第144話 お客様方が帰られまして
「それでは、俺たちは帰るな。ザック、エステル、皆の者、ありがとう」
「ほんと、楽しい5日間だったわ。みなさんにはとても良くしていただきました。エステルちゃん、それからカリちゃん、お屋敷のみなさんもザックを頼みますね」
「こいつが理に適わぬことを言い出したら、いつものように止めるなり、叱るなりしてくれていいからな。わかっていると思うが、ただ従うのはダメだぞ」
「グリフィニアとファータのご両親にもよろしくね。話せないかもですけど」
「そのうち、グリフィニアに行くのも良いな。なあ母さん」
「そうね、大森林のお隣ですし」
「はいはい、しゃべりだすと長いんだから。もう行きなさい。こっちはわたしたちがちゃんと見てるので、地上のことは大丈夫よ」
「頼みますよ、シルフェ、ニュムペ、ドリュア」
「ケリュ、アレア、ニュムペもな」
「アル、クバウナさん、シフォニナさん、お願いしますね。シモーネちゃんもね。それからお屋敷のみなさんも……」
「はいはい、わかったわかった」
5日間滞在して、アマラ様とヨムヘル様が天界に帰る日の午後、到着したときと同じように屋敷の玄関前に全員が揃っておふたりを見送る。
シルフェ様が言うように、ふたりが話し出すと長くてなかなか帰ろうとしない。
「うむ、仕方ない、帰るか母さん」
「そうね。……ザック」
「はい」
アマラ様が眼の前に来るようにと手招きして俺を呼んだ。
「あなたは丈夫な子に育っているから、健康面は心配ありません。でもここは、一見平和なようで、まだまだ危険に満ちた世界です。ちゃんとした理由があるのなら、そういう危険に立ち向かうのをわたしたちは止めないけど、以前みたいに早く生を終えるのではなく、ここでは長く幸せに暮らすのがあなたのお役目ですよ。そうすればこの世界も、少しは前に進みます。それがわたしたちの願いですからね。わかった?」
「うん、あ、はい」
直ぐ前に立ったアマラ様は、特に乱れてはいないのだけど俺の服の乱れを直すように両手を差し伸べながら、優しい口調でそんなことを言う。
その肩越しの向うには、笑顔のような、でも仏頂面のような、少し極り悪そうにも見える不思議な表情をしてヨムヘル様が立って居る。
「うふ。じゃ、行くわね。ショコレトールとお菓子をお願いね」
「カーファもな」
微笑みながら俺から離れたアマラ様は、ヨムヘル様の横に並ぶ。するとおふたりは眩い光に包まれ、そして消えて行った。
前のその前の生のとき、独り暮らしで暫く顔を合わせていなくて、結局、生を終えるときにも会えなかった両親。
その彼らと最後に会った際に心に刻まれた面影と、光の中でにこやかに消えて行くおふたりの姿とが、俺には何故だか重なるのだった。
「やれやれ、やっと帰ったわね」
「放っておくと、あのままこのお屋敷に棲み着いてしまいそうでした」
「だって、ここって居心地が良いですもの」
「ドリュアさん、あなたもちゃんと帰るのよ」
「えー。うーん、はーい」
アマラ様とヨムヘル様を見送った俺たちは解散となり、精霊三姉妹のそんなやり取りを聞きながら屋敷の中に入る。
おふたりは天界に帰ったけど、まだニュムペ様とドリュア様、そして三武神のアレア様とミネル様、それにルーさんが残っている。
今日はもちろん訓練やら何やらはお休みにしたけど、そろそろ俺たちも人間の日常に戻らないといけないですよね。
エステルちゃんはエディットちゃんとシモーネちゃんを伴って、アマラ様とヨムヘル様に滞在していただいた部屋の片付けに2階へと上がって行く。アデーレさんは早々に夕食の準備だ。
ジェルさんたち皆もそれぞれの持ち場や仕事に向かい、特に何もすることのない俺と人外の方々はいつものラウンジに戻って、それぞれ思い思いに腰を落ち着ける。
今日のクロウちゃんはニュムペ様の膝の上で、キミは心地良い居場所を日替わりにしてるよね。
そこにカリちゃんとシフォニナさんが、紅茶やカーファを淹れて持って来てくれた。
それで、この方たちはこれからどうするのですかね。
「まずは金竜のところだな。先の話し合いで、アルとクバウナさんに行って貰うことにしたのだが」
「そうじゃの。あまり行きたくはないが、早い方が良いじゃろう」
「行きたくないは余計よ、アル。でも、間を置かず行くのが良いでしょうね」
アルさんとクバウナさんがドラゴンの統領である金竜のエンルさんの宮殿に行って、ドワーフ王国を襲撃した魔物軍団の足跡を配下のドラゴンに探って貰うのを頼むためだ。
もちろん、今回の襲撃事件のあらましをエンルさんに話すことも含まれる。
「そうしたら頼めるか、アル、クバウナさん」
「分かり申した」
「はい、任せて」
「ならば俺も一緒に行くかな。どうせ大陸の東の旅の途中であったし。それに、出来事の詳細は俺から話した方が良いだろう」
そう言って、アレア様が一緒に行くことになった。
「ミネルも行くか?」
「えー、わたしはいいや。エンルさんって話が長いし、そこにアルが加わったら、きっと面倒臭いでしょ。アレアとクバウナさんに任せます」
「わしが加わると面倒臭いとは、どういうことじゃ」
「それはみんな知ってますよ」
「口煩いトカゲの爺同士だからな」
さすがに最高神のおふたりが居たときは、皆は幾分大人しかった気がするけど、どうやらいつも調子に戻ったみたいだ。
「カリはどうする?」
「えーと、わたしも一緒にとも思ったですけど、行くならザックさまとエステルさまと一緒にの方が良いので、こちらが落ち着いてからあらためて行くであります」
ドラゴン3人で行くのならあっと言う間だと思うけど、カリちゃんがそう言うのなら、それが良いですかね。
俺も王都屋敷に戻って来たばかりでいろいろあったので、少し落ち着いてこれからのスケジュールを立てないとだし。そこら辺は秘書のカリちゃんが分かっている。
「そうね。あなたはその方が良いわ。そうしたらアル、明日の朝にでも出掛けましょうか。アレアさんもいい?」
「そうするかの」
「俺もそれで良い」
「ミネルはどうするのだ?」
「わたしはルーを送って行くわ。だったらわたしたちも同じときにでいい?」
「それでお願いします」
「ニュムペさんとドリュアさんは?」
「わたしは帰ります。クバウナさん、明日出掛けるときに一緒に乗せて貰って、ナイアの森で降ろしてくださいますか?」
「はい、いいですよ」
まあニュムペ様はご近所さんなので、いつでも会えるしね。
「ドリュアさんはどうするの?」
「えーと、もう少し居てもいいかな。わたしはなかなか来られないんだし。ね、シルフェ姉さん」
「もう、あなたは。ザックさんに聞きなさい」
「えと、ザックさん……」
「世界樹の方で支障がなければ、いいですよ」
「あっちは大丈夫。そうしたら、もう少し居させて貰いますわ。ありがとうございます」
確かに、大陸の東の端にある世界樹までは5千キロは離れているので、なかなか行き来が出来ないよね。
まあそのまま居着くということは無いだろうから、好きなだけ滞在して貰って良いですよ。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、朝食を食べ終えたアルさんはアレア様を乗せ、クバウナさんはニュムペ様を乗せて、ナイアの森経由、金竜さんの宮殿に向かって訓練場から出発する。
「ザック殿、また会おうな。次は魔法ありでもいいから、もういちど立ち会ってくれ」と、アレア様は途中から小声でそう言ってアルさんの背中に跳び乗った。
アルさんが白い雲に包まれて上空に上がると、ニュムペ様も「家族で過ごせた楽しい日々でした。またわたしのところに遊びに来てくださいね」と、するするとクバウナさんの背中に乗り、同じく上昇した白雲は大空でふたつの雲が並んで流れて行った。
「そしたら、わたしたちも行くわ。ルー、いい?」
「いいですぞ。では、また大森林で」
ミネル様とルーさんが並び、ふたりは微かな光に包まれて消えて行く。
転移魔法、いいなぁ。俺も修得できますかね。
「ザカリーさまならいけるんじゃない? わたしはちょっと無理そうだけど」とは、新たな師匠を見送るライナさん。
「ザックさまはその前に、重力魔法を極めて飛行を修得しないとですよ」
ああそうでした。カリちゃんの言う通り、俺ってまだ重力魔法による飛行が上手く出来ないんだよな。未だにふわふわと浮き上がるのみだ。カァカァ。はいはい、頑張ります。
ドリュア様以外のお客様がそれぞれにお帰りになり、屋敷はだいぶ静かになった。
「それで、ザックたちはこれからどうするのだ?」
午前中のひととき、ラウンジに腰を落ち着けて紅茶やカーファを飲んでいるのは、そう口を開いたケリュさんとシルフェ様の夫妻。暫く滞在するというドリュア様にシフォニナさん、そして俺とカリちゃんだ。
エステルちゃんは昨日に続き、シモーネちゃんを伴っての2階の客室の片付け。
エディットちゃんはアデーレさんの昼食作りのお手伝いで、ジェルさんたち屋敷の皆は通常の仕事に戻り、クロウちゃんは久し振りにどこかに遊びに飛んで行ったですかね。
それでいまここに居るのがその6人と、ラウンジを占拠していた人数があっという間に減りました。
「そうですねぇ。ようやく落ち着いたので、まずは王宮に行って国王に面会ですかね。リガニア紛争探索調査について、多少は報告しておかないといけないですし」
今回の北辺三貴族家によるリガニア紛争探索調査の発端は、国王との面談で出た話からだ。
なので、国王にもいちおう報告をしておいた方が良いだろうと考えている。
王宮とのリエゾン役のオネルさんにも、落ち着いたらアポを取って貰うようお願いしてあるので、今日か明日にでも王宮に行ってくれるだろう。
「あとは、そうですね、例年通りなら、たぶん今月の18日から学院の総合武術部の夏合宿があるので、それに参加するかどうか」
「お、昨年に我も行ったあれだな」
気が付いてみたら今日は8月の1日。
ファータの里からリガニア地方の紛争地帯に行き、グリフィニアにいったん戻ってからの王都、そしてアマラ様とヨムヘル様をはじめとしたお客様を迎えてと、7月中はなんやかんや色々ありました。
「あとは、この屋敷の敷地内に祭祀の社を建立しないとですね」
「それよね。もうあのふたりったら、息子に甘えるだけ甘えて我侭なんだから」
祭祀の社という体裁のお菓子転送装置ね。
ショコレトールの安定的な製造はまだまだこれからだけど、まずはあのおふたりに送っておかないと頻繁に催促されそうだよな。
「それって、わたしのところへも送れるのかしら」
「ドリュアさんは何言ってるの?」
「えへへ」
祭祀の社を設けてアマラ様とヨムヘル様を祀れば、あのひとたちが勝手に扉を開いて転送出来るようになるとミネル様が言っていたけど、ドリュア様はどうなんでしょ。本人がまだここに居る訳だし。
俺がそのことを問うと、この場に居る皆は一様に首をひねる。
「ここに作るその祭祀の社と世界樹を繋ぐことが出来れば、うーん、可能なのかしら。あなた出来るの? ドリュアさん」
「あー、えーと……。ミネルさんに聞いてみれば」
それが可能であれば、世界樹だけでなくシルフェ様の妖精の森とか、ニュムペ様の水の精霊屋敷とも繋ぐことが出来るのですかね。
アマラ様とヨムヘル様の場合は最高神おふたりの神力で出来るのだろうけど、地上世界にある真性の精霊の拠点とも接続可能なのだろうか。
そこはドリュア様が言うように、魔法を司る神のひとりであり転送魔法に長けたミネルミーナ様に聞いてみる必要があるか。
まあ確かに、ニュムペ様のところへは俺たちで持って行けるけど、シルフェ様の妖精の森はそれなりに遠くて、あちらに居る風の精霊さんたちにそう頻繁にお菓子とかは届けられない。
ましてや樹木の精霊さんたちが居る世界樹は、大陸の東の果てだ。
そんなことを話しているとケリュさんが「ん?」という顔をし、カリちゃんも「あれ?」と声に出した。
俺も初めてでは無い大きな力の揺らぎを感じて、直ぐに分かりましたよ。
直ぐに玄関ホールに微かな空間の揺らぎと光の塊が現れる。
「お昼、間に合ったかしらー」
「ミネル、おまえ、どうした」
「あなた、忘れ物でもしたの?」
転移魔法で現れたミネル様でした。
「シルフェさんは何言ってるのー。忘れ物とかじゃないわよ」と、そんなことを口にしながらラウンジへと歩いて来て「やれやれ、よいしょ」と声を出して彼女はソファに座った。
「ルーを送り届けて、天界に帰ったのではないのか」
「ルーはちゃんと大森林まで連れて行ったわよー。それで、いちどわたしの研究所に戻って、少し荷物を持って帰って来たの。お昼に間に合うように、急いで来ちゃった」
「お昼はまだですけど……」
2階からエステルちゃんも降りて来て、ミネル様がそこに居ることにかなり驚いている。
それでも、昼食をひとり分増やすようにとシモーネちゃんを厨房に行かせた。
「だから、おまえ」
「ヨムヘル様からご指示があったでしょ。わたしにも暫く地上世界に居るようにって」
「だからと言って、さっき帰ってのいまじゃないの」
「うふふ、そこはシルフェさん。やっぱり上司の指示は迅速にってねー。それで、取りあえずの身の回りの物を取りに帰って、こうして来た訳。だからザックさん、エステルさん、わたしもここに滞在させて貰うわ。いいかしら?」
身の回りの荷物と言っても手ぶらなのは、神様の場合、俺と同じようなインベントリなりストレージなりの能力を有しているからなのだけど。
「あー、それは良いですけど。ね、エステルちゃん」
「はい、もちろん。あの、お部屋は同じでいいですか?」
「うふっ。ありがとう、ザックさん、エステルさん。もちろん、お部屋はあそこでいいわよ。そうしたらよろしくお願いしまーす」
皆が唖然としている中で漫然の笑みを浮かべて、つい今朝方までと同じように優雅にソファに腰掛ける戦女神、ミネルミーナ様。
屋敷が静かになったと感じたのは、ほんの数時間だけのことでした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




