今はその想いを抱いて眠れ 3
時は進んで晩餐会の最中、超ウマイ食事が並ぶ立食パーティーは前回よりも参加者が少なかった。
エイル達アッシャルダ使者団、ムーファ達獣人族、シュヴァルツァ達と騎士団の人数名に、私達。
ガラード、シルトやモリスは姿が見えず、近くにいたツェルクに聞けば、三人ともこういう場は苦手なんだそうだ。
「あはは、私もそうしたい。」
「すまん、こればっかはじっちゃんを立ててやってくれ。俺もそのつもりだ。」
ツェルクがポンポンと頭を撫でる。私はちょっと照れつつも肩をすくめた。
まぁ、それもあるけど目を輝かせたノインとライガが美味しそうに料理を食べてるので、その邪魔しちゃいけないし。
「アネモネ様!」
元気な声がして、そちらを向けばエイルが駆け寄ってきた。手にはオレンジジュースと、ピンク色の飲み物が入ったグラスを持っていた。
「エイル様。」
「こちらの飲み物が美味しかったので、ぜひにと持って参りました!」
言い分がエイルを子供だと認識するには容易く、ふっと笑ってしまった。隣のツェルクもクスッと笑っていたようだ。
「ありがとう、エイル様。」
「少しお話してもいいですか?」
「ええ、勿論。」
ニコッと笑みを浮かべて私はグラスを受け取った。彼が飲めるならお酒ではなさそうだったので、口にするとグレープフルーツだった。
「美味しいです。教えて頂きありがとうございます、エイル様。」
「いえ!あ、そうだ。アイズ兄様から、アネモネ様にと渡された物があったんですが、後程部屋にお伺いしてもいいですか?」
アイズ、という名前が出て、思わず脳裏にアイズの顔が浮かぶ。いつも優しく微笑む顔に、想像なのに照れてしまう。
「ええ、お待ちしてます。」
と返すと、ツェルクが思い出したようにエイルに話しかける。
「エイル殿は、前代の魔帝王のご子息と聞いた。マルスとも兄弟なのか?」
先程の打ち合わせ以降、かなり砕けた言い方で話すツェルク。エイルははい!と元気な返事をした。
「仲良くさせていただいています。」
「そうか!道理で似てると思った。」
エイルが私とツェルクを交互に見始めた。
「アネモネ様とツェルク殿も、よく似ていらっしゃいますね。」
「ええ、初対面で私達も驚いた位です。あ、エイル様には言ってませんでしたが、実は彼を含む、シュヴァルツァ様の孫である方々と兄弟の契りを結びました。」
「えっ!」
兄弟の契り────私も知らなかったのでノインに確認したら、血の繋がりはなくともこの契りを交わした相手とは魂の結び付きが出来る契約だ。
本来はこんな軽々しくするのも、数多くすることはない。
何故ならこの結び付きは、両者の魂に影響するからだ。といっても、互いの場所がなんとなく分かったり、体調不良も共有したりする程度。
私達の兄弟の契りは、本来よりもずっと強く結びついたのを互いに感じた。
今は誰がどの辺りにいるか感覚でわかる位、おそらく普通の契りよりも強固なものなんだろう。
ついうっかりやっちゃったんだぜ☆ミ
とは言えない内容だったが、ノインは特に気にすることはない、とあっさり承諾してくれた。
むしろ、家族増えたね。と小さく笑っていたので私はビックリしたくらいだ。
「だ、大丈夫なのですか?シュヴァルツァ様のご令孫様は、確か7人いらっしゃいませんか?」
「ええ、そうですね。」
「全員と兄弟の契りを?」
私はニコッと笑って頷いた。
まぁ、常識的には考えられない行為を数こなしたからエイルも思わず聞いてしまったのだろう。
「すごいですね、アネモネ様。」
目を輝かせてエイルが私を見上げた。
「私はまだ未熟ですが、皆が讃える功績を立てたいと思っています!」
英雄志望なんだね、エイルは。
まぁ、そりゃお父さんやお兄さんが魔帝王だし、マルスも魔法研究に貢献してるもんね。
周りがそうなら、きっと自分だって!と奮起するだろうね。
────無論、それには見た目のよさや才能の豊かさが必須だけどね。
「応援してます、エイル様。今でも充分、功績を立てていると思いますよ。」
私がそう言うと、エイルは可愛い笑顔で頑張ります!と答えた。
「確かにな。エイル殿は父親のルドルフに魔力が良く似てるから、もしかすると化けるかもな。」
「本当ですか!」
ツェルクの言葉に、エイルはますます目を輝かせた。
「あぁ、属性も同じだろう?」
「はい、父様と同じ光属性です!」
「うむ、光か。俺とも同じか。」
それを聞いたエイルが、ぜひアドバイスを!とツェルクにせがんだ。ちょっといい気分になったツェルクが自慢気に話を始めたので、私は飲み物を取りに行くフリをして離れた。
「アネモネ、こちらに来なさい。」
様々なカクテルが並ぶ机の前で、失礼のない範囲で飲み比べしていたら、背後から声がかかった。
一瞬肩をすくませてから振り返ってみれば、シュヴァルツァがワイングラスを片手に私を手招きしていた。
「今、行きます。」
気に入ったファジーネーブルを片手に、シュヴァルツァの近くに行く。そのまま彼と共に壁に接した椅子に腰を下ろした。
「私も歳になったものだ、長時間の立ちっぱなしは堪えるよ。」
なんて愚痴り出したが、見た目がマフィアなせいか皮肉にしか聞こえない。
「お祖父様はまだまだお若い方だ、と聞いてますが?」
シュヴァルツァの部下である側近の人や騎士の人からそんな話を聞いたので、笑みを浮かべてからかった。
「そうでもないんだよ。もうそろそろ2200の大台には乗りそうなんだがね。」
いや、充分です。
「アネモネ、もう行ってしまうのかい?」
そんな話も変わって、シュヴァルツァに明日の出立のことを聞かれた。
「はい。元々は、マルスをヴァーレデルド王国に護衛していた途中ですから。」
「彼のことを聞いたよ。今の魔帝王の異母弟なんだね。」
「お祖父様。彼はそれを公言してないので、あまり周りに話さないで下さいね。」
わかっているよ、と柔らかい笑みをこぼすシュヴァルツァ。
「気を付けて行きなさい。何かあったらすぐに知らせなさい。」
「はい、お祖父様。」
優しく微笑むシュヴァルツァに、私はなんだがほっこりした気持ちになった。
見た目はわかーいお祖父ちゃんだけど、なんだが包容力があるなぁ。
残念なのは、何やってもマフィア感が抜けないところだけど。
「あと、これを持っていきなさい。」
と渡されたのはブローチだった。
龍が石を守るようなデザインの銀細工に、真珠のような光沢の石が光にあたると溶岩のような赤い揺らめきを見せる。
暖かな魔力を感じるブローチを見た後に、シュヴァルツァの顔を見つめた。
「龍人族は身体の魔力をため込む為に、己の体内に"魔石"を持っている。それは私の魔石の欠片を装飾品として加工したものだ。」
シュヴァルツァのそんな話を聞いて、私はますますブローチを握りしめる。
「君の力になるだろう、肌身離さず持っていなさい。」
「お祖父様。」
「可愛い末の孫娘にこんな程度のことしか出来なくて申し訳ない。旅の幸運を見守っているよ。」
私はこみ上げる気持ちを堪えきれなくて、ブローチを握ったまま、シュヴァルツァに抱きついた。
「おぉ、今生の別れではないんだよ。また帰っておいで。」
シュヴァルツァの優しい声と笑みに、私ははい、と答えるので精一杯だった。