第13話:闇の刺客(前編)
深夜、雨上がりの旧港湾倉庫街。
水たまりがネオンの残光を映す静寂を破り、甲高いスキール音が鳴り響いた。
「くそっ、何だあいつの挙動は!? 追いつかれる……!」
ストリートのチューナーが駆る中堅クラスのA級ビークルが、バックミラーを覗き込んで悲鳴を上げる。
追走してくるのは、漆黒というよりも「光を吸収する黒」に塗られた、全高の極端に低いレーシング・プロトタイプ型のビークル。
ガシコンッ!
刺客ビークルのフロントノーズから、極細かつ超高剛性の『ワイヤー・グラップルアーム』が静かに展開された。
シュパッ!
「がはっ!?」
夜を切り裂いて放たれた鋼鉄のワイヤー爪が、逃走するビークルの後輪サスペンションを正確に捉える。そのまま車体を強引に引き寄せると、刺客ビークルはすれ違いざまにサイドのブレードアームを一閃。
ズバァァァンッ!!
一瞬にしてドライブシャフトを断ち切られたビークルは、コントロールを失って倉庫のシャッターへ激しく突っ込み、沈黙した。
刺客ビークルは車体を止めると、車載カメラで破損状況をスキャン。
『ターゲット試作アーム、実送評価完了。データ……ファントム・ギア中央サーバーへ送信』
機械的なアナウンスを残し、闇の中へと消え去った。
「……間違いないわ。これまでの素人同然の違法ドライバーたちとは、動きの次元が違う」
翌日、桐生探偵事務所の地下ガレージ。
マナがポータブルアナライザーに投影した事故現場のデータを見つめながら、ハンチングのツバをグッと直した。
「マナ姉、このワイヤー切断の精度……コンマ数ミリの狂いもないよ。車体のデータも警察のデータベースに一切存在しない完全なプロトタイプだ」
モバイル・ラボのモニターを操作していた純平が、深刻な表情で顔を上げる。
「ファントム・ギアが本格的に『刺客』を送り込んできたってわけか」
クーペのバンパーに腰掛けたリュウがタバコの灰を落とし、鋭い目でジョウを見た。
「前回の戦いで俺たちのクーペの戦術データが奴らに送信された。つまりあの黒い奴は……俺たちの『回避して払って撃ち抜く』戦法を対策しに来てるってことだ」
「ああ。敵の狙いは、この街のビークルデータを完全に集め尽くすこと……そして、それを阻む俺たち桐生探偵事務所の抹殺だ」
ジョウが落ち着いた手つきでツインレバーの感触を確かめながら答える。
「ジョウ、相手のワイヤー・グラップルアームは長距離からの絡め取りと、中距離での急速引き寄せが可能な変幻自在の武器よ。安易にアームで払いに行ったら、逆に腕をワイヤーで縛り上げられて動けなくなるわ」
「長距離の引き寄せと、変幻自在のワイヤー……か。普通のビークルじゃ近づくことすらできねぇな」
リュウが不敵に笑う。
「作戦はどうする、アニキ?」
純平が身を乗り出す。
「敵が俺たちの戦術を分析して対策を立ててきているなら、こちらはいっそう高度な連携でそれを上回るまでだ」
ジョウは真っ直ぐに3人を見つめた。
「純平はモバイル・ラボの広域センサーでワイヤーの射出軌道をリアルタイム予測してくれ。
マナはワイヤーの張力が最大になる『巻き取りの同期ポイント』を割り出す。
リュウ、お前のドライビングで敵のワイヤーが届くギリギリの距離を維持しろ。
そして俺が……引き寄せられた力を逆利用して敵の本体を叩く」
「ヘッ……面白ぇ。ワイヤーで引き寄せてもらえるなら、こっちから敵の懐に飛び込んでやるぜ!」
リュウがギヤを叩き込む。
「了解、アニキ! モバイル・ラボの通信ユニット、オーバークロックでワイヤーの弾道計算を弾き出すよ!」
「任せて、ジョウ! パパのベクトル解析を使って、絶対に捕まらない『安全ライン』をリュウに伝えるわ!」
チームの連携が最高潮に達する中、インカムに風見からの緊急通信が入った。
『桐生探偵事務所の諸君、聞こえるか? 例の「刺客ビークル」が旧湾岸大橋の廃道ルートに出現した! 奴らは君たちを誘い出す気だぞ!』
「……来たか。行くぞ!」
漆黒のA級クーペと装甲ワンボックス『モバイル・ラボ』が、エンジン音を響かせてガレージから飛び出した——。
(第13話・前編 終わり)




