8 平民のヒュー
少年の正体は、すぐに分かった。
騎士団の詰所でばったり会ったのだ。
「お前、あの時の!」
げっ、と声を漏らし、露骨に嫌そうな顔をした少年はヒューという平民だった。
一年前から下級騎士見習いとして働いていた。
「だから、俺が騎士だと分かったのか」
あの時、カインは非番で帯剣すらしていなかったのだ。後になって、どうしてカインが騎士だろうと分かったのか不思議に思っていたが、なるほど。相手はすでにカインを見知っていたのだ。
「ばーか、騎士になろうってヤツがベルク家知らねぇとかありえねぇだろ……ってぇ!」
隣にいた中年の騎士から拳骨が落ちた。
「馬鹿者! 貴族と分かっておるなら言葉に気をつけろ!」
カインは声をあげて笑った。このあけすけな少年と仲良くなりたいと思った。
※
「ヒュー、この間の模擬戦、すごかったわ」
「当然だろ! 一位になると特別褒賞が貰えるんだぜ」
ヒューに詰所で会ってから、カインはすぐにアリサにも紹介した。
アリサがヒューにあの日のお礼を言いたがっていたからだった。
まったく邪気のない可愛らしい少女にお礼を言われ、しどろもどろになったのは忘れたい記憶だ。
「悔しいなぁ、あのフェイントに引っかからなければ俺が一位だったのに……」
口を尖らせながらカインが言った。
「へっへーん、負け惜しみが!」
口悪く追い打ちをかけるが、嘘だった。
実際、カインがフェイントに引っかからなければ負けていたのはヒューの方だった。
二つ年上というアドバンテージがあっても、カインとの実力差はどんどん縮まり、あと一年もしないうちに抜かされてしまうのだろう。
以前なら、貴族に負けるのは悔しかったはずだ。あいつらは身分だけで、実力もないのに自分より高い給金を貰い、安全な場所で下級騎士を見下しているのだろうと思っていたから。
今は違うことを知っている。
カインは誰よりも努力をする男だった。見えないところで努力を続け、それを吹聴することもない。
アリサも令嬢としての教養を遅くまで勉強しているらしい。たまに眠そうに目をこすっている姿を知っている。
平民のヒューを友達だと言って憚らない二人を、大事にしたいと思った。
※
「じゃあ、オレ、宿舎こっちだから」
下級騎士見習いでも宿舎に入れる。寝床、飯、金と三拍子揃う職はたとえ少々キツくともヒューにとっては十分魅力のある職業だった。
それを言うと、カインが呆然としていた。
「騎士の誇りは……?」
知ったことではない。誇りで飯は食えないのだ。
そのやり取りを見ながら、アリサがクスクスと笑う。
「ヒューはちゃんと将来を見据えて動いているのね、すごいわ」
まるで、自分が立派な人物になったように言うものだから、照れくさかった。
二人と別れたあと、ヒューは近道である裏通りを通った。治安は多少悪いが、腕に覚えがあるのだから構わないと思っていた。
その無駄な自信が己を追い詰めると知ったのは、後頭部に鈍い衝撃を受けた後のことだった。




