第9話:漆黒の衝撃(前編)
雨が上がった深夜の旧市街・高架下ルート。
水たまりが月光を反射するアスファルトの上を、一台の高級セダン型A級ビークルが猛スピードで逃走していた。
「くそっ、何なんだあいつは!? いきなり闇から現れて……!」
セダンのドライバーがミラーを覗き込み、顔を青ざめさせる。
背後から追走してくるのは、装甲で覆われたいかついピックアップトラック型の違法ビークル。その荷台中央には、太い油圧シリンダーと鋼鉄の杭を組み合わせた大型の超高圧打撃アーム——通称『パイルバンカー』が不気味に鎮座していた。
ガコンッ!
ピックアップが急加速し、逃げるセダンの真横へ並び立つ。
「ヒハハハッ! 逃がすかよぉ!」
ピックアップのアームが水平に展開し、先端の極太スチール杭が油圧を充填していく。
ドッッガァァァンッ!!
爆音とともに放たれた一撃は、セダンのドアパネルをいとも簡単に貫通。強烈な打撃衝撃でセダンは横転し、激しい火花を散らしながら路面を滑って沈黙した。
「……被害はこれで今月4件目か」
桐生探偵事務所の地下ガレージ。
ジョウがホログラムモニターに映し出された現場写真をめくっていた。車体側面にポッカリと開いた巨大な貫通孔の写真だ。
「ええ。今回のターゲットは、高圧油圧で超重量の鋼鉄杭を打ち出す『パイル・ビークル』よ」
ガレージの作業台にポータブルアナライザーを置いたマナが、ハンチングを直しながら告げる。
「うわぁ……ひどい穴だね、マナ姉」
モバイル・ラボのドアにもたれかかっていた純平が顔をしかめた。
「でしょ、純平。パパの構造計算によると、あの打撃速度と局所圧力は普通の装甲板じゃ絶対に防げない。直撃を受けたら、フェーズ2のガードバーやメッシュガードがあっても一発でフレームごと持っていかれるわ」
「直撃厳禁、か。相変わらず命知らずな標的ばかりだぜ」
クーペのボンネットに腰掛けたリュウがタバコに火をつけ、ジョウを見る。
「おいジョウ、前回の磁力要塞といい、最近の事件は露骨に打撃力重視の重装甲ビークルが増えてるな」
「ああ。治安維持課の締め付けが厳しくなったことで、ストリートの違法ビークルは『一撃離脱』のハイパワー型へとシフトしつつある」
ジョウはツインレバーの作動油チェックを終え、タオルで手を拭った。
「作戦はどうする、アニキ?」
純平が身を乗り出す。
「相手のパイルアームは、一撃の威力が絶大だが、杭を引いて油圧を再充填するまでに約2秒のタイムラグが生じるはずだ」
「察しがいいわね、ジョウ。その通りよ」
マナが画面をタップし、打撃シリンダーの運動モデルを表示させた。
「打撃の瞬間は音速に近い速度で杭が飛び出すけど、次の発射までは油圧ポンプのリロードが入る。その2秒間が唯一の隙よ」
「2秒か……。リュウ、敵の射程に入りつつ、打撃の空振りを誘発させられるか?」
「へっ、誰に口きいてやがる。あの手の単発アームは、発射の直前にわずかな車体の沈み込み(予備動作)がある。その瞬間を見極めて横滑り(ドリフト)で交わして見せるさ」
「頼む。俺がその2秒の間に、相手のアーム駆動シリンダーをピンポイントで潰す」
「よしっ! 僕とマナ姉で、高架下の全防犯カメラと路面センサーから敵の出現ルートを先回りして特定するよ!」
純平が頼もしく拳を握りしめた。
「頼んだぞ、純平、マナ」
深夜二時。雨上がりの旧市街・高架下バイパス。
漆黒のA級クーペと、後方を一定距離で追走する装甲ワンボックス『モバイル・ラボ』。
『ジョウ! モバイル・ラボの広域レーダーに反応! 後方300メートルより、高音の油圧モーター音を響かせてターゲットが接近中!』
マナの緊迫した声が通信インカムを叩いた。
『気をつけて、アニキ、リュウさん! 敵は高架の柱の影を利用して急襲してくる気だよ!』
純平のアナウンスが続く。
「来やがったな……!」
リュウがバックミラーを睨みつける。闇の中から、太いスチール杭を構えた異形のピックアップトラックが、咆哮とともに姿を現した——。
(第9話・前編 終わり)




