5 魔王の執務室
リンは世界から認定された聖女だ。
勇者は白銀の光が走るが、聖女は淡い桃色の光と、幻の花びらが散る。どちらも美しい光景ではある。
けれど、リンは本当は勇者になりたかった。
素質がある、と言われていた。勇者になるために努力もしていた。
剣術も魔法も、日が暮れるまで全力で取り組んだ。自分なら、なれると信じていた。
世界が選んだのはカインだった。
勇者のパーティに選出された時、カインに思うところがなかったわけではない。
心の中の、もやもやした感情はカインと過ごすことで少しずつ変化した。
カインの指示に従うのが悔しくて、単独行動をとったことがある。
その結果、強い魔物に襲われた。
真っ先に助けに来たのは、カインだった。
ひどいことを言って離反したつもりだったのに、カインはまずリンの無事を喜んだ。
少し遅れて到着したヒューとロイド(走る速度が速すぎて置いてかれた)と共に魔物を倒した。
「カイン様、怪我を……!」
魔物に脇腹を抉られていた。これはわたしの、罪だ。リンは思った。
聖女の祈りで傷を癒やす。
「ありがとう、助かるよ」
優しく微笑んだカインに、涙腺が壊れた。
「どうして……! わたし、ひどいこと、言ったのに。放っておけばよかったのに」
「こんな、痛い思いしてまで……」
「痛い思いしても、いいよ。
俺は、君が悲しい気持ちのまま死んでしまったら、悲しくなる」
一度こぼれた涙は次々と湧いてくる。グスグスと鼻をすすりながら、乱暴に手で涙を拭こうとすると優しく止められた。
「目が痛くなるよ。ほら、これで拭いて」
痛い思いをしてもいいと言った口で、目の痛みを心配された。
「だから、君が俺のことを嫌いでも助けに行くよ。
何度でも」
涙を優しく拭われながら、カインの顔を見ていた。
少し眉尻を下げた、困ったような顔。けれど、何度でも、と言った言葉は強く、毅然としていた。
ああ、勇者様だ。
すとん、と心に落ちた。
誰でもない、彼だから勇者に認定された。
わたしの役目は、彼を支えること。彼に伝わらなくてもいい。わたしの全てで、彼が守りたいものを守るのだ。
※
――と、思っていた時期がわたしにもありました。
「アリサ、いつ王都壊滅させる? 俺はもう準備できてるよ?」
「壊滅させない! 今、来月の治水工事準備で忙しいんだから邪魔しないで!」
ここは魔王の執務室。
魔王、執務室なんて使うんだ……と思ったが、机には書類が積み上がり、アリサは羽根ペンを高速で動かしている。
その横で茶々を入れているのは、リンが敬愛する勇者なのだ。
カインは朝食後、当然のようにアリサの執務室へ向かった。リンはカインのそばにいたくて、その後を追った。
その結果が、これだ。
魔王が執務をどんどん片付ける横でずーっと、本当にずーっと飽きることもなく話しかけて邪魔だと怒られ続けている。
「ねえ、アリサ。その治水工事って、王都の川を干上がらせるとかそういう効果ある?」
「あるわけないでしょう?! 縁起でもないこと言わないで!」
寡黙で優しい勇者、どこ行った。




