22 倒す条件
執務室は静まり返っていた。
何か言葉を発したら、決定的な何かが決まってしまう気がした。
「倒す方法って、具体的には?」
静寂を破るように、ヒューが口を開いた。
「どういうことだ?」
ロイドは聞き返す。ヒューは頭の後ろで手を組んで、だから、と続けた。
「いや、ほらさぁ、魔王の心臓を壊す、とか頭を潰す、とか具体的なこと。
倒す、って曖昧じゃね? それこそアリサ押し倒したら倒したことになんの?」
「ヒュー、君との縁もここまでかぁ……」
ゆらり、とカインが立ち上がる。手は剣の柄にかかっていた。
「こわっ! そんなんカインがやるに決まってんだろ」
「じゃあいいか」
「いや、良くないわ!」
ヒューの返事に殺気が消えたカインに、即座にツッコミを入れるアリサ。よく見たら頬が赤かった。
「……確かに」
ロイドが呟いた。
「え、俺が押し倒す?」
「そうじゃない」
きっちりカインには釘を刺してから、ロイドは続けた。
「ヒューの言うように、『倒す』という言葉が具体的に何を指すか記録されていない。
これはもう一度記録をさらう必要があります」
「え、もう一度王都行く?」
「いえ、魔王討伐の記録は転写の魔法で複製してあります。部屋に戻ります」
さらりと、持ち出し厳禁の禁書庫の文献を複写した事実を暴露したロイドに、リンは聞かなかったことにした。
※
リンはもうアリサを魔王として見ていなかった。
働きすぎの優しい真面目な領主。
ロイドが王都に行っている間、リンは居心地のよい寝室で目を覚まし、美味しい朝ごはんを食べ、カインとアリサと共に執務室で過ごす。
昼食を皆で食べ、魔族たちと一緒に畑の世話をしたり、子供たちと遊んだ。子供たちに混ざってかけっこをしていたら、執務室で仕事をしていたはずのアリサが応援しに来てくれたこともある。嬉しかった。
仕事の合間には、メイド長が淹れる紅茶とシェフ自慢のお菓子を囲んでお茶をする。
夜はまた皆でご飯を食べたらおしゃべりしたり、ゲームをしたり各々好きなことをして過ごすのだ。
自分が聖女で、魔王討伐メンバーの一人だということを忘れてしまうくらい楽しい日々だった。
まるで夢のようだ。
このままずっと、皆で過ごせたらいいのに。
――そう思うことは罪だったのだろうか?
※
夜更け、珍しくリンは目を覚ました。
リンにあてがわれたベッドは心地よい寝心地で一度横たわると朝までぐっすり眠れるはずだった。
不思議に思いながらも、喉が渇いた気がして水場へと向かう。
窓から見える満月がきれいだった。
途中のバルコニーにアリサがいた。
月を眺める姿は少し寂しげだ。
リンは声をかけようとした時、違和感に気付いた。
――キ モ チ ワ ル イ。
本能的に、後退りした。
そして、気付く。
魔王の魔力を強く感じることに。アリサを中心に、気味の悪いものが纏わりついているように思えた。
「リン?」
アリサがリンに気付いて声をかける。リンは応えられなかった。
「ああ、……ごめんね。辛いわよね」
何かに思い当たったようにアリサは謝ると、両手を胸に置き、目を閉じた。
「まだ、眠ってて」
まるで自分の中に何かがいるように声を掛け、魔力を操る。
「くっ……!」
苦しそうに顔を歪ませた瞬間、アリサの周りを覆っていた魔王の魔力が落ち着いた。
キラキラと白銀の光の残滓がアリサの周りに煌めいている。
「アリサ様、いったい……」
頭のどこかで、警鐘が鳴っていた。
それを聞いてしまったら、元に戻れない、と。
「魔王の魔力、強くなっているの。
……もうすぐ、お別れね」
どうしてこの人は自分が死ぬことを当然のように受け入れているのか。
リンは、顔をくしゃりと歪ませた。
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