私もいいと思います……私の初級魔法でも十分通りますし、コウイチさんの補助もしやすいです」


 全員の意見が揃った。


「よし、決まりだ。受けに行くぞ」


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