10 ベリル商会
翌日、カインはアリサの家を訪れていた。
アリサが嬉しそうに「今日は東屋でお茶をしましょう」と案内してくれる。
いつもなら、それだけで幸せな気持ちでいられたのに。
今から、自分の言葉でこの笑顔を曇らせなければならない。
「ヒューが……」
アリサは両手で口元を覆った。カインの話を聞くにつれ、どんどん顔が青ざめている。
アリサには、ヒューがひどい怪我を負わされたことは伝えなかった。優しいアリサは倒れてしまうかもしれない。
「アリサ、貴族家に出入りしていて、『青いサソリ』に何か心当たりはないか? 俺たちには情報が必要なんだ」
平民の、それも下級騎士見習いに騎士団が正式に動くことはない。父に相談はした。警備隊と同じ返答だった。ましてや、子供の窃盗容疑。騎士団の領分ではない。
青いサソリにも心当たりがないという。
カインはそれで諦めることはできなかった。たとえアリサに悲しい顔をさせたとしても、必死に駆けずり回るしかない。
「ごめんなさい、私にもわからないわ……。
そうだ! お母様に聞いてみましょう。お母様は物知りですもの」
「あら、わたくしがどうしたの?」
絶妙なタイミングで声がかかった。
アリサの母、リーサが菓子皿を手に持って立っていた。カインの好物だった。
「ちょうど、昨日買ってきたのよ」
リーサはそう言ったが、隣でアリサがふふと笑っている。後で、「昨日、訪問をお知らせする手紙が届いたあと、お母様ってばはりきって買いに行っていたのよ」とアリサが教えてくれた。
「お母様に聞きたいことがあって。
ねえ、お母様、青いサソリの商会ってご存知?」
「あら、アリサもお年頃なのねぇ。でも、わたくし、ベリル商会の宝飾品はおすすめしないわ。上品ではないんですもの」
「ベリル商会……」
「最近話題だものね。お手頃だからか下位貴族には人気だけれど……」
リーサは娘が宝飾品に興味を持ったことが嬉しいようだった。けれど、ベリル商会の商品を思い出したのか悩ましそうにしている。
彼女は侯爵家から分家した男爵家の人間だ。
初代男爵の「高潔たれ」という教えに則って、教育水準は侯爵家と同じなのである。
審美眼は厳しかった。
「お、お母様! 私、一度商会に行ってみたいわ!」
アリサは両手を組んで、リーサの顔を見た。
「私、どうしても気になるの。お願い!」
必死な様子にリーサは嘆息し、両手を腰に当てた。
「しかたない子ね。まあ、これも勉強だわ。護衛と侍女を連れて行くのなら許可します。
それからカイン。
アリサのエスコートをお願いできるかしら?」
「! はい!」
椅子から立ち上がり、騎士の礼をとる。
リーサは満足そうに笑い、「あなたのお母様には、わたくしが伝えておくわね」と言った。
※
その商会は、中央に青いサソリが描かれ、その周りを宝石が取り囲む意匠の商会紋を看板にしていた。
「青いサソリ…」
カインとアリサは商会紋が描かれた看板を見上げた。
「行こう」
カインの言葉にアリサが頷く。
二人の後ろにセレス家の侍女と護衛が続いた。
扉をくぐると、カウンターの上に色とりどりの魔石を使った宝飾品が並んでいた。
正直、カインには良し悪しがわからない。
ただ、隣に並ぶアリサにどれが似合うだろうかと考えた時、手に取ってみようと思えるものは何もなかった。
「ようこそ、お越しくださいました。
なにかお探しですか?」
ひょろりとした男が話しかけてきた。店主だろうか。
身に着けている衣類の質がよい。動きも最近貴族家に出入りできるようになった商人としては、洗練されていた。
「彼女がベリル商会の品が話題と聞いて、気になったようなんだ」
「それは誠にありがとうございます。
こちらの商品は初めての贈り物に最適ですよ」
手で示した棚には、小ぶりの魔石を金色の装飾で囲んだネックレスが並んでいた。
……やはり良さはわからない。ゴーレムの手が鷲掴みにした意匠だろうか?
アリサはそれぞれのネックレスをじっと見つめていた。真剣そのものだった。
そして、一つのネックレスを指差し、カインに言った。
「ねえ、カイン様。これ、素敵だと思いませんか?」
いつもと様子が違うアリサ。言葉の端にいつもはない甘さがにじんでいる。
「私、一つこういうものが欲しいと思っておりましたの」
アリサの目を見る。真剣だった。
「……だめ、かしら?」
アリサが少し眉尻を下げて、こてん、と首を傾げた。かわいい。
「……カイン様?」
「――っ、買おう。もちろん」
慌てて笑顔を取り繕った。
※
「ごめんなさい、買わせてしまって」
「いや、大丈夫。騎士の給金、あまり使ってなかったし。それより、なにか理由があるんだろう?」
帰路の馬車の中、アリサがカインに頭を下げた。カインは首を横に振り、アリサに先を促した。
「ええ、このネックレス……気持ちが悪いの」
「気持ちが悪い?」
確かに良い品だとは思えなかった。しかし、アリサの言う気持ち悪いはもっと別のことのような気がした。
「魔石の宝飾品は普通守護や美容の魔力が付与されているでしょう? これは、確かにそういう魔力も付与されているんだけど……なにかが、混ざっているの。
――それが、とても気持ち悪い」
「それに、店主の顔を見た? ベルク家の紋章を出した時の」
「ああ……おかしかったな」
一瞬だったが、支払いのための認証紋を出した時、あのひょろりとした男は顔を曇らせた。
悟らせまいとすぐさま笑顔を貼り付けていたが、騎士の家の紋章で負の感情を見せるなど、怪しいと言っているようなものだ。
「父上に頼んで、魔道士に鑑定してもらおう」
胸がザワザワとする。これは子供だけでは解決できない。大人の手が必要だ。
急がなければならない。なぜなら、ヒューの時間はあまり残されていない。
ガレス隊長が言っていたのだ。
軽微な罪は三日で監獄に移送される、と。




