25 きれいに洗った首
アリサの記憶は、辺境の村の近くに魔王城を建築するところまで続いた。
だんだんと途切れ途切れになっていく記憶は、魔王の魔力がアリサを侵食していることを表していた。
それでも、アリサがアリサのままであったことが救いだった。
「ヒュー、アリサ……生きてた」
「居場所が分かったのか?!」
カインは夢でアリサの記憶をなぞったことを話した。バルク侯爵家での顛末も。
「ヒキガエルのとこの証拠で分かってたけど! くっそ、殺したい……」
「ヒキガエル?」
「ダリオ・バルクのことだよ!」
ヒューが憤っていると、カインは眉尻を下げた。
「ヒュー、かわいそうだよ。一生懸命生きてるのに」
「んだと?!」
「ヒキガエル、あんなのと一緒にされてかわいそうに……」
「そっちか!」
その後、カインは正式に魔王討伐を命じられた。
勇者パーティには聖女と魔道士が選出されたが、ヒューを加えることを受諾の条件とした。
盗賊職が加わることに難色を示した者も多かったが、勇者がヒューの斥候能力は必要不可欠だと主張すれば反対する者はいなくなった。
魔王の住まう地までの道のりは険しく、繊細な情報収集能力が必要だった。
こうして、世界を救うため、魔王討伐の旅が始まったのだ。
――二人を除いて。
※
「そこで、なぜわたしとロイドさんが必要だという話に?」
カインとヒューが五年も前から、ずっとアリサを助けるべく動いていたのは分かった。
しかし、そのアリサを助けたい二人ではなく、嫌悪感を持つ人間が必要な意味が分からなかった。
「つまり、魔王を許す存在が必要なんだよ。
アリサは自分が許せない。オレたち二人は、気を遣ってる可能性を捨てきれない」
「だから、殺すつもりで来た人間が、アリサを殺せなくなる。そういう心の変化をアリサが感じることが必要ってこと」
そうだった。
アリサは、世界に魔王認定されたことで、罰を受けたと思っている。
「自分を許せない状態で、俺が助けに来た! なんて言ったら、きれいに洗った首を差し出してくるよ。絶対」
それは、なんともやるせない話だった。
助けに来たのに、殺しに来たと思われるのだ。しかも、ご丁寧にお膳立てまでされて。
魔王城に来てから初めて、リンはカインがかわいそうだと思った。
※
カインは夢を見ていた。
歴代勇者の夢だ。
昔に遡るごとに、見える景色は不鮮明になっていく。
少し前まで五代前である女性の勇者の夢を見ていた。彼女は家族を守りきった。アリサの記憶を見た時のような鮮明さはない。誰かが目の前にいても輪郭はおぼろげで、声も消え入るようだった。
今日は、六代前だ。こちらも女性の勇者だった。
彼女には子供がいた。まだおぼつかない足取りの幼子が一生懸命駆け寄ってくる。彼女は子を愛おしそうに抱き上げ、夫の名前を呼んだ。
夫や子供に対して愛おしく感じる思いが流れ込んでくる。
幸せな気持ちになった。
場面が変わった。
彼女が勇者認定された場面だ。強く、強く夫のことを思っていた。
助けたい。苦しませたくない。
そういう切実な気持ち。
勇者の周りには焦土が広がっていた。
中心にいるのは男だった。何かを抱いて、泣き叫んでいる。
『――――!!』
勇者が何かを叫ぶ。
悲しんでいるのに、届かない。
早く、早く。
――夫を抱きしめたいのに。
「――っ!!」
カインは飛び起きた。
頬に触れると濡れていた。
ロイドが報告していた内容を思い出す。
六代前の魔王。子煩悩だった優しい父親。
勇者は、彼の妻だったのだ――。




