29 マンドラゴラの麻酔薬
「アリサ様のために、マンドラゴラの麻酔薬を? もちろん、喜んで!」
村から呼ばれた魔族は、二つ返事で引き受けた。
「いやー、アリサ様のおかげで村の者たちは皆元気で暇だったのですよ! おかげで薬草研究が捗りましたなぁ!」
鍛えられた筋肉の眩しい快活な男だった。
村のために医術を学んで帰ってきたものの、魔族化した村人たちは病気一つせず、怪我をしてもすぐ治る。
そのため、暇な時間を農作業や薬草採取などに使い、さらに健康的になったのだった。
「魔族になってから体力も魔力もあり余りまくって! 貴重な毒草の群生地にも入れる! こんなに研究者冥利に尽きる身体はありません!」
そうアリサにまくし立てていた。
「マンドラゴラの麻酔薬なら、去年毒性を限りなく排除する方法を開発しました。街にいる友人に秘密裏に製法を売りつけたら、『これは世界を救う発明だぞ?!』と驚かれましたなぁ」
あっはっは、と笑っている男を見て、勇者パーティは顔を見合わせた。
アリサだけは、「まあ、すごいわね」と男に素直に褒めている。
麻酔薬の在庫はないとのことで、男と補助としてヒューが採取へ向かうことになった。
カインは剣を折ることなく、安全に使えるように調整することにした。リンはその最中の怪我の癒やし担当。
ロイドは今まで判明した内容を纏めたいと部屋に籠もった。
アリサは、皆が動き出したのを見て、仕事に戻った。
まだ足元がふわふわして、落ち着かない心地が続いている。
誰も彼もが、アリサを否定しない。
アリサは魔王の魔力で魔族化した村人たちにずっと負い目があった。けれど、村人たちはアリサに優しい。
手を止めて、メイド長を見た。
身体が変質していくのが怖いと泣いていた少女。元に戻してあげたかったけど、できなかった。
「アリサ様、どうかされましたか?」
赤黒い角がある以外は、普通の人間に見える。
「ねえ、ミラ。……あなたは今、辛くない?」
「アリサ様のおかげで、幸せです」
優しい笑顔を浮かべて、即答された。
カインたちが来る前だったら、同じ言葉を返されて素直に受け入れられただろうか?
「アリサ様が、もう少しお休みしていただければ、もっと幸せです」
笑顔が少し怖くなった。
「……前向きに、検討します」
メイド長の笑顔が優しいものに戻った。
アリサはメイド長が淹れた紅茶に手を伸ばし、止まった。
液面に映っていたのは、笑顔の自分だった。
※
作戦決行の日が、あと三日に迫った。
カインはバルコニーで空を眺めるアリサを見かけた。
アリサの名を呼ぶと、笑顔で隣に座ることを促された。
「アリサ、最近仕事終わるの早いね」
「メイド長に、少し休むように言われたのよ」
カインは村人たちが、アリサが全然休んでくれない! と嘆いていることを知っていた。
その変化が嬉しくて、アリサの頭を優しく撫でる。
「いい変化だねぇ。メイド長、喜んでたでしょ」
「ええ、本当に優しい子だから」
未だに脳裏に浮かぶのは泣いていた姿。けれど、笑う姿で上書きできるのなら、それはとても幸せなことだ。
「アリサ、ぎゅってしていい?」
唐突にカインが言った。
「え? ええ? どうして?」
アリサの頬が真っ赤に染まった。
「だめ?」
こてん、と首を傾げて最大限弱々しく見えるよう頑張る。うっ、とアリサが呻いた。騙されたようだ。
「い、いいわよ。どうぞ」
耳まで真っ赤に染めながら、アリサは両手を広げた。カインは遠慮なく、その細い身体を抱きしめた。
「やっと、ここまで来れた」
肩に頭を乗せると、くすぐったかったのか、身体がぴくりと動く。その動きすらかわいくて腕の力を強めた。
「俺はさ、今でも世界が滅べばいいって思ってるよ」
「不穏が過ぎる」
逃げようとされた。当然逃さない。
「でも、そんなことしたらアリサが泣くだろう?」
「……そうね」
「だから、やめる。今は」
「今は?!」
少し離れて、アリサの顔を覗き込んだ。真っ赤になったまま、混乱であわあわしていた。かわいい。
「だから、アリサは自分が救われることを、諦めないで」
「え……?」
「アリサが諦めない限り、俺は世界を滅ぼさない」
呆けた表情すら愛しくて、頬にキスをした。
完全に硬直した。
「続きは、アリサが世界を救ってから、だね?」
カインが笑うのと、アリサの力の入っていないパンチが飛んでくるのは同時のことだった。
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また土日は12:10に更新します。
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