9 冤罪事件
翌日、カインが詰所に着くと、中がざわついていた。
よく見ると、下級騎士たちがバタバタと走り回っている。
何事かとその様子を観察していると、前にヒューに拳骨を入れていた中年騎士が声をかけてきた。
「ヒューが帰ってない?」
「ええ、門限を過ぎても帰ってこなかったのです。
ヒューとカイン様は親しくされていましたよね? 何か聞いておられないでしょうか?」
昨日は宿舎に帰るからと別れたのだ。帰っていないなど思わなかった。
「……聞いていない」
考えても心当たりがない。
素直にそう言うしかなかった。
「昨日、おかしい様子はなかったでしょうか? なにか、悩んでいそうだとか……」
中年騎士はガレスといって、ヒューが所属する下級騎士たちの隊長だ。
彼が言い募るのは無断離隊を心配してのことだろう。
無断離隊とは、騎士や騎士見習いが正式な手続きも踏まないまま、出奔することである。
騎士は国や領の機密に関することに触れる場合もある。辞めるときには誓約魔法を使わねばならない。
それを怠れば、国家反逆罪の疑いをかけられ、処刑されてもおかしくないのだ。
「隊長! ヒューが、見つかりました!」
「見つかったか! 今どこにいる?」
「王都警備隊の牢屋です!」
「なんだと――?!」
ガレスの叫びがこだました。
※
――痛い。
意識が浮上した時、まず最初に感じたのは後頭部の痛みだった。
硬い床の上に寝たのか、身体の節々も痛い。ベッドから落ちたのか。いや、昨夜はベッドに寝た記憶がない。
それどころか宿舎に帰った記憶すらなかった。
「……?」
目をうっすら開ける。
空だった。建物の隙間から、青い空が見えていた。すぐそばに、蓋の外れた木箱らしきものが転がっている。
手に何かを持っているのに気がついた。じゃらり、鎖の感触。
手の方に意識を集中させていると、
「いたぞ! アイツだ!!」
叫ぶ声が聞こえた。
バタバタと複数の走り寄る音。次の瞬間、身体に新たな痛みが走った。大の男がヒューに馬乗りになっていた。
「やっぱり持っていやがった! これだ、こいつが盗みやがったんだ!!」
乱暴に手から何かを奪われ、そう叫ばれた。
――盗んだ?!
一気に頭が冷えた。動こうとするが、男が重くて動けない。
「ち、違っ」
「何が違ぇんだ?! お前がマヌケに盗品握って寝てたじゃねえか!」
頬に重い衝撃が走った。殴られたのだ。
「誰か警備隊呼んでこい! 旦那様の大事な商品盗んだガキ、捕まえたってな!」
誰かが走り去る音がする。
違う、そう言いたかった。だが、身をよじろうとすると男が頭を鷲掴みにしてきた。
「オレじゃ、な、い……」
絞り出した声が耳に届いたのだろう、男はにやりと口を歪ませた。
「どうでもいいんだよ、そんなこと」
言われた意味がわからず、一瞬呆けた。
次の瞬間。
鷲掴みにされていた頭を地面に打ち付けられた。
「ッ!!」
「お前はしばらくねんねしてな。起きるころには、全てが終わってるくらいにな」
今度は腹に衝撃が落ちた。
息ができない。苦しい。声が出ない。
何度も、何度も、痛みが襲ってきた。
警備隊が駆けつけるころには、ヒューはもう、声を出す意味を思い出せないでいた――。
※
ガレスとカインが王都警備隊の詰所まで駆けつけた時、ヒューはひどい有様で牢屋の床に転がっていた。意識はないようだった。
「私は彼の上司で、王立騎士団下級騎士第一隊、隊長のガレスです。
彼は何の容疑で投獄されているのでしょうか?」
王都警備隊と王立騎士団では所属が違う。煩わしいほどの書類にサインし、ガレスは警備隊の責任者に尋ねた。
ヒューの様子を目の当たりにし、必死に怒りを抑えているのだろう。握った拳が小刻みに震えていた。
「窃盗の現行犯です。寝ているところを被害者の使用人が捕らえました」
「ヒューはそんなことをしない!」
思わずカインは叫んだ。
ヒューは、まだ名前も知らなかったアリサのためにスリからブローチを取り返したのだ。
彼が盗みをするなんてありえなかった。
「カイン様、気持ちは分かりますが抑えてください。それで? 寝ているところを捕らえた? なら、あの怪我は?」
「捕縛の際に、抵抗したと……」
警備隊の責任者は歯切れ悪く答えた。気まずそうに目を逸らしている。
「それはさすがにおかしくないですか? あまりに怪しい」
「……被害者は貴族家に出入りのある商人なのです。証拠もないのに疑えません」
カインは衝撃を受けた。どう聞いてもヒューは冤罪だ。それなのに、貴族の屋敷に出入りがあるというだけで、商人の方が信頼されている。
「商人の名は?!」
「被害者の情報は秘匿されています。我々には開示の権限はありません」
カインは貴族だ。今までこんな、身分の差があるというだけで理不尽な目に遭ったことなどない。
ガレスを仰ぎ見た。黙っていた。必死に、感情を抑えていた。
――平民にはよくあることなのだ。
思い当たった事実に愕然とした。
「カイン様、行きましょう」
立ち尽くすことしかできなかったカインの肩にガレスが手を置く。
「まだ、やれることはあります」
ガレスは諦めていなかった。強い眼差しにカインは頷いた。
「青いサソリ」
ぽつりと警備隊の責任者が呟いた。
「言えることは、これだけです」
彼は顔を背けてこちらを見もしなかった。しかし、彼の精一杯の誠意が伝わってきた。
「王都の盾たる警備隊に敬意を」
ガレスが警備隊の責任者に対して騎士の礼をとる。カインも慌ててそれに倣った。
「王国の剣たる騎士団に栄光を」
返礼をした警備隊の責任者は、今度はまっすぐにカインたちを見つめていた。




