11 緊急査察
アリサと別れた後、カインは騎士団の詰所へ向かっていた。
父の帰りはいつも遅い。帰ってくるまで待つことなどできなかった。
「騎士団長に急ぎ取り次いで頂きたい」
騎士団の中で、カインは父のことを騎士団長と呼んでいる。公私を分けるために、見習いとして騎士団に入る時に父と最初にした約束だった。
「承知しました、カイン様」
答えたのは父の右腕と呼ばれる男だ。
「ここでお待ちください」と応接室にカインを案内し、部屋を出ていった。
カインはベリル商会のネックレスを取り出した。赤い魔石のネックレス。
魔力を感知するために目に力をこめる。弱い守護の魔力が見えた。同時に、それに纏わりつくような嫌な感覚。
「カイン、今日は非番ではなかったのか?」
扉を開けながら父が応接室に入ってきた。
「はい、急ぎ調べてほしいものがあり、持参いたしました」
「そうか、見せてみろ」
対面のソファに座り、父が言った。身内ではなく、『騎士団長』の顔をした。
「こちらは、ベリル商会のネックレスです。
この意匠、どう思われますか?」
「悪趣味だろう。お前、間違ってもアリサ嬢に贈るなよ?」
「なっ?!」
真面目に話をしたつもりだったのに爆弾を投げつけられた。
カインは赤くなる頬を必死に擦り、心を落ち着かせようと頑張った。
「団長、からかうのはやめましょう。カイン様、ベリル商会というのは、最近貴族家に出入りするようになった商会ですね?」
後ろに控えていた右腕の騎士がクツクツと笑う。上手に話題を変えてくれた。
「はい、最近話題のようです」
「これが?」
父は盛大に眉を顰めた。父は上に二人も姉がいるせいか、騎士の割には宝飾品に対する審美眼が鋭い。
「よく見てください」
カインは持っていたネックレスを二人の眼前に置いた。
父と右腕の騎士はじっとネックレスを見つめた。
「なるほど、これは……」
「隠蔽が上手いですねぇ。あるのに、見えない」
やはり二人ともこのネックレスの気持ち悪さに気づくようだ。
カインは一度深呼吸した。失敗は、許されない。
「これは、下級騎士見習いのヒューが盗んだとされる宝飾品を扱う商会で買い求めたものです」
二人の動きが止まった。ヒューがカインの友人であることは二人も知っている。
昨日、言われたばかりなのだ。
「最近、下位貴族の中では話題だそうですよ」
大人たちはもう一度、ネックレスを見つめた。最初にカインをからかった時の笑顔が嘘のように険しい。
「魔道士に、緊急鑑定を依頼しよう。
カイン、ガレスを招集しろ」
「はっ」
カインは騎士の礼をとると、急いで立ち上がりそのまま駆け出した。
普通なら無作法を咎められるところだが、指摘した大人はいなかった。
※
魔道士に鑑定を依頼した後は早かった。
結果が出ないうちから、下級騎士たちはガレスの指揮のもと編成され、あとは出動の命令を待つだけになっている。
一刻が過ぎる頃、結果が出た。
精神汚染――洗脳の魔力だった。
「王立騎士団だ! ベリル商会の取り扱い品について強制査察を行う!」
ガレスが下級騎士を率い、ベリル商会の扉を開けて宣言した。
幸い、客はいなかった。ひょろりとした男とスキンヘッドの男の二人だけ。
スキンヘッドの男はガレスの言葉を聞いて、その瞬間裏口の方へ逃げ出した。
「捕らえろ!」
下級騎士たちがスキンヘッドの男を追う。すぐに裏口で待機していた何人もの騎士に取り押さえられ、身動きが取れなくなった。
「俺は違う! 命令されただけだ!」
男が叫んだ。
「なんでガキ一人殴っただけで騎士団が出てくるんだ?!」
カインは目の前が赤く染まったように感じた。男に駆け寄り、拳を叩きつけたかった。
しかし、カインは未だ見習い。その権限はない。
この緊急査察に同行できたのは、ネックレスを持ち込んだ本人であること、それだけが理由だった。
男が叫んだガキがヒューのことであることは想像に難くない。分かっていても、手を出すことは許されない。
目の前に敵がいるのに手を出せない、カインは拳を握って耐えることしかできなかった。
「何故だ! 私の素晴らしい商品の何が悪いのだ!?」
横ではひょろりとした男が叫んでいた。ガレスはスキンヘッドの男同様取り押さえられた男の前にしゃがみ込み、紙をひらひらと揺らした。
魔道士による鑑定書だ。
「魔道士の鑑定で、洗脳の魔法を隠蔽していたことは調べがついている。
お前が下位貴族の屋敷に出入りしていたことが幸いした。騎士たちの家門に協力を依頼したら、お前の商品がわんさかと集まってな。
その全てに、洗脳の魔法が付与されていた」
「違う! あれは私の商品の魅力がわかるようにしてやったんだ! センスのない奴らに教えてやっただけだ!」
身勝手な言い分を声高に叫ぶ男に吐き気がする。気付いたら仲間の制止を振り切って男の元へ近づいていた。
「ヒューは? ヒューは何故、ひどい怪我を負わなければならなかったんだ?」
自分でも意外なほど、冷徹な声が出た。
「ヒュー? 誰のことだ?」
「下級騎士見習いの、平民のことだ」
ああ、こいつはヒューのことなど認識もしていなかったのか。
「なんだ、盗人に仕立てたガキのことか。平民ごときが、私の素晴らしい商品に触れられたことに感謝してほしいくらいだ!」
気付いたら剣の柄に手をかけていた。しかし、抜くことはできなかった。
ガレスがカインの腕を掴んでいたのだ。力強く、カインには少しも振り払える気がしなかった。
「カイン様、抑えてください。
ここであなたが奴を殺してしまったら、ヒューには二度と会えません」
そうだ、ヒューはこんな奴のせいでカインが規律違反を犯すことは望まないだろう。
こいつをカインが怒りのまま殺しても、ヒューが友達でいてくれる未来を想像できなかった。
ガレスがひょろりとした男に向き直った。
「お前は法の下に処罰される。
心して沙汰を待て!」
男たちは最後まで抵抗していたが、今度はなんとか最後まで我慢することができた。
※
翌日、日の昇りきった頃、カインはガレスと共に警備隊の詰所へと来ていた。
迎えたのは前に会った警備隊の責任者だ。初めて笑顔を見た。
「お待ちしていました。引き受けの書類に記入をお願いします」
ガレスが書類を記入する横でカインはそわそわと落ち着かない。
書類を書く手が早まりはしないかとじっと見つめていた。
書類を記入し終えてしばらく、ガチャリと扉が開いた。
警備隊の一人に連れられたヒューだった。
「ガレス隊長、カイン……」
カインは気付いたらヒューに抱きついていた。ヒューの「いてて」という声に我に返り、慌てて離れた。
「二人とも、ありがとう」
そう言ったヒューの顔は紫や黄色のひどい色になっていた。後で聞いたが、歯が折れたり、骨折していなかったのが不思議なくらいだ。
「オレ、もうだめだと思った」
ぽつりと、独り言のようにヒューは言った。
ヒューはぽつりぽつりと語ってくれた。
あの日、裏通りを通ったらスキンヘッドの男に盗人扱いされ、暴力を受けたこと。
次に目を覚ました時は牢屋内だったこと。
状況を察して、絶望したこと。
「でも、言われたんだ、諦めるなって」
言ったのは、警備隊の責任者だった。
『お前の仲間は、まだ諦めていない。
お前も最後まで、信じるんだ』
そう言って、傷薬や毛布を差し入れてくれたのだと。
入り口近くに立っていた警備隊の責任者が咳払いした。
あきらかに首を背けてこちらを見ないようにしている。耳が、赤くなっている。
「……私にも、息子がいます」
それだけ言って、また黙った。
ガレスとヒュー、カインは騎士の礼をとる。
「王都の盾たる警備隊に敬意を!」
「王国の剣たる騎士団に栄光を!」
全員、晴れやかな顔をしていた。




