4 魔王城の畑
「あれねー、うちのはたけ! アリサさまがおしろのなかにつくってくれたんだよ」
小鬼の少女、ミィが嬉しそうに指差した。
魔王の城の中に、畑。
しかも、規模が大きい。何人もの頭に角を生やした魔族が鍬を手に畑を耕していた。
「耕して、いるな……」
「もうすぐ、おいも、うえるんだよ! あま~いやつ!」
「ん? このあたりはもうすぐ寒くなるはず……」
「むらはむぎうえるの!」
「は?」
おかしい。ミィが言う甘い芋はさつまいものことだろう。あれは王都周辺の温暖な気候の地域で栽培されるものだ。
そして麦なら、この地域では確かに今頃が種まきの時期だ。あれは寒さを越えて育つ作物なのだから。
「あー、ミィ。さつまいもは大きくなれないかもしれない。あれは暖かい地方で育てるものなのだ」
「なんで? まえもいっしょだったけど、おいもおっきいのとれたよ?」
「…………」
ロイドは頭を抱えた。己の常識外のことを平気で話す小鬼がいる。
「むぎはね、アリサさまがパンつくってくれるんだよ! ふわっふわでおいしいの!」
「魔王が、パン……」
ロイドの頭の中ではガラガラと常識が崩れ落ちる音が響いていた。
※
ヒューは隠密スキルを使い、城の中を探索していた。
「ここも問題なし、っと」
城の中は常に魔王の魔力を感じ、胸の奥がザワザワする。
油断すると暗い感情がじわりじわりと己の内側を侵食していくようだった。
それなのに城内は重苦しい空気が立ち込めることはなく、むしろ何もかもが普通だった。
塵一つなく掃き清められた通路、すれ違う魔族は血色よく目には力が宿っている。どの魔族もそれぞれの仕事道具を手に忙しく働いていた。
洗脳され、無理やり動かされているのではなく、誇りを持って仕事に従事しているのがわかる。
王都であれば、良き主人に勤勉な使用人のいる善良な貴族家のように思えるのだろう。
「ほんっと、アリサらしい」
独り言は、誰に聞かれることもなく空気に溶けた。
※
「アリサ様は本当にお優しい方で」
「俺たちには働きすぎるな、っていうくせにご自分は働きすぎるよな」
「この間、メイド長に強制的に寝室へ連行されてるの見たぞ」
ロイドの周りには、なぜか魔族たちが集まってきていた。
いや、ロイドの常識が砂塵と化して風に飛ばされている最中に、ちょうど休憩時間になったのだ。
アリサの客人だからか、彼らに警戒の色がない。あっという間に囲まれて、お茶を供され、会話に混じることとなった。
ロイドが魔族たちの前で鑑定スキルを使っても、彼らは苦笑するばかりで怒る者はいなかった。
「お前たちはあの女が魔王だと知らないのか?」
杖を握りながら、あえて失礼な物言いで聞いた。たとえこの距離で全員に飛びかかられても対処できる自信はあった。
魔族たちは、顔を見合わせた。
ロイドは杖を握る指に力を込める。
しかし、返ってきたのは怒声ではなく、困ったような苦笑だった。
「知ってるさ。俺たちだって、元は人間なんだから」
こめかみの角を触ったのは20代半ばに見える青年魔族。
伝え聞く、魔族の特徴。変質していく身体。
最初は闇に呑まれるのではないかと怯えた日々。
「でも、コレのおかげで俺の嫁と娘は死ななかった」
す、と視線が向く先はミィだった。
ミィは他の小鬼たちと追いかけっこをして遊んでいる。
「嫁は食べるものもなくて、腹の子を育てることができないと言われていたんだ。
このままでは母子ともに死んでしまうと」
青年魔族が視線を動かして、雑草を抜いている若い魔族の方を見た。
「でも、アリサ様が来てくれた。身体が変わっていくのは怖かった。だが、病にかからなくなったし、力がついた」
年嵩の魔族が、懐かしむように目を細めた。
「アリサ様が毎日獣を狩って持ってきてくれたな、あの頃」
「村のそばにあの魔力で城を建築し、温かい寝床を提供してくれた」
魔族たちの表情は柔らかく、昔を懐かしむ口元には笑みが浮かんでいた。
「俺たちにとって、あの方こそ救世主だ」
ロイドに衝撃が走った。
おかしい。
文献に残る魔王とは、何もかもが違う。
いや、この重苦しい魔王の魔力は文献通りだ。だから、アリサと呼ばれる女は魔王なのだ。
魔王なのに、違う存在?
ロイドは持っていた茶を、見つめることしかできなかった。




