30 魔王討伐
作戦決行の日、一行は王の間に集まっていた。
ここは、勇者パーティが初めてアリサと対面した場所だった。
アリサによると、この場所が、城の中で一番内側からの衝撃に耐えられると言う。どんなに暴れても外に危険が及ぶことはない。
魔王と勇者の最終決戦には相応しい場所でしょう、とアリサは笑うが、これは笑うところなのだろうか?
「魔族たちがベッドを運んでくれました。
アリサ殿にはそこに横たわっていただきます」
ロイドが指揮を執っている。魔族たちは素直にロイドに従っていた。
「リンはここで待機。勇者殿とヒューは破魔の剣を構えてください」
リンはカインが鞘ごと手に持っていた破魔の剣を見て、ギョッとした。
人差し指の第一関節分だけ、刀身が見えるよう鞘の先端部分が加工されていた。
「カ、カイン様、それは……?」
「いいアイデアだろう? 昨日までサラシで巻いて刀身持てるように調整してたけど、鞘の先だけ切ればより安全じゃないかって思いついて」
「夜中に急に叩き起こされるから何かと思ったぜ」
ふわぁ、とヒューがあくびした。
「こ、国宝……」
リンは考えることを放棄した。
「準備ができたら、魔族たちは安全のために外に出てください」
ロイドが指示すると、魔族たちは口々にアリサや勇者パーティに声援を送りながら退室していく。
その様子をアリサが笑顔で見送っていた。
そして、最後の魔族が出ていくと、アリサの身体が小刻みに震え始める。
「ご、ごめんね。なんか、最近あまりに幸せで、……怖くなってしまったの」
リンは、アリサの手を握った。
「大丈夫です、アリサ様。
わたしは聖女です。勇者様と共に、勇者様が守りたいものを守ると決めました。
だから、カイン様が守りたいアリサ様を。
アリサ様が守りたいこの世界を、わたしは守ります。絶対に!」
ロイドが、手を重ねた。
「私は勇者パーティに選ばれた、最高峰の魔道士です。矜持があるからこそ、あなたを疑い、調査した。
そして、確信しました。
あなたは魔王の力を持ちながら、誰よりも人を救おうとした勇者でもあるのだと。
あなたを喪うことは、世界の損失です」
ヒューが、さらに手を重ねる。
「オレは、アリサを苦しみから助けたい。
平民のオレを助けることを迷わなかった、優しいオレの友達を、さ」
最後に、カインが手を重ねた。
「俺は、愛する人をただ迎えに来ただけ。
アリサが愛してるなら、ついでに世界も救うだけ。
大丈夫! 失敗したら、俺も死ぬから!」
「重い! あと、不安になるから、本当にやめて?!」
カインが当然のように台無しにしてくる。
少しして、ふふ、とアリサが笑いを漏らした。
「私、生きなきゃね。……カイン、本当にやりそうで怖いし」
アリサが一人ずつ、目を合わせた。
「魔王討伐、私と一緒に頑張りましょう!」
全員が笑顔で応えた。
※
アリサは用意された寝台に横たわった。
半刻前にマンドラゴラの麻酔薬をみぞおちのあたりに塗りつけてあるため、そのあたりの皮膚感覚はすでになくなっている。
身に着けているのは、簡素な白い服だった。
作戦の決行が決まってから、メイドたちが用意してくれた。「アリサ様のお肌は、チラリとも見せません!」と力説された。
枕元にはリンが待機し、アリサの手を握っている。
カインは剣の柄を握り、ヒューが鞘を握った。細かい場所の微調整がヒューの担当だ。
ロイドは鑑定を発動させた。
アリサのみぞおちの奥に魔王の魔力が渦巻いているのが見える。
慎重に、しかし確実に魔王の魔力の核を破壊できるよう場所を指示した。
「そう、そこです」
ヒューがずれないように鞘を握る。
「いくぞ」
「ええ」
短い言葉だけを交わし、ヒューとカインは示された場所へ慎重に刃を沈めた。
途端、魔王の魔力の圧が増した。
魔王の魔力が赤黒い稲妻となって、アリサの周りに落ちた。
カインは破魔の剣に勇者の力を乗せる。アリサだけは傷つけないよう、慎重に、しかし確実に魔王の魔力を制圧するように乗せる力を増やしていく。破魔の剣から白銀の光が溢れ出てきた。
リンはぶるぶる震えるアリサの手を強く握った。早く、早く。そう願いながら。
「勇者殿、あと少しです!」
ロイドが叫んだ。魔王の魔力は核が小さくなっているにもかかわらず、凶暴さを増していた。白銀の光と喰らい合うように暴れ回って、ピシリ、ピシリと仲間たちに細かな傷を刻んだ。
「お願い!」
アリサは空いている手を自分の胸の上に置いた。
そして、強く願う。自分の中に残っている勇者の力。
魔王の魔力を、押さえつけるために。
アリサの白銀の光が溢れた。光はどんどん強くなり、カインの光と混じり合う。
そして、赤黒い稲妻はとうとうその光に呑まれたのだった。
「今です、リン!」
ロイドの合図と共に、カインとヒューが剣を引き抜いた。
ここからは、リンの役目だ。
全力で、癒やしの力を使う。リンを中心に、幻想の花びらが舞い散った。
それは、とても美しい光景だった。
白銀の光の残滓が降り注ぎ、幻想の花びらが舞う。
アリサは涙を流した。
自分の内から、魔王の魔力を感じない。
「生きてる……」
たどり着けない、夢。
それが現実になった瞬間だった。




