6 魔王の秘密
それから数日かけて、城を回ったロイドはまた頭を抱えていた。
魔王城の周辺は、常春と言える温度に保たれていて快適だ。
それが村の方まで行くと、途端に寒くなる。今の時期は秋の終わり。冬に向かってどんどん風が冷たくなる時期だった。
城の中は温度だけではなく、住み心地も快適だった。
清潔なリネン、掃き清められた通路、毎日温かく栄養のある食事。
すれ違う魔族は血色よく、瞳にキラキラとした希望を宿している。
皆がよく学び、よく働いている。
「魔王の様子も、おかしい……」
魔王はその魔力さえなければ、穏やかで美しい、良き女主人だった。
連日、カインがまとわりつき少し疲れている様子だったが、それさえも人間らしく、思わずうちの勇者がすみませんと謝りたくなる。
「おっさん、調査終わったー?」
軽い口調で話しかけてきたのはヒューだった。この男はこの男で、魔王城内を調査している。ロイドもそれには気づいていた。
だが、ロイドが感じる違和感とは別の感想を抱いているらしい。
ロイドがだんだんと疲弊していくのに反比例して、機嫌が良くなっていった。
「お前は何を知っている? ここがおかしいことには気づいているんだろう?」
「カインに聞きゃいいじゃん。
おっさんだって分かってるんだろう?」
それが嫌だからお前に聞いているのだ、とは口に出さなかった。
カインに聞けば早いのは分かっている。
だが、今は色ボケしているようにしか見えない勇者に聞いても、狂った台詞しか出てこなさそうだった。
「グズグズすると、間に合わなくなるかもよ?」
何を、と聞こうとしたがヒューはさっさと背を向けて立ち去ろうとしていた。
声は、出なかった。
※
魔王の執務室。
リンはここ数日で気づいたことがある。
休憩中、魔王とカインが隣り合って座っている時、なぜか居心地がよいのだ。
勇者が近くにいることで魔王の魔力が無効化されるのか、あの重苦しい空気を感じない。
もっとも、魔王が執務中の時は別だ。カインが邪魔をするせいで魔王がイライラしていて、色々な意味で居心地が悪い。
「リンさん、今日のお菓子は村の子供たちが収穫した桃で作ったのよ」
差し出されたのは桃のタルトだった。瑞々しい桃にサクサクのタルト生地。濃厚なクリームが合わさって、非常に美味しい。
「美味しいです」
「良かったわ」
にこりと笑う魔王はとても美しい。
所作も、魔王になる前は貴族令嬢だったのかと思うほど洗練されている。
それも貴族ならば高位貴族だ。
下位貴族ではここまでの所作は身につけられない。
高位貴族の令嬢が魔王認定されたという情報はないから、魔王化した時になにかの要素が働いたのかもしれない。
コンコン
ノックが響く。
メイド長が応対し、魔王を振り返った。
「アリサ様、ロイド様がお越しでございます」
「お通しして」
ロイドが執務室に入ってくる。彼をこの場所で見たのは初めてだった。
勇者の爆弾発言から数日、帰ろうとしない勇者に合わせ、一行も魔王城で寝泊まりしていた。
ロイドは頭を抱えたり、硬直したりしながら城内の調査をしていたようだった。
「勇者殿、聞きたいことがある」
苦虫を噛み潰したような顔でロイドが発した。まるで、本当は聞きたくないかのように。
「なに? アリサと話すのに忙しいんだけど」
言いながらもカインは笑っていた。
「私はこの城内を調査した。
これは魔王の魔力によるまやかしで、本当の姿は違うのではないかと」
幾重にも張った守護結界。
毒も、精神汚染も、物理も魔法も。
そして、気づいた。張っただけだった。何ものにも侵されていないから、それ以上の魔力を消費しない。
ただただ、住み心地のよい、ありえないほどの平和な日常が続いていた。
「違った。
ここはあるがままだ。何も、偽りがない」
うんうん、とカインが頷く。「アリサは優しいからね」と言って魔王が微妙な顔をしていた。
「勇者殿、ソレからは魔王の魔力を感じる。
だが、『魔王』なのか?」
にぃっ、とカインの笑みが深まった。
ゾクリ、背中が粟立った。
「魔王だよ」
カインがまるで今日の晩ごはんのメニューを告げるように軽く言った。
「先代勇者だった、ね」
世界が、壊れる音がした。




