第7話:見えざる要塞(前編)
「……なんだこの依頼は? ターゲットは移動するビークルじゃなく『走る密室』か」
桐生探偵事務所の地下ガレージ。
薄暗い空間に走る蛍光灯の下で、リュウがタバコの煙を吹き出しながら、ジョウの差し出したホログラム端末のデータを覗き込んだ。
「ああ。依頼人は湾岸エリアの大手物流企業だ。旧コンテナターミナルを占拠し、保管されている貴重な希少金属を強奪し続けている強盗団の摘発……そして、彼らの母艦となっている大型特殊ビークルの無力化だ」
ジョウはツインレバーの点検を終え、静かに答えた。
「強盗団の母艦か……。でもアニキ、相手はコンテナが山積みになった見通しの悪い廃ターミナルに立てこもってるんでしょ? 普通のパトカーじゃ接近すらできないよ」
モバイル・ラボの運転席から身を乗り出し、純平が顔を覗かせる。
「それだけじゃないわ、ジョウ」
助手席からマナがポータブルアナライザーの画面を提示した。大きめのハンチングを浅くかぶり直し、眉をひそめる。
「敵の母艦ビークル——通称『マグネ・フォートレス』には、港湾用の超強力な電磁クレーンを改造した『高出力・磁力アーム』が装備されてる。半径十メートルの金属製ビークルなら、近づいただけで強力な磁力で引き寄せられ、そのままコンクリートの壁に叩きつけられるわ」
「磁力アームだと……!?」
リュウが呆れたように鼻で笑った。
「ヘッ、近づいただけで車体ごと磁石みたいに吸い付けられるってわけか。まともに接近戦を挑んだら、アームを振るう前に鉄くずにされちまうな」
「しかも、相手は積まれたコンテナの隙間を巡回していて、狭い通路の各所に監視カメラと遠隔仕掛けのトラップを仕掛けている。文字通りの『見えざる要塞』だ」
ジョウが画面のマップを切り替える。
「……要するに、見つからずに近づいて、あの磁力アームを無力化しなきゃ勝機はないってことね」
マナの目が科学者としての探究心で光った。
「よし! 作戦を立てよう、アニキ!」
純平が勢いよく立ち上がる。
「ああ。敵の要塞を攻略するには、4人の役割分担が不可欠だ。
純平はモバイル・ラボで敵の広域レーダーと監視カメラの映像をジャックし、ジャミングをかけて俺たちの視界と侵路線を確保してくれ」
「了解、アニキ! モバイル・ラボの通信解析ユニットをフル回転させて、監視カメラにループ映像を送り込んでやるよ!」
「マナは、敵の磁力アームが発する電磁波のサイクルを計測してくれ。強力な磁場にも必ず『充填と放電の周期』があるはずだ」
「任せて、ジョウ! パパの電磁気学の計算式を使って、磁場が途切れるコンマ数秒の『無磁力ウィンドウ』をリアルタイムで割り出すわ!」
「リュウ。お前の腕で、入り組んだコンテナの隙間を無音に近い超低回転走行で抜け、磁力が切れる瞬間に一気に肉薄する」
「ハッ、コンテナの壁すれすれを数ミリのクリアランスで駆け抜けてやるよ。任せときな、ジョウ」
「そして俺が……磁力アームのコイル駆動部を一撃で断ち切る」
ジョウが右手を強く握りしめた。
同日、深夜二時。雨がしとしとと降る旧湾岸コンテナターミナル。
静まり返ったコンテナの山陰に、漆黒のクーペと装甲ワンボックス『モバイル・ラボ』が潜んでいた。
「アニキ、準備完了! モバイル・ラボから敵の監視ネットワークへのバックドア侵入に成功したよ! コンテナ街のカメラ、すべてフェイク映像に差し替えた!」
インカム越しに純平の誇らしげな声が届く。
「よし。マナ、敵の磁力アームの状況は?」
「ターゲット、ターミナル中央の広場で静止中! 磁力チャージ率80%……あと三十秒で最大展開に入るわ。チャージ完了の瞬間、一秒間だけ冷却のために磁場が完全にリセットされるわ!」
「三十秒後の一秒間か……上等だ」
リュウがギヤを静かにローへ叩き込んだ。クーペのライトが消され、闇の中でエンジンが低く唸りを上げる。
「行くぞ……!」
雨のコンテナ街を、漆黒のクーペが滑るように加速し始めた——。
(第7話・前編 終わり)




