第8話:見えざる要塞(後編)
雨が降りしきる旧湾岸コンテナターミナル。
無造作に積み上げられた迷路のようなコンテナの隙間を、ライトを消した漆黒のクーペが滑るように駆け抜けていく。
「ジョウ! ターゲットの電磁チャージ、あと十秒で最大! 冷却用無磁力ウィンドウの開放まで、3、2、1……今よ! 一秒間だけ磁場が切れるわ!」
通信インカムからマナの叫びが跳ねる。
「リュウ、突っ込め!」
「言われなくてもなぁッ!」
リュウがアクセルを床まで踏み込む! V6エンジンが咆哮を上げ、クーペが闇を切り裂いて中央広場へ飛び出した。
そこに鎮座していたのは、超巨大な港湾用電磁クレーンを車体上部に背負った重装甲ビークル——『マグネ・フォートレス』。
ガガガガガッ!
だが、すれ違いざまにジョウがアームを放とうとしたその瞬間、敵ビークルの側頭部から無数の排熱ダクトが開き、強制冷却の蒸気を吹き出した。
「なっ……!? 嘘でしょ、冷却時間が計算より早い……!?
……待って! 前回のデータと違う! 冷却系が改造されてる!」
モバイル・ラボのマナが目を見開く。
「しまっ……! マナ姉、磁力のリセットが完了したのか!?」
純平が悲鳴を上げた。
直後、マグネ・フォートレスの巨大な電磁クレーンアームが怪しく紫色の放電を開始した。
バヂチチチチッ!!
「ぐあぁっ!?」
猛烈な超強力磁場がクーペを襲う!
車体全体が強力な磁石に吸い寄せられるように引っ張られ、マグネ・フォートレスの巨大なアーム爪へと強引に引きずり込まれていく。
「くそっ、ステアリングが効かねぇ! 磁力で車体ごと持っていかれる!」
リュウが必死にハンドルを押さえつけるが、クーペのタイヤが悲鳴を上げてスリップする。
「ジョウ、来るぞ! 奴のグラップル爪で押し潰される!」
「リュウ、あのボタンだ!」
ジョウの冷徹な声が響く。
「フェーズ2防護装備、展開!」
リュウがセンターコンソールの追加スイッチを激しく叩き込んだ!
カチ、ギギギギッ!
クーペのフロントガラス前方に、ルーフから高強度の装甲金網がスライド下降!
同時に、フロントバンパー下面から格納式コンパクト・ガードバーが前にせり出し、「カチリ」と垂直に立ち上がってフロントスカートをガードした!
ドガァァァンッ!!
マグネ・フォートレスの巨大な鉄爪が、磁力で引き寄せられたクーペのフロントへ叩きつけられる!
だが、新装備のガードバーとメッシュガードが衝撃を極限まで分散。車体フレームへの致命傷を力ずくで防ぎ切った!
「耐えた……! だが、このままじゃアームの力比べで強引にコンクリートの壁へ押し潰されるぞ!」
リュウが歯を食いしばる。重量級のマグネ・フォートレスが、クレーンアームでクーペを強引に壁際へ押し込んでいく。クーペの細いタイヤが横滑りを起こし、踏ん張りが利かない。
「ジョウ! クーペのアームじゃ相手の馬力に押し負けちゃう! 足回りのグリップが足りないよ!」
通信越しにマナが叫ぶ。
「……リュウ。アレを使う」
ジョウの静かな目が、インパネの赤いセーフティカバー付きスイッチを見つめた。
「おいおい、本気かジョウ!? アレを使ったらスピードは完全に亀になるぞ! 逃げが利かなくなる『諸刃の剣』だ!」
「ここで押し潰されたら逃げも何もない。……踏ん張るぞ」
「ハッ……言ってくれるぜ! 乗り気じゃねえが、潰されるよりマシだ!」
リュウがカバーを跳ね上げ、赤いスイッチを押し込んだ!
グシャァァン……ガシコンッ!!
高圧油圧の駆動音が轟く。
4つのタイヤを支えるサスペンションアームが、左右外側へ一気にガバッとスライド展開! 左右各15センチ——タイヤの車輪間隔が広がり、地を這うような超ワイドトレッド形態へ変形した!
バチバチバチッ!!
車体両脇から伸びた極太アームと、路面を強力に掴む広げられた4輪のタイヤ。
これまで押し込まれていたクーペが、アスファルトに強く踏ん張り、その場でピタリと押し込みを止めた!
「な、なんだと!? 小型クーペのくせに、タイヤの幅を広げて俺のマグネ・フォートレスの押し込みを受け止めておくだと!?」
敵ドライバーの驚愕の悲鳴が上がる。
「よし……トレッド拡張、固定完了! スピードは死んだが、踏ん張りなら負けねえ!」
リュウが不敵に笑う。
「マナ、電磁コイルの焦点位置はどこだ?」
ジョウがツインレバーを静かに引き上げた。
「クレーンアームの第三ジョイント内部! 直径五センチのコアコイルよ! 今の距離なら、直撃させれば磁場が崩壊する!」
マナの正確なアナウンスが響く!
「受け取った……!」
ワイドトレッドの4輪で大地に深く踏ん張るクーペ。
ジョウは一切の揺らぎなく両レバーを押し込み、クーペのツインアームを展開した。
車体両脇から張り出した補強アームが、密着状態のまま敵クレーンの第三ジョイントへと一直線に突き刺さる!
バシィィィンッ!!
精密な一撃が電磁コアコイルを貫通。
バチチチッ……シュゥゥゥン……。
周囲を覆っていた強烈な磁界が完全に霧散した。
「磁力……消絶! 敵ビークル、全機能停止!」
マナの歓声が響き渡る。
「ふぅ……冷や冷やさせやがるぜ。おいジョウ、さっさとトレッド戻せ。このまじゃ時速30キロしか出ねえ」
リュウが汗を拭いながらスイッチを操作すると、4輪の車輪幅がゆっくりと縮み、元のシャープなクーペの姿へと戻っていった。
「見事だよ、桐生探偵事務所の諸君」
雨の上がったコンテナ街に、サイレンを消した治安維持課のパトカー群と、トレンチコートの風見が現れる。
「磁力要塞の攻略、実に見事だ。レアメタルの回収手配と犯人の引き渡しはこちらでやろう。……もちろん、君たちの『特別協力手当』と、そのクーペのフェーズ2改修費も、経費として上乗せしておく」
「へっ、話が早くて助かるぜポリ公」
リュウがタバコに火をつける。
「アニキ! マナ姉! 大成功だね!」
モバイル・ラボから駆け寄ってきた純平と、大きめのハンチングを直すマナ。
「ジョウ、あの可変トレッドとフロントガード、パパも『実戦的で素晴らしい設計だ』って感心してたわ」
「フン、設計したのは俺だがな」
リュウが少し照れくさそうに顔を背けた。
4人の絆と、進化する愛車『A級クーペ』。
湾岸の夜に、また一つ強固なチームワークと信頼が生まれた。
(第8話・後編 終わり)




