第5話:漆黒のデュエリスト(前編)
深夜一時の湾岸第7工区。普段はコンテナが整然と並ぶ無人の物流ターミナルが、今夜は異様な熱気に包まれていた。
無数のギャラリーが取り囲む広大な特設エリア。重低音のクラブミュージックと、高回転エンジンの爆音が夜風を揺らしている。
『アームド・デモリション』またの名を『ビークルデュエル』——。
元々はアメリカ発祥の、車体同士を破壊し尽くす狂気のイベント『デモリション・ダービー』を、アームド・ビークル用に極悪化させた闇のサバイバルマッチだ。
狭いエリアに何台ものビークルが解き放たれ、アームで相手を破壊し、最後まで動いていた車が勝ちという極限の潰し合い。
「ヘイヘイ! 今夜のメインイベントだ! 相手を鉄くずに変えてきた闇の破壊王『スカル・クラッシュ』の登場だー!」
実況役の男が叫ぶと、ギャラリーから割れんばかりの歓声が上がった。
エリアの中央でエンジンを吹かすのは、巨大なツイングラップルアームを車体全面に装備したモンスタートラック。先端の爪は過去に叩き潰した他車の鉄くずと塗料で怪しく斑らに染まっている。
その熱気から少し離れた路肩に、ジョウたちの2台のビークル——黒の『A級クーペ』と装甲ワンボックス『モバイル・ラボ』が停車していた。
「……うわぁ、ひどいな。ルール無用のビークルデュエルだよ。まともにぶつかり合ったら、どんな頑丈な車でも一発で廃車だね」
モバイル・ラボの車内で、純平がマルチモニターに周囲の車両データを映し出しながら眉をひそめた。
「浮かれるなよ、純平。俺たちの目的は見物じゃない」
クーペの助手席から、ジョウが無線インカム越しに静かに告げる。
「分かってるよ、アニキ。今回の依頼は、このビークルデュエル会場に最近出没するっていう『辻斬りビークル』の特定でしょ?」
後部スペースでポータブルアナライザーを操作していたマナが、ハンチングを目深にかぶり直しながら画面を見つめた。
「補足助かる、マナ。ここ数週間、サバイバルマッチの最中に突如乱入し、乱戦に乗じて対戦相手のアームだけを精密に破壊して走り去る謎のA級ビークルがいる。被害を受けたドライバーからの裏の捜索依頼だ」
「車体を力任せにぶつけ合うバカどもの中で、アームだけを狙ってピンポイントで切断する……ねぇ」
クーペの運転席でタバコを燻らせていたリュウが、不敵に鼻で笑った。
「車体本体には傷をつけず、アームの油圧ラインやジョイントの隙間だけを狙い撃つなんざ、相当腕の立つクラフトマンかプロの乗り手だぞ」
「うん、マナ姉の持ち込んだ被害車両の残骸データでも、アームのジョイント部が刃物で切り落とされたみたいに綺麗な切断面になってたよ。普通のアーム攻撃じゃない」
純平がデータを同期させる。
「狙いは手柄でも金でもない……自分の技術の試運転か、それともこの街の暴力的なビークルデュエルへの侮辱か」
ジョウが目を細めたその時——
ピピッ!
「ボス! モバイル・ラボの広域レーダーに反応! ターミナル南側の進入路から、未確認のA級ビークルが高速で接近中!」
マナの叫び声が通信を叩いた。
「来たか……!」
ギャラリーの歓声を切り裂くように、ひと際甲高い高回転V8サウンドが響き渡った。
群衆を割ってビークルデュエル・エリアになだれ込んできたのは、つや消しブラックのシャープなシルエットを持つクーペ型A級ビークル。
最大の特徴は、車体両脇に格納された薄型のアーム。その先端には、超高速回転するダイヤモンドカッター状の『回転刃』が装備されていた。
「あれだ……! 『辻斬り』だ!」
ギャラリーが一斉にザワつき、危険を察知して退避し始める。
中央にいた『スカル・クラッシュ』のモンスタートラックが、威嚇するように巨大なツインアームを振り上げた。
「ハッ! 噂の辻斬りか! ビークルデュエルの真髄、潰し合いってやつを教えてやるぜ!」
モンスタートラックが巨体を揺らし、圧殺せんと全速力で突進する!
対する漆黒の辻斬りビークルは、正面衝突を避けるように軽やかにスライド。直撃を交わしながら、すれ違いざまに回転刃アームを一閃させた。
キィィィィィンッ!
闇夜に響き渡る高周波の金属切削音!
モンスタートラックの巨大アームが、力任せの突進の勢いのまま、根元から呆気なく切断されてアスファルトへ転がり落ちた。
「な……なにィ!? 俺の重装甲アームが……一瞬で!?」
腕を失い、バランスを崩して壁に激突するモンスタートラック。
辻斬りビークルは傷一つ負うことなく旋回し、そのフロントライトが、じっと様子を見ていたジョウたちのクーペを捉えた。
「狙いをこっちに変えたぞ!」
純平が悲鳴を上げる。
「ヘッ……あのデカブツみたいに力任せに突っ込んだら一発で終わりだな。だが、こっちの戦い方は最初から決まってんだよ!」
リュウがシフトを叩き込み、クーペのエンジンを吹き鳴らした。
「ああ。ビークルデュエルの真髄である潰し合いに付き合う必要はない。交わし、払い、一撃で仕留める!」
ジョウはツインレバーをガッチリと握りしめ、冷徹な眼光で迫り来る漆黒の刃を見つめた。
(第5話・前編 終わり)




