魔の森に住まう者 3
夜になるのは早かった。
森の中にいるからだろう、夕日をそこそこに暗闇が街道に降りてくる。
「こっち。」
場所を決めないと、と話す私にノインは声をかけて街道から外れて、木々の間を歩き出したのであわてて後についていく。
かなり開けた森の原っぱにたどり着くと、ノインは止まった。
「ちょっと離れて。」
私達を下がらせて、ノインが両手を掲げた。
「召喚。」
ノインがぽつっと呟いた。
次のまばたきの間に影も形もなかったはずの原っぱに、立派な造りの一軒家が建っていた。
「はっ?」
思わず私とマルスの声がハモった。だが、何事もなくノインがこちらに振り返る。
「マルス、魔力壁を。」
「──ちょ、待て待て!アンタ、まさか!」
マルスは真っ青な顔をしてノインに詰め寄った。
「家、出した。」
"いえで"した、とかじゃないよ?"いえだ"しただからね?
あまりの状況にマルスはノインに色んなことをいいながら詰め寄るし、私は家を見上げて唖然としていた。
──────まさか、テントって、これ?
「テントを出すかと思えば、家を出すとかあり得なさすぎるぞ!」
「大丈夫、隠蔽は出来てる。」
「いや、だからそういう問題じゃないだろ!?建物だけ出したって家具や水はどうするんだ?!」
「大丈夫、全部コミコミ。」
「アンタは急に何を言い出してるんだ?!」
マルスのパニックぶりに、私はノインのコミコミに吹き出して、目の前の現実に納得してしまった。
「さすがはノイン。やることが違うわ。」
「アネモネまで!いつもこうなのか!?」
「はい、通常営業です。」
私の言葉に唖然とした後に、はぁと深いため息をつくマルス。
「もう色々追い付かん。黙って受け入れよう。」
マルスもだいぶ慣れたねー。
「マルス、魔力壁を。」
「わかった、わかった。」
ノインの催促にマルスはバッグから懐中電灯のような形の棒を取り出すと、家を一周しながら要所にそれを刺していく。
マルスが何かを唱えると、薄いオーロラのような壁がドーム型に広がって家を囲んでいった。
「出来たぞ。」
「ありがとう。アネモネ、入ろう?」
私はノインの声がかかり、ライガと共に家に近づく。マルスとノインがまるで壁がないようにすっと壁をすり抜けていくのを見て、私も同じように壁に触れると何事もなくすり抜けた。
「どうぞ。」
ノインが玄関のドアを開けると、私は親近感のある内装に驚いた。
「───あっ。」
私が声をあげたのでノインが頷いた。
─────内装が、私が日本にいた時に住んでいた家にそっくりだった。
玄関からすぐ二階に続く階段があり、左右に茶の間と和室に繋がるドア。奥に延びる廊下の先には洗面所や風呂場がある。
二階には部屋が3つ、トイレや洗面所がある。それぞれを繋ぐ廊下の奥には屋根裏収納に続く梯子がある。
つい数日前に使っていた家の造りに、私は思わず感動と安堵で混み上がる気持ちをおさえた。
「どうした?」
マルスが心配そうにこちらをみている。
「あぁ、うん。えっと、天界で住んでた家に内装がそっくりで、つい嬉しくて。」
「あぁ、なるほど。ん?まさかと思うが、ノインがその家持ってきたのか?」
え?嘘でしょ?それやったら、あっちの両親の家がなくなることになるんだけど!
「似せただけ。」
「良かった。そこまではやらなかったか。」
うん、今、心の底からホッとした。
内装は使ってる材質が違うだけで、似てるがまるで別の家にも見え不思議な気分になる。
一旦茶の間に集まり、二階の部屋割りを決める。真っ先に私は前に使った部屋を確保した。
「じゃ、出来たら呼ぶ。」
夕食を用意するらしく、装備をはずしたノインがエプロンをつけた。
はい、ノインカワイイヤッター。
「じゃ、部屋にいるね。」
「ノイン。となりの部屋で今日の素材を整理してる。」
マルスは廊下を挟んで和室に向かう。途中まで一緒なのでチラッと和室をのぞくと、そこには畳はなく本棚と机が並ぶ部屋になっていた。
「あれ、ここは和室にしなかったんだ。」
「ワシツ?」
「あ、ごめん。天界で住んでた家にはここは違う内装だったから。」
そういえば、アッシャルダの港の和国料理店にも畳がなかったなぁ。
んー、この世界にはないのかもなぁ。
「アネモネは意外と和国寄りなのか?」
「うん。」
「そうか。晩餐会でアワビを食べていたから、そうなんだろうかと思っていた。」
マルスは荷物を下ろすと、テーブルに採取したものを並べ始めた。
ブラックトレント以外にも、目についたものを採取したりしていたのを何度も見ていた。
「結構あるけど、荷物大丈夫?」
「これから圧縮したり、乾燥させて粉末にしたりするから問題ない。」
「そう?なら、邪魔にならないように私は部屋に行くね。」
私はマルスに手をふって部屋から出ると、階段を登って廊下の奥の個室に入る。
中はつい数日前まで使っていたあの部屋のままだった。
ベッドや家具の位置、カーペットやクローゼットまで似たもので再現されていた。
カーテンの向こうには、夜を迎えた魔の森が広がっていた。
『おー、なんかアネモネらしいな。』
ライガは窓に飛び乗って、外の景色を見に行く。それを見つつ鎧をバングルにしまった後、 クローゼットを開けると、腕輪からタンスをだしてしまう。
『アネモネ、これなんだ?』
ライガに呼ばれてそちらを向くと、ベッドの足元にある器型のクッションを前足でつついていた。
「あぁ、レンのベッドまで再現したんだ。」
『レン?』
「飼ってた犬だよ。」
私の説明に恐る恐るライガがベッドに入ると、喉をならして丸まった。
『これいいな!使っていいか?』
「いいよ。多分、ノインがライガ用に用意したんだと思うよ。」
なら遠慮なく、とライガはベッドで丸まったりゴロゴロし始めた。
私はいつも勉強で使っている机に近づくと、そこには一通の手紙がおいてあった。
何気なく手紙を手に取り差出人をみると、なんと主神だった。
「あぁ、こないだの返事かな。」
と手紙を開けて中身を読む。
「───────はっ?」
内容に思わず声が出た。
『自由に、といった手前、こんなことを頼むのは忍びないがファレンジアに住まう者達が、"魔王"を封じた魔法道具を悪用している。君に全てを回収してもらいたい。』
悪用している─────背筋に悪寒がまとわりついた。
だって、この世界の生命を絶滅まで追い込んだ魔王が封じられたものだよね?
そんな怖いものを、どうして使えるの?
『君がもし断るなら、申し訳ないがこれをノインに任せるので、一時的にノインの同行を外させてもらう。』
断る理由なんてない。
主神への恩があるし、この世界で知り合った人達─────マルスやアイズ達を危険にさらしたくない。
コンコン、とノックの音が響く。
ドアを開ければ、ノインがいた。
言うことは決まってる。
「ノイン、話があるの。」
私はあんなに嫌いだった私を変えてくれた上に、夢にまで見たファンタジーの世界で剣と魔法を持って冒険したり出来た。
だから、それ以上の恩を返したい。
「"魔王"の封じられた魔法道具を回収しよう。」




