暗闇は足音なく 4
エイルの案内で、アッシャルダ城の近くの一軒家にたどり着いた。
そろそろ満月も、地平線へ向かうように真上から移動してきた。
眠気どころではなく、むしろこのピリピリとした空気に飲まれて目は冴えていた。
この場にいるのは、エイルとマルス、アレックスに私達のメンバー。
他にもアレックス曰く、魔法士ギルドの有力者をアッシャルダ城付近に待機させてあるらしい。
私達は一軒家の横を通りすぎて、中庭にある物置小屋に近づき、ノックをする。
ドアが少しだけ開き、中の人物の顔が隙間から見えた。その顔が驚愕に変わると、大きくドアが開かれた。
「エイル様、マルス様!」
声がかかり、中の人物がエイルとマルスを中に入れる。ちょっとの間の後に、マルスの手招きを見てから私達とアレックスが中に入る。
小屋はかなり狭く、大人が数人入っただけで部屋が埋まりそうだった。
ちょっと大きなスポーツ系部活の部室、位の広さかな。
「マルス様、久しぶりですな。」
髭を蓄えた精悍な白髪の男性が、マルスと握手を交わす。すぐに招き入れたアレックスにも、柔らかな笑みを見せる。
「アレックス殿まで来ていただけるとは、心強いですな!」
「お久しぶりです、ジェルド殿。」
ジェルドと呼ばれた男性は、笑みを崩さずに私達にも視線を向ける。
「こちらの方々は?」
「初めまして、旅の冒険者のアネモネと申します。彼が仲間のノイン、フォレストキャットのライガです。」
「これはご丁寧に。」
ジェルドに挨拶した後、マルスをチラ見すると気づいたマルスが咳払いして説明する。
「彼女らは俺の友人だ。邪法に詳しい研究者で、ダルク兄上のことを相談していた所に、この事態だったので同行を頼んだのだ。」
「なんとッ!これは本当に巡り合わせに感謝せねば。」
ジェルドは天を仰いだ。その後すぐに、私を見て強引に両手を掴んで握手をする。
「国家の一大事にご協力して頂き、感謝しきれませぬ!」
「あっ、あはは。痛いです。」
「おおっ、失礼しました。」
あまりの迫力に私がドン引きしたので、ジェルドは慌てて手を離した。
「だいたいの状況はエイルから聞いた。」
マルスがジェルドの後ろから声をかける。
「早急にダルク兄上を押さえなくてはならない。すぐにアッシャルダ城へ向かいたい。」
「かしこまりました。私の部下を案内につけます。」
ジェルドの言葉にすっと立ち上がって頭を下げる兵士風の男性に、マルスはうなずく。
「私はエイル様を私の屋敷に避難させます故、ご同行できませんが、どうぞご無事で。」
「ああ、エイルを頼む。俺やアイズ兄上に何かあれば、エイルが頼りになるはずだ。」
それまで黙って聞いていたエイルが、悲痛な顔に変わりつつあったので、私が大丈夫と肩をたたく。
不安げな顔のエイルに、私はこっそり耳打ちをする。
「マルスには神様がついてるから絶対大丈夫。」
きょとんとしたエイルに、私は人差し指を口元に当てると、少し笑ってうなずいた。
あぁ~、イケショタもたまらんのじゃあ~。
「アネモネ、ノイン。行こう。」
マルスが杖を構えて、アレックスと共に兵士の後に続く。私はエイルにバイバイ、と手を振って小屋の奥のドアに入る。
入った部屋には地下へ続く階段があり、先頭を歩く兵士の持つランプの形の灯りだけが照らしている。
「アレックスさん、ノインと後ろを。私はマルスの横にいるわ。」
「わかった。」
アレックスと位置を変わり、私はマルスの横で不安定な灯りの中を歩く。
「ここからアイズ様のいらっしゃる会議室の近くの、庭園の小屋に通じています。小屋から出てから右手のドアから会議室に直通しています。」
「ああ、わかった。」
兵士の先導について歩きながら、私はマルスを見上げる。暗いので正確にわからないが、張り詰めた真剣な顔だが、杖を掴む手が震えて見えた。
「マルス。」
そっと声をかけると、考え事をしていたのか、ビクッと体を震わせて私を見た。
「驚かせてごめん。」
「いや、大丈夫だ。」
「そう見えないんだけど。」
心配な顔で見上げると、マルスはフードを目深に被り直した。
「────少し、怖い。」
マルスはボソッと呟いた。それを聞いたアレックスが驚愕の表情に変わった。だが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、私もいる。」
「ありがとう、アレックス。」
マルスは少しホッとしたような顔になった。やっぱり家族の言葉って効くよね。
「何かあれば、必ず私達が守るからね。」
私もそう声をかけながら、装備した左腕を見せる。そこには"難攻不落"と名付けられた神の加護を持つ無敵の盾がある。
さっきエイル達と移動中にノインと話して、この盾が有効だとわかったので自慢げに見せつける。
マルスも話を聞いていたので、私を見てうなずいた。
「助かる。」
邪法への対抗手段は他にもあるらしいが、用意できなかったことで、私の盾が唯一の手段となってしまった。
でも、そのおかげでマルスやアレックスから信頼されてるのが嬉しかったりする。
────多分だけど、万が一のことがあったら万能属神ノインが全力でフォローするはず。
むしろ、ノインという支えがあるから強気でいる私。
故に、"私達"という言葉を使った。
「着きました。」
兵士は目の前の壁にかかった梯子を照らすようにランプを置くと、ササッと梯子を登っていく。
梯子の先の天井に触れて、押し上げてずらす。兵士は開いた穴をよじ登ると、上から灯りが照らされた。
「問題ありません。どうぞ、足元をおきをつけて。」
兵士の言葉を聞いてから、マルスが梯子を登り始める。続けて私が梯子を登る。
梯子の最後の段から、穴の端に手を置くと何とかよじ登る。
思ったよりも腕の筋力を使ったはずなのに、かなりあっさりと体が持ち上がった。
「ノイン、ライガを。」
私が上から両手を差し出そうとすると、穴からひょいっとライガが這い出てきた。
「あれ?」
梯子の長さからかなり天井が高いはずじゃ。
と思ってる内に、アレックスが興奮した顔で上がってきた。
「アネモネ!君の従魔は空を飛べるのかい!?」
「はぁ?」
その興奮のまま、アレックスがライガを抱き上げて撫で回し始めた。
もそっとノインが上がってきたので、慌ててノインに問いただす。
「ちょ、ちょっとノイン!ライガが飛んだって、何したの?」
「スカーフ。」
ノインがライガのスカーフを指差してそう言ったが、私は首をかしげた。
「あのスカーフがな────あああっ!そういうことかぁ!」
やっと理解して頭を抱えた。アレックスとマルスがビックリした様子で私を見る。
ハッと我に返り、ごめんなさいと両手を合わせて謝る。
「アレックスさん、それ魔法道具です。」
「スゴイな!あとで見せてもらっても構わないかい!?」
真横のノインにお伺いをたてると、黙ってうなずいたので私はいいですよ、と答えた。
目を輝かせてアレックスが撫で終えたライガを下ろすと、ご機嫌に一鳴きしたライガ。
「さて、ここからは気を引き締めないとな。」
アレックスがキリッとした表情に戻ると、兵士は空気を読んで小屋のドアを開ける。
外に出てみると、豪華な花畑や装飾がされた庭園に出た。
振り返ると、物置小屋らしき建物があった。
「寒いな。」
庭園に吹く風が何故か肌寒かった。
ついさっきまでは夜風がここまで寒く感じなかった。
思わずマントで温度調整する。
「こちらのドアです。」
兵士がドアに手をかけて開く。
「ッ!」
この場の全員が驚愕で身を固めた。
ドアの向こうには氷の世界が広がっていたからだ。
「これは─────。」
わたしが聞こうとしてマルスを見上げると、やや強張った顔で呟いた。
「─────アイズ兄上の、魔法か。」
この状況を生み出したであろう人物の名前をあげて、氷に包まれた廊下を歩く。
床が若干凍りかけていて、歩きにくいが何とか廊下を進むと、寒さは増していく。
吐く息は白く、体は震えて、指先や足先が凍りそうだった。
やがて、たどり着いたドアからはドライアイスの煙がごとくモクモクと冷気が漏れていた。
ドアノブすら凍っていて、触るだけで凍ってしまいそうな程だ。
「─────そこにいるのは、誰だ?」
近づこうとする私達に、ドアの向こうから声がかかった。
マルスとアレックス、兵士がこの声に反応した。
「アイズ兄上、俺です。」
「マルスか、助かった。今、解除しよう。少し待ってくれ。」
声がそう告げると、周囲の氷が逆再生のようにみるみるドアへ吸い込まれるように消えていく。ドア自体が氷から解放されると、内側からドアが開かれた。
中から顔を出したのは、マルスによく似た青年だが髪色は黒く腰まで伸びて、瞳はアイスブルー。まさに王子と言わんばかりの、豪華な服装に身を包んでいた。
「アイズ兄上、ご無事で。」
マルスが中に入りながら握手をすると、アイズはとても親しげに微笑んだ。
「マルスも、助けに来てくれてありがとう。」
互いが交わす笑みには、兄弟らしい絆を感じた。
アイズと呼ばれた第二王子は私達の自己紹介をした時に見せた、スーパーイケメンスマイルで私の心のカメラが暖めた。
という心の中で茶番をしなきゃいけないほど、目の前の惨状を認めたくなかった。
会議室ということで机や椅子が並んでいるが、所々にある氷像がそれを乱していた。
氷像の中にはダルクに洗脳された大臣達が一つ一つにいるそうだが、氷が曇っていてよく見ないと確認できなかった。
「見るのが辛くてね。」
とアイズは言っているが、悪意のありそうな意地悪そうな笑みを一瞬だけのぞかせたので、悪いイケメンと判断した。
「ダルクはかなり手広く邪法を使っていたようだな。避難させた大臣以外はほぼ、ダルクの手にかかったものだった。」
周囲の氷像を見れば、10人弱はある。大臣が何人いるかは分からないけど、口振りからそんなにいないことを察した。
「アイズ兄上、ダルク兄上は?」
「玉座の間にいる。父上とレイリアが捕まっている。すまない、私はこの魔法で魔力を使いきってしまったからついていけない。」
「大丈夫です。アレックス、アイズ兄上を守ってくれないか?」
アレックスはマルスの言葉に一瞬、反論したそうだったがマルスが頭を下げて頼むと言ったせいか、ぐっと押さえたようだ。
「わかった。どちらにしろ、外に待機してるギルドメンバーに合流の合図をしなくてはならないからな。」
肩をすくめた後に、すぐに真剣な顔でアレックスが私を見つめて、
「マルスを頼む。」
と念を込めて言った。
私も同じく真っ直ぐと見つめ返してうなずいた。
イケメンを死なせるわけにはいかないしね。
「アネモネ、こっちだ。」
マルスが別のドアを開けて、私を呼んだ。私はアイズとアレックスに頭を下げると、マルスと共に部屋を出る。
すぐノインとライガも出て来て、満月の灯りだけの廊下を進む。
無言と緊迫が支配する空間に、私はいてもたってもいられなくなった頃、大きくて豪華なドアが見えた。
「ははっ!まだ生きてるなッ!まだだ、まだだ!アハハハハハハハハハハハハハッ!」
ドア越しに聞こえた叫び声に、私は一瞬にして凍りついた。
あわわわ、SAN値がゼロだよぉ、あれぇ。
私は思わずノインを見ると、彼は無表情だが怒りを表したような顔つきになった。
あ、これは神様おこですわ。って軽いノリでいないとキツいッ!
マルスも怒りの表情で、手を叩きつけるようにドアを押し開ける。
─────そこに広がる血だまりに、私だけでなくマルスすら立ち止まった。
「マルスゥ、待ってたぞォ。」




