第140話 戦神と試合稽古のち魔法試技
これは掠り傷では済まないな、と瞬時に思った。
ほんのごく僅かな時間の流れの中で、とんでもない圧力の接近に少しばかり戦慄する。
前にケリュさんと行った互角稽古をはじめ、普段の稽古の中でふたりが向き合うと、だいたい技を出し合う攻防がメインだ。
だから訓練では、こんな途方も無い圧力をケリュさんが出すことは無いのだが、アレア様はかなり本気なのかも知れない。
さて、どうする。
まともに向き合って受けてしまえば、胴にしても肩にしても、あの分厚く重いロングソードの木剣でしたたかに打たれ、地に這わされるかあるいは吹き飛ばされてしまうだろう。
ならば。
神相手だと、おそらく見切りにはリスクが大きい。では横に転がるか、それともまた再び後ろに跳んで距離を取るか。しかしそれでは振り出しに戻るだけだ。
間合いに入ったアレア様が肩に担いだ木剣を高速で振り下ろした刹那、俺はやや後方斜め上方にそのまま跳び、前方に身体を回転させながら落下と同時に木刀を伸ばして上空から突きを出す。
「ふん」
振り下ろした木剣を直ぐに上に返したアレア様は、その俺の速度が乗った突きを弾き飛ばした。
木刀を握る俺の手から腕、そして身体全体に衝撃が走る。空中の俺はその衝撃で回転させられながら飛ばされ、ドサっと地面に叩き付けられた。
これは不覚だ。受け身を取ったので怪我は無いが、ここで魔法でも撃たれていれば俺の人生は終了だっただろう。
即座に立ち上がり、木刀の無事を確かめる。
幸いに愛用の本赤樫の木刀に支障は無いようだ。
しかし強いな。さすがは神、と評価するのも畏れ多いけど、ケリュさんとは違うタイプのパワーに圧倒される。
いや、普段の稽古でケリュさんは、人間に合わせて相当に手加減をしてくれているのかも知れないのだけど。
「どうだ、ここまでか? ザック殿」
「いえ、ここからです」
俺は気息を整えると、木刀を上段に持ち上げて霞に構え、剣先を少し前に向ける。流派によっては高波と呼ばれる構えに近いかも知れない。
それを見たアレア様は再び木剣を担ぎ上げた。
互いの呼吸が合ったかのように双方がするすると前進し、やがて間合いに入る。
俺の木刀の方が短く間合いが近いので、その瞬間に高速で踏み込み、ほぼ同時に打ち合った。
眩い光の暴発。そして耳をつんざくドッヒューンという轟音が追いかける。
剣と刀が打ち合わさるその瞬間、俺は自分の木刀にかなりのキ素力を込めたのだ。
もしかしたらアレア様の方も同様にキ素力なのか、それとも神力なのかを、咄嗟に木剣に込めた気がした。
「終わり、終わりだ」と、少し慌てた感じでケリュさんの止めの声が響く。
「光のドームが拡がって行きますよ」
「ホントねぇ。でも結界の外には出ないわね」
そんな、のんびりとしたカリちゃんとミネル様の声が聞こえた。
あとから聞くと、俺の木刀とアレア様の木剣が打合わされた瞬間に強烈な光が放たれ、続く轟音と共にその光がドーム状に膨らむように拡がって行ったらしい。
しかしその膨らんで行く光のドームは、ミネル様が言ったように結界に抑え込まれて、屋敷の敷地の外には出て行かなかったようだ。
剣を打ち合った際に発光するのはケリュさんとで以前に経験があるし、光のドームが膨らむのは俺のキ素力が暴発した際にもそんな現象が起こり、これまで二度ほどあった気がする。
でも今回は暴発ではないですよ。ちゃんとコントロールしたつもりなんですけど、アレア様の方の力とぶつかり合って拮抗したせいですかね。
屋外で作業などをしていたブルーノさんたち屋敷の皆が走って集まって来た。
また、エステルちゃんとシルフェ様ら精霊三姉妹たちも続いてやって来る。
「やっぱり、あなたたちね」
「ザックさま、何しました?」
建物の外に居た者たちは、屋敷の敷地内を拡がる光のドームと轟音に驚きながらも、木刀を持つ俺を見てやれやれと思い、エステルちゃんたちはキ素力を暴発させたのではないかと心配して駆けつけたのだった。
「えーと、魔法無しの剣術の試合稽古で」
「はっはっは。最後の一撃、ザック殿がその木刀だかに込めたキ素力があまりにも大きかったのでな、そのなんだ、俺もつい咄嗟に、神力を木剣に込めて合わせてしまったのよ」
やはり神力だったですか。でも、ケリュさんのとはなんとなく合わせた感覚が違ったので、同じ神力でも個性があるんだな。
「ザックさまの暴発じゃないんですね?」と、エステルちゃんは少し安堵した表情になった。
「ザックは前に、大森林でもキ素力を放出し過ぎて、暴発させたことがあったからな。でも今回は違う」とはルーさん。
ルーさんが言ったのは、以前に聖なる光魔法を彼に教えて貰った際に、使用するキ素力量のコントロールが上手く出来ず、過大放出による暴発で光のドームを大森林で作ってしまったものだ。
「でも、細っこい木の剣、木刀だっけ? その木刀にあれだけのキ素力を込めてアレアの一撃に対抗するどころか、神力と拮抗させるって。ははあ、ザックさんの出力って規格外と言うか、普通のレベルを超えてるのねぇ」
「そこはミネルさま。ザックさまは人間の規格に納まりきらなくて、人間の外にはみ出しちゃってますから」
いやカリちゃん、俺、人間の内側に居ますからね。
「でも、凄い光とか音とかが出たのでしょ? ご近所に迷惑が掛からなかったかしら」
「それについては、ザカリーさまとケリュさまが強化した結界と防御魔法のお陰で、敷地の内側で留まったようですぞ、エステルさま」
「ジェル姉さんの言う通りで、敷地の外からは何も見えたり聞こえたりはしなかった筈だと思います」
「うちの馬たちが少し緊張しやしたが、怖いものでは無いと感じたようで、直ぐに落ち着きやしたよ」
「光の帯と言うか膜みたいなものが正門まで拡がって届いたものの、そこで消えたですの」
「おそらくは、ザカリー様の結界とやらが吸収してしまったようでしたなぁ」
皆がそれぞれそんな報告をしてくれたので、エステルちゃんも安堵したみたいだった。
「まあ、ザックと我らが剣を合わせると、こういうことになるということだ」
「なるほどな。俺も久し振りに、稽古とはいえ良い手合わせをしたぞ。次には真剣で……」
「アレア」
「と言いたいところだが、それは無理そうか。でもまあ、いつかザック殿と共に、剣を振るってみたいものだぜ」
いまの試合稽古でも俺はかなりギリギリだったし、アレア様がどの程度の割合の力を出していたのかも分からない。
それが真剣で手合わせとか、下手すると俺、確実にこの世界での今世も終わります。
もしそうなったら、三度目の転生ってあるんですかね。カァ。
「そしたらさ、こんどは魔法を見せてよね。この前はライナちゃんのを見せて貰ってるから、こんどはザックさんのね。すっごいやつか面白いやつをお願い」
いちど皆が解散して訓練場を出て行ったところで、今度はミネル様がそんなことを言い出した。
なんすか、すっごいやつか面白いやつって。
「ザックさまがすっごいの出すと、さっきよりもヤバいですよね、師匠」
「そうじゃのう。魔法ですっごいのは、さすがに結界と防御魔法では防ぎきれんかもだのう。それに、建物の方にまでダメージを受けかねんな」
「そうしたら面白いやつの方ですよ、ザックさま」
だからなんすか、すっごいやつとか面白いやつって。
「魔法で面白いやつって、僕はライナさんと違ってそういうのは……」
「なによ。わたし、面白い魔法担当なのー?」
「まあまあライナ姉さん、そこは否定出来ない部分も多いですから」
「まあそうかもだけどさ。あ、そうしたらザカリーさま。すっごく速くて小っちゃなファイアボールを延々撃ち出すやつがいいんじゃない? あまり見たこと無い魔法で、あれ奇麗だし、それにお屋敷の建物に被害も出なさそうだしー」
火球機関砲ね。あれは1回の魔法発動で、複数のファイアボールを連続して放つ。
確かにライナさんの言うように、この世界の魔法ではこれまでにあまり見たことの無かった火魔法らしく、初めて見た人たちは大いに驚いたものだ。
しかし、その手ほどきをした学院の魔法学教授であるジュディス先生は火魔法に最も適性があったけど、その彼女でさえ一度に数発撃ち出すのに相当の苦労をした。
またその火球の威力は低くて、まあ牽制に使うぐらいのものだよな。
つまりこの魔法をまさに火球機関砲とするためには、かなりのキ素力量、そしてその循環と放出の持続性が求められると俺は考えている。
「じゃあ、それ行きますか。そうしたら何か的を」
「それならわたしが造るわよー。カリちゃんは的の後ろに防御壁を造って」
「らじゃーです、ライナ姉さん」
防御壁? この訓練場は以前に奥を10メートルほど拡げたのだが、その拡張部分には樫の高木が5本、程良く間隔を空けて立っている。
拡張工事の際に植え替えたもので、これはそうですね、俺の趣味で上に昇って猿飛や重力魔法の訓練をする為の高木ですな。
その奥にはこの工事によって少し幅を削ってしまったけど、樫や柊の樹林の帯が屋敷全体の敷地を囲んであり、それとの間に物理的な防護壁が立ち、加えて魔法による防護、そして呪法による結界が敷かれている訳だ。
「的の後ろの防御壁って?」
「ああ、ほら、ザカリーさまのあの魔法って、ファイアボールをたくさん出すでしょ。だから、そういうののうち、的から外れたので後ろの樫の木を痛めないようにってね」
さいですか。これは、おそらく俺がいつも以上に弾数多く火球機関砲を撃つんじゃないかって、ライナさんが予測したからのようだ。はい、じつはそう考えておりました。
それでカリちゃんが土魔法で物理的な防護壁を建て、その前方にライナさんが同じく土魔法で人型の的を3体造る。
でも少し大きいよね、それにあの姿って。
「ほほう、あれはアステリオスではないか。なんとも手早く見事な造形だな」
「どうよ、アレア。わたしのお弟子ちゃんって凄いでしょ」
確かに名目上でライナさんの師匠となったミネル様が、大きな胸を突き出して自慢している。まだ何も教えて貰っていないと思うけどね。
でもライナさんて、アステリオスつまり牛頭人身のミノタウロスを見たこと無いよね。
「うふ、これまでのお話を聞いての想像よ、想像。どう? アルさん。こんな感じじゃないかしら」
「うむうむ、さずがはライナさんじゃな。まさにあんな姿をしておるのう。背丈は少し低いようじゃがな」
「うん、的なので、少し小振りにしたの」
俺もこの世界でアステリオスの姿を見たことが無い。前々世のマンガやアニメ、映画なんかで、架空の姿を見て知っているだけだが、前方に出来上がったものは本当にミノタウロスって感じだ。
ライナさんが造形したのは背丈が3メートル程度だけど、実際は5メートルぐらいはあるのだそうだけどね。
そうしたら、火球機関砲を撃ちますか。でも、ジュディス先生に教えたようなものでは無くてですよ。
「では、本当の火球機関砲を見せますよ」
「ホントウの?」
「わたしたちもまだ見たことないのー?」
「本当のがあったのじゃな」
「おいザック、大丈夫か?」
「なんだかわからないけど、楽しみー」
「カァ」
これまで見せたり教えたりしていたのは、要するに小型軽量のファイアボールの連発だ。
つまり、小さな火球がただ次々に飛んで行くのであって、その火球は連射の性質上、着弾して爆発はしないし、ましてや物理的な貫通力も無い。
だが、俺がイメージする機関砲、そしてファイアボールと合体したその魔法は、高速での一度に数十発の射出。加えて、本来の機関砲としての物理的貫通力を備えながら、同時に火球として着弾時に小規模爆発をも行うもの。
物理的威力は、イメージとして口径20ミリから30ミリの機関砲弾程度だろうか。
前々世では、この口径20ミリから30ミリの機関砲を束ねてガトリング砲にしたものが、近接防空システムCIWSとして対空火器になる。
まあ俺の魔法では、CIWSみたいに1分間に何千発もは撃てませんけどね。
前々世の機関砲弾としては、貫通力のある徹甲弾や近接爆発を起こす爆発弾など様々なものが用いられる。
それを真似つつ魔法の火球機関砲では、ある程度の貫通力と着弾爆発の双方を兼ね備えたものをイメージしますか。もちろん火球なので、曳光弾的な見え方もしますよ。
でもそれには、ファイアボールの火球だけだと実現出来ないので、俺の得意とする合わせ技を行う。
つまり火魔法の火球の内部に、土魔法で生成して超硬化した20ミリ口径弾を埋込む訳だ。
要するに、メテオの超小型化連射版という感じですかね。
俺はそんなイメージを頭の中で整理して創り、同時にキ素を身体内で循環させてキ素力を練り上げる。
キ素力は一気に大量放出するのではなく、持続的に一定量放出して魔法発動を続けるようにコントロールする。
「では、撃ちます」
まずはひとつ目のアステリオス型の的を狙って。
シュダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……。
いえ、発射音は魔法なのでまったくしなくて、シュルルルルルと高速の火球が空気を切る音だけなのですけど、まあ俺の脳内イメージ音ですね。
だけど的への着弾爆発音はリアルだ。
ドドドドドドドドドドドドッと着弾爆発を高速で繰り返しながら、あっと言う間に一体のアステリオスを粉々にした。
続いて二体目、三体目とアステリオスの的を粉砕し、俺はふうと息を吐きながら気息を整えて、後方を振り返る。
キ素力を一定時間同量で放出しながらの連続魔法発動って、結構気も遣うし疲れるんだよね。
「どうですか? 面白かったですかね」
後ろで見学していた皆を見ると、一様に眼を丸くしているみたいだ。
やり過ぎましたかね? クロウちゃん。カァカァ。ああ、初めて見る人が多い魔法だからね。
ほんの暫くすると、何故かアレア様は「わはははは」と大笑いし出した。
他方でミネル様は拍手してくれている。
あとはアルさんがうんうんと頷き、ケリュさんとルーさんはいささか呆れ顔。
ジェルさんとオネルさんは、ぽかんと口を開けたままの感じかな。
「かなり硬くして、的を造ったつもりなんだけどなー」とはライナさん。ちょっと悔しそうな表情だ。
「普通、小さいファイアボールだと、硬い物を粉々とかはありませんよね」
「うふふ、カリちゃん、わたしはわかったわ」
「え? なんですか? ミネルさま」
「ザックさんは隠し球を仕込んだのよ。土魔法で作ったものよね。それを爆発するファイアボールの中に入れて、高速で連続して撃ち出して。あれ、1回の発動で何発ぐらいかしら、ザックさん」
「ちゃんとは数えてませんけど、1回の発動で30から40発ぐらいでしたかね」
「それだけでも吃驚なのだけど、火魔法の中に土魔法を仕込んで、もの凄い速さで連続して撃って……。大掛かりじゃないけど、そんな魔法の高度な技をさりげなく遣うなんて、あなた、やっぱり凄いわね」
なるほど魔法の神様だけあって、俺のちょっとした小技を瞬時に見抜いたのですな。
「どうだ、我の義弟は」
「ふむ。これはどこまで成長するのか、楽しみだな」
あとふたりの戦神の、そんな風に囁く会話も聞こえて来たのでした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援していただけますと幸いです。
それでは皆様、良いお年をお迎えください。




