挿話 黒の王子
満月の光が差し込む玉座の間。
普段はきらびやかな照明や燭台の火で、眩い光に溢れているのだが、今は満月の光しかなかった。
ふと思い出して、足元を見る。
醜く歪んだ苦痛の顔の、父上だったものが床を這いずりながら、転がっている姿がある。
自分が幼少の頃から味わい続けた苦痛の追体験させていたが、眼光はなく虚ろな瞳が張り付いてるようだった。
───────まだまだ足りない。
自分の奥底で、父上によって課せられた制約で抑制された"魔法"は、獲物をいたぶる歓喜の笑みで呟いている。
少し離れた隅では、父上の側近の一人でアッシャルダでは"大魔女"と謳われたレイリアが、実験用に飼っていたハイオーク達に囲まれている。
自分と同じように魔法の行使を制限してやったら、何も出来ずにハイオークに弄ばれて無様な姿を晒しだした。
愉快で見学していたが、途中耳障りなわめき声がウザかったので、黙るように"魔法"で指示すると途端に興味が失せてしまったので、放置している。
玉座にもたれながら、天井のガラスから差し込む満月の光を見つめる。
幼い頃に課せられた、邪法の制約はまるで自分を拘束する鎖のように不自由だった。
しかも、少しでも魔力を使おうとすれば、その鎖が全身を締めあげるような激しい苦痛にのたうち回るのだ。
この魔帝都市アッシャルダでは、日用品にも魔力を用いて扱うものが多い。
必然的に、そういったものを扱うための専属メイドや小間使いが付いて回る。
人間は自分よりも劣る生き物がいると付け上がるもので、自分に付いて回るメイドや小間使いはそういったヤツが多かった。
その度に立場をわからせる為に、実験用の動物や魔物を取りに行かせたり、最悪な場合には実際にそいつに実験台になってもらった。
そのうち、父上が課せた制約に慣れた頃に魔法を行使しても耐えられるようになってきた頃。
父上は側室を迎え入れた。正室である母上も歓迎していたようだが、自分は側室のババアの澄ました顔が嫌いだった。
仲良くしてね、等と言いながらメイドや大臣に悪口を言いふらしていたのを聞いた時に、自分よりも劣ると確信した。
──────弱いやつほど、吠える。
だが、事を急いだ結果。
再び父上に、さらにきつく制約を課せられたのは大失態だった。
そのせいで、せっかく味方になった兄上達や母上も、これで相手にすらしなくなった。
どれもこれも、あの女のせいだ。
やがて、あの女の子供が生まれ、マルスと名付けられた異母弟は何故か周囲の称賛を浴びていた。
大臣やメイド達だけでなく、父上や兄上達、母上までがマルスに集っていったのだ。
居場所がなくなるのが恐怖だった自分は、マルスを消そうと色んな手を使った。
勿論、"魔法"が使えない自分は色々不利だが、逆にそこを利用した騙し討ちを狙った。
だが、中々上手く事は進まなかった。あまりにも上手くいかないと怒りが押さえきれず、結局はマルスの腕を切りつけてしまった。
この事で、騎兵団長が退役。マルスは叔父にあたる魔法士ギルドの元に身を寄せることになった。
父上は、未だにその時の事を何かある度に嫌みとして言う。
─────まるで自分が生まれなければ、と言わんばかりに。
ただ、あの女が側室としてアッシャルダ城にいる限りは、マルスは顔を出す。
自分に課せられた制約の苦痛に耐えられれば、小出しに魔法を使うのには支障はなかった。
父上は制約以外の事で、自分を相手にしなくなったから自由に行動がとれた。
まずはメイドや小間使いから、邪法で洗脳して不都合がないように、従順になってもらった。
次に大臣を懐柔して、あの女に接近した。
「仲良くしたかった。」
と心の中では欠片も思ってない言葉を吐き、何とか近づき信用させて、邪法を少しづつかけて洗脳していった。
が、邪法が影響したのか不明だが、病弱なあの女はあっさりと死んだ。
周囲には、元々体が弱かったと知られているので怪しまれることはなかった。
むしろ、側室や洗脳していった大臣達からの助言が効いて、以前よりは兄上達や父上の印象はだいぶ和らぎ、こちらの意見を聞き入れやすくなった。
自分の研究として、生態調査が貢献していくとマルスと接触してもなにも言われなくなった。
マルスは多少嫌がっていたが、邪法で怪しまれない程度に洗脳してやると従順になった。
逃げ出した狂暴化した魔物の処理も、きちんとやってくれて大いに利用した。
ふと気づけば、制約の痛みなんて感じなくなっていた。
洗脳した大臣達に調べさせたら、制約を打ち破っていたと知ったのが、つい三日前。
20年もその地位が揺るがなかったあの魔帝王の制約を、いつの間にか打ち破っていた。
「ハッ、ハハ、アハアハハハハハアハハハハハハハッ!ひ、ひひ、アッハハハハーーーーッ!」
知った瞬間から、笑いが止まらなかった。
長かった、ついに、解放された!
そして、ピタッと止まった笑いの後に、怒りが湧き始める。
この怒りは、いくら押さえようとも、燃え続けるのだ。
そう、この焔の名は──────復讐だ。
「ダ─────ダル─────ク。」
父上と尊敬していた、足元に転がる年寄りがうめいた。
「ああ、父上。貴方をようやく、あなたを、クッフフフ、フフフフフフ。」
ガッとその頭を踏みつける。
「私を、私をぉ、」
ガッ、ガッ、と音と共に頭を踏みつける。
それだけで、なんと愉快なことか!
「邪法だからと制約に縛られた、あの日から!」
「ダァ、ダル、クゥ。」
「見下していたんだろ!汚らわしいと!」
そのまま踏みつけ続ける。
「お前が!お前が!生ませたんだろ!」
「あ、あっ、あっ。」
「うるさいッ!」
最早、言葉すら話さなくなったゴミが、床でうめいてうるさいから、蹴り飛ばした。
ゴロゴロと転がって玉座の前にある階段を下りていく。
「望まれて生まれたはずだったのに!」
今までの思いが口から止まらなくなる。
「気高き魔帝王の息子の私がッ!」
身体中から溢れてくる魔力と怒りは、押さえられていた反動で絶えず沸き上がる。
「このアッシャルダのッ!誰よりも劣るッ!魔力すら行使できない体にされたんだッ!」
転がっていたゴミが、再びうめいて頭を押さえる。遠くの方でハイオーク達に囲まれていたレイリアも、ハイオークも同じようにうめいて騒ぎだした。
「それがッ!どれだけの苦痛なのかッ!分かっているのかァーーーーーッ!」
叫びと同時にうめき声の合唱の後、ピタッと静まり返った。
「はぁ、はぁ。」
荒く呼吸をしながら見回すと、玉座の間には自分以外は物言わぬ死体になっていた。
「は、はは。」
再び笑いが込み上げてくる。
「あは、アハアハハハハハアハハハハハハハッ!あり得ないッ!あり得ないだろうがァァァァ!」
思わず駆け寄って転がっているゴミを踏みつける。
だが、もう何の反応も返してこない。
「まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ!」
ダン!ダン!と死体となったゴミを踏み続ける。
「私の苦痛のッ!半分もッ!受けていないだろうがァァァァ!」
腰にあった愛剣を鞘から引き抜いて、そのままゴミに突き刺した。ぞぶっ、と滑り込んだ剣に一瞬ゴミが体を震わせた。
「ははっ!まだ生きてるなッ!まだだ、まだだ!アハハハハハハハハハハハハハッ!」
玉座の間に、ドアが開く音が響いた。
チラリとそちらを見れば、
父上の次に、と考えていた、
私の怒りの矛先が、
向こうからやって来たのだ。
「マルスゥ、待ってたぞォ。」




